第3話 変わり始める心
「……う……うん?」
気が付くと、なんだか静かだった。よく見ると体中に黒い何かが巻き付いていた。
「何だこれ? というか何が起きたんだ?」
状況を確認しようと起き上がった時、ローは自分の体に違和感を感じた。
気を失う前に受けた毒による痺れを感じない。それどころかとても体調が良くなっている。
「これは……一体……?」
不思議に思いながらも両手足の感覚があることを再確認する。
「えっ」
その時、両手を見て一番大きな変化であり異常を知った。
「なっ何で左腕があるんだ!? どういうことだ!?」
左腕が、失われたはずの左腕が存在しているのだ。ローは今の左腕を眺めながら、喜ぶよりも困惑と疑問を感じた。
「……この腕は本物みたいだ。……ん?」
気を失う前の状況を思い出した。蛇の魔物に襲われたはずなのだが……
「なっ! もしかしてこの黒いのって!」
黒い何かを確認してみると、それが黒焦げになった蛇の魔物だということが分かった。
あの光と轟音が起こった時に、何かが魔物を焼き尽くしたのだ。
「この腕といい、こいつらといい一体何があったんだ?」
ローは遂に頭を抱えてしまった。
(あの時は……何もできなかったはずなのに助かってる……嬉しいけど何でそうなったかが分からない……誰かが助けた?……違う……俺しかいない……腕もある……全部夢?……なら、黒焦げの蛇はなんだ?どうしてこんなことが?)
混乱しながらも考え続けていたが中々答えが出ない。落ち着いた後に、左腕を観察すると、切り落とされた所から肌の色が違う腕が生えたようにも見えるので、ローは腕が再生したと考えるしかなかった。
「再生したのか? 腕が? 回復の水の効果か? でも遅いよな?」
回復の水の効果なら、効き目が遅い気がする。あの水の効果ならもっと早く治ると思う。
ローは腕のことは納得してはいないが、回復の水のおかげだと決めて、次は焼け焦げた魔物について考え始めた。
「これどう見ても焼かれたからだよな?」
見渡すと、一匹残らず焼き尽くされた蛇の魔物がいる。ローに近い物は灰にすらなっている。
「これは、あの光のせいだよな?それとも……」
ローはこの状況を引き起こした要因について、ある考えが浮かんだ。
「もしかして……魔法か?」
ローが何かの魔法を使って魔物を倒した、そんな考えだが容易に受け入れられなかった。何しろ今まで生きてきて魔法を使えたことが無かったのだ。そもそも初めて使った魔法がここまで強力だろうか?
(俺が魔法を使った? 今更? そんな馬鹿なことが? でも他に何があるんだ?)
「試してみるか」
ローはあの状況を思い出すことで魔法が使えるか試すことにした。
好ましいことではないが、あの時の気持ちと感覚を思い出せばヒントになると考えたのだ。
思い出す。あのどす黒い気持ちを。
思い出せ。あの復讐心を。
思い出すんだ。あの殺意を。
思い出した! その気持ちが力に変わる感覚を!
そして手が熱くなり光が宿る!
バチバチバチ!!
「なっ! これは!」
ローの手から赤紫の雷のような光が走った。手が熱いが火傷しない。これは明らかに魔法だ。魔法の力だ。
「おっ俺に魔法が使えたのか! この俺が! 今まで馬鹿にされてきた俺が!」
その手にある魔法の光が消えた後、手がいや、体が震えた。信じられないのも無理はなかっただろう。ローは今、自分が魔法を使えることを実証できたのだ。気持ちの整理がつかなくて当然といえば当然だろう。
「もう一度……ハアッ!」
バチバチバチ!!
ローは何度も試してみた。黒い気持ちを保ち続けながら。
そして、間違いなく自分が魔法を使えるんだと納得した後は、
「はは……あははははははははは! 俺の! 俺の魔法だ! 俺の力なんだー!」
嬉し涙を流すほど喜びに打ち震えていた。
気のすむまで魔法を使った後はかなり疲れてしまったが、その顔には生まれて初めてといっていいほどの満足感に満ちていた。
「はは……この力は俺のものだ生きて出られる確率が上がったぞ。はは……」
落ち着いた後はどこか複雑な気持ちが沸き上がった。なぜなら……
(何でこの魔法が今更使えたんだろう?)
ローがもっと早く、それもほかの子供たちと同じ頃に魔法を使えていれば、蔑まされなくて済んだだろう。そんな風に考え始めてしまう。
(だけど俺の魔法は、どす黒い気持ちが気持ちが無くちゃダメなんだろう)
ローは自分の魔法には発動条件があり、それが怒りや憎しみといった黒い気持ちを持たなければ使えないと推測していた。こんな気持ちをあの頃に抱き続けるのは無理があるし、出来ていればそれは普通の子供ではない。異常だ。
「ああ……俺はとんでもなくヤバそうな魔法を授かったんだな」
今度は素直に喜べなくなってきた。
だが、ローは悪いほうに前向きに考え始めた。
(でも、あいつらはそれだけのことをしてくれたんだよな? 俺に? そんな奴らだったんだよな? それで今の俺があるんだから、こんな魔法を持てたのはむしろ良かったかな?)
少しずつ歪みながら、
(みんなと違う。だから差別する。ならば俺があいつらに同じことをしてもいいよな?いや、俺があいつらより強かったらそれ以上のことをしてもいいよなあ?)
悪意と殺意を込めた笑みを浮かべて、
「ふふふ、ふっははははははは!」
高らかに笑う。
黒い感情はすでに狂気に駆り立てていた。心優しい少年は粉々に砕け散っていたのだ。
その後、ローは魔物の死体を皮・肉・骨に分け始めた。肉は食料にして、皮と骨から防具と武器を作れるかもしれないと考えたのだ。
しかし、そううまくはいかない。ほとんどが黒焦げなので、使えそうな部分は少なかった。肉は毒の心配があるため、回復の水が欠かせない、焦げているせいか味もよくない。皮と骨ではその水を入れる容器と装飾品のような防具しか作れなかった。
それでもローは、
「我ながら上出来だ! こんな少ない材料でここまでできるなんて!」
自分の器用な手先に自画自賛していた。だが、
「でも、これだけじゃ装備として物足りないかな? 一度は腕を切り落とされて追い詰められたんだし……」
さすがに今の状況では、まだ迷宮を進むのには色んなものが足りないことは理解できる。
つまり、
「ここを拠点にしよう。進むのはその後だな」
魔物を狩り素材を集めて、装備・食料等を準備する生活が始まった。
ローは来た道を警戒しながら戻っていた。暗い中を進むと思っていたが不自然な明るさがここにはあった。調べてみると岩や壁に微弱な光を放つ苔が生えている。
「迷宮が明るいのはこのためか。不思議な苔だな」
そんなことを考えながら進んでていると、蝙蝠と虫を足して割ったような魔物の群れに遭遇した。角や鎌や毒針など、個体ごとに違う特徴があるが群れで向かって来ているから同じ種類かもしれない。ローに向かって来ている。かつてのローなら逃げていたが、今はその必要はない。
「丁度いい。食料だ。」
笑顔で右手を向けると、赤紫色の光が灯る。
ピカッ!
そして、雷ではなく光の玉となって放たれる。
バン! バン! バン! バン! バン!
「「「「「キッ! キイイイイイ!」」」」」
光の玉に当たった蝙蝠は、焼け苦しんで死んでいった。蝙蝠自体は小さいがこれなら食料にできる部分はありそうだった。
「ふむ、弱い敵なら加減はこんなもんでいいかな?」
魔法を試していくうちに、その力が雷のような形態だけでなく様々な形態に変化させることができるとわかった。今度は魔物で殺したり肉を焼いたりと加減を試したのだ。迷宮脱出のため、そして、脱出後の復讐のためにも重要なことだ。
手に入った蝙蝠の肉は少量だったが、味は蛇よりはましだと思えた。
「くっくっくっくっくっくっく」
ローの口から笑みがこぼれだす。食欲が満たされる喜びよりも、自分が強くなったという感じられるほうが嬉しいのだ。だからこそ最初の復讐は決めていた。
「……あいつはもうそろそろ来ないかなー?」
ローは人に復讐する前に、どうしても殺してやりたいと思った魔物がいた。それは自分の腕を奪ったカマキリの魔物である。脱出も大事だがカマキリの魔物を己の手で仕留めることもローにとっては重要だったのだ。
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