第2話 覚醒する魔法!
カマキリが追ってくる様子がないと感じた頃には、ローは絶望していた。何やら光る水たまりがあるだけで、特に進む道はなかったのだ。
「……何だよそれ……。ここまで来てそんな……」
ローは、出血多量と空腹でもう動けなかった。重傷と体力の限界である。
「……もう無理だ……。はは……いや、最期に水だけでも飲めるだけましか……?」
気力をなくし、まともな思考さえできない。そのまま光る水たまりに向かって倒れた。
そして水を飲みながら、目をつむり、意識を失いかけたが……。
(……? ……何だ? 痛みが薄くなった? 疲れが消えていく? 意識がはっきりしていく?)
水を飲んだ時、体が回復するのを感じ、さらに飲み続けると落ち着いて考えられるようになった。この光る水はおそらく……
(回復薬? こんなところに? 湧き出てるみたいだから天然のものか?)
よく考えると光ってるだけで普通の水とは思わないし、すぐ飲もうとするのは安直だったが、おかげで彼は助かった。今の彼は出血が止まり、体力は全快し、空腹も感じなかった。
「助かったのか……。だけど後はどうするかな……」
まだ生きられることに彼は素直に喜べなかった。むしろ死んでもよかったとすら思う。
今のローが回復したところで戦うすべがないのでここからは出られない。仮に出ていけばカマキリか別の魔物に食われるだろう。
助けを待つとしても、ローしか知らない迷宮で誰が助けに来るだろうか、無能のローを。
こんな場所で魔物に怯えながら過ごすなど正気ではいられない。
そう考えた時、ローは再び気力をなくし、光る水から離れたところで寝転がった。生きて出ることを諦めてしまったのだ。
「ははは! もうおしまいだ! ……いや、やっと終われるんだ。」
彼は、空腹で飢え死にという最後を選んでしまった。
三日後。
ローは苛立っていた。空腹と、そしてそんな方法で死のうとした自分に。
「………………………………………………………………………………イライラする」
頭の中は苛立ちでおかしくなっていた。ついに精神に異常をきたしたのだ。そのうち、苛立ちの原因を空腹以外に求めた、自分の過去を思い出しながら。
「僕を……カマキリが切った……水が流した……井戸に落とされた……雷が脅かした……」
呻くようにつぶやく、恨み言を。
「みんな……優しかったのに……魔法がない……それだけで……いじめた……」
過去に対して、
「裏切られたんだ……村の人に……友達に……幼馴染に……仲良かったあいつに!」
怨嗟の声が出始める。目に涙を浮かべながら、
「あいつらは裏切り者! 敵だ! 俺はあいつらにまだ何もしてない! 見返してない! 仕返しをしてない! 傷つけてない! 痛み付けてない! 壊してない! 恨みを晴らしてない!」
彼の心の奥にしまっていた負の感情があふれ出てきた。それは復讐心に変わる。
「何もできないままだと! こんなところで死ねるか!」
ローは、怒りと憎しみから生きる気力を取り戻した。そして、何とか這いつくばるように移動して回復の水を飲んだ。そして、決意する。
「生きて出てやる! 僕が、いや、俺は生き残ってやる!」
数時間後。
全快した後、片手と両足を器用に使って新しい石のナイフを作った。そして、これからのことを考える。
(石のナイフはここでも作れるが、あまり役に立たない。どれだけ敵に見つからないか、敵から逃げられるかが重要になる。見つからないためには前だけ見ても駄目、周囲に注意する。音がして振り向くでは遅い気配を感じ取れるよう気を付けよう。見つかった時は、石のナイフをすぐに投げつけて逃げよう。そして自分の都合のいいことは考えないようにしよう)
依然のローに比べ、よく考えられるようになったのは復讐心と生への執着からくるものだ。彼の生存率は上がったかもしれない。魔法があればさらに上がったのだが……
「さて、行くか」
石のナイフを多く準備してその場から行こうとしたが、その先で嫌な気配を感じた。
「嘘だろ…」
嫌な気配は気のせいではなく、奥からかすかに音が近づいてくるのが分かる。彼は逃げることができない状況で魔物と遭遇することになれば、隠れるか逃げる隙を作るしかないと考えていた、回復薬のあるこの場所での遭遇は想定外だった。
(なんてこった! まさかこの水が目当てか!? いや俺か!?)
さすがにそれはないだろうと思うが、それでも対処しないよりはいいと思って水の後ろのほうに移動した。目当てが水ならこれで隙を作る。
魔物が目で見える範囲にまで来た。蛇の頭にムカデ、蛇の体にムカデの足を付けた魔物だ。人間大ぐらいあって気性が荒い。ローに注目して、水には目もくれないようだ。
(ヤバい。石のナイフで逃げられるか? 蛇といえば毒! 噛まれたら終わりだ!)
敵について考えているうちに、敵のほうから飛びついてきた。その直後にローは横に避けた。間一髪で噛まれずに済んだ。この蛇の魔物について考えられることは、
(動きが早い。気性が荒い。多分追ってくる。殺せるなら殺すべき。)
蛇を避けた一瞬の隙に、ローはナイフを力いっぱい蛇の頭に突き刺した。蛇の頭を貫き、壁に固定したが、蛇の胴体が絡みついてきた。ローの体を締め付ける。
「ぐっ! くそっ! ここで死ね!」
ナイフから手を放すと、もう一つのナイフを取り出して、蛇の頭と首の付け根に突き刺した。
「ここで殺す!」
蛇の首と体を強引に切り離そうとしたのだ。その直後、締まりが緩んだように感じた。
「くっ! 今だ!」
手に持ったナイフを力いっぱい振った。すると蛇の首が半分ほど切り離されたのだ。胴体のほうも力尽きて、ローは解放された。
「ふー。ヤバかったー。……ははは」
ローは、蛇の血で濡れた片手を見て、魔物を殺したことを実感した。
「俺は魔物に勝ったんだ! あっははははははは!」
初めての勝利に歓喜する。血で濡れた手が痺れていることに気づかぬまま。
だが、すぐに新たな危険が迫る。
ギチギチ、シュルルル、ガサガサ
「……!」
奥から、蛇系の魔物がたくさん迫ってきていた。
ムカデ足の蛇、角がある蛇、複眼の蛇、首が双頭の蛇、様々だ。ローは、絶句しながらも、どうにか思考を働かせる。
(また来た! どうする! 多い! 殺せない! 逃げなきゃ! どうやって! あれ? 手が……)
動かなくなった右手の異変に気付いた時には、体中から痺れを感じていた。
「どうして手が、まっまさか!」
ローは、素手で蛇の魔物の血に触れている。それが原因だろう。
(しまった! 血に触れるだけでも駄目だったのか! くそ! 水を飲まないと!)
すぐ傍の回復の水を飲んで、毒を消そうとしたが体が思うように動かない。
「動け! 動け! 動けええええええええええええええええええええええええええ!」
必死に体を動かそうとしている間に蛇が迫る。そして、一匹が噛みついた。
「ひっうぐっ!」
さらに、ほかの蛇が噛みついたり、巻き付いてきた。
「くっ! くそ、くそ、くそ、くそ……く……」
動かないローの体を、たくさんの蛇が巻き付いてる。そんな状況では誰でも絶望するしかないのだが、ローの頭の中は怒りと憎しみしかなかった。
(やっぱりここで死ぬしかなかったってのか、生きたいと思うことの何が悪いんだ、こんな理不尽に屈したままでいろってのか、ふざけんな! 殺す! 殺してやる!)
一度絶望から立ち直ったローの心には、絶望よりも更なる怒りが込み上げる。怒りと憎しみのあまり、ついに狂気的になる。
「ググ……こっ殺す! ぶっ殺す! ははっ! 殺してやる! ぶっ殺してやるぁ!」
ローの頭の中には、憎いもの全てが浮かんでいた。自分を蔑んだ人間、襲い来る魔物、大きな雷等、あらゆるものが自分の敵だったと思いながら。
「ぐ……ううう……」
(お前らも! 同じ目に! いや、それ以上ひどい目に遭わせてやる!)
妄想の中で、目の前の敵を苦しめる自分を思い浮かべる。蛇を雷で殺すという想像をしたその時、ローの体が紫色に光りだしたのだ。
そして、
ドゴオオオオオオオオオオオオッ!!
雷の轟音が響いた。頭の中が真っ白になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます