第47話:決着。そして

後ろから真白の泣き叫ぶ声が聞こえる。


目の前には謎の男。ダメだ、力が入らない。さっきの炎槍の五連撃にはこの頑丈になった体でも相当なダメージが残ってしまったらしい。


顔を上げるとそこには男が剣を振りかぶっていた。間に合わない。

くそ、高崎さんごめん......

新は、振り下ろされる剣を目の前に小さく呟き、目を瞑った。



「え......!?」


キンと金属と金属の触れ合うような音が聞こえた。

そして後ろから真白が驚く声が聞こえる。


いつまで経っても剣が体を引き裂くことはないことに疑問を感じ、新は目をゆっくりと開けた。


そこには、黒くて長い髪をまとった美しい女性が新を男の剣から守っていた。


「や、山本さん......?」


「先ほど振りですね、新さん?」


その女性、唯香は男からの剣戟を自身の剣で受け止めながらこちらを振り向き、にっこりと微笑んだ。


「......」


男は焦りもせず無言で距離を取るため、後ろへ下がった。


「お前、何もんだ?なんでそいつを殺すのを邪魔しやがる?他の候補者か?」


「私は代行者です。ここは両者お引きになってください」


代行者?

新は唯香がいう新しい言葉にまた疑問を感じた。しかし、今はそれどころではない。唯香は今回の戦いを仲裁しに来たようだった。


「なんで俺がそんなことしなくちゃいけない?そいつは候補者だろ?殺すのは決定している。そもそもそれが第二試練というやつだろう?」


確かに男の言うことももっともだ。あんな非常識な世界に連れ込まれて試練とやらを受けさせられた。始まった試練を今更中断できるとも思えない。


「ごもっともなご意見ですが、試練は今ここで止めても特にペナルティはございません。それに新さんは先の戦いで力を消耗しております。全力の戦いがご所望ならまたの機会がよろしいかと」


「......なるほど。道理で手応えのないと思ったが。しかし、それが俺に何の関係がある?確かにもっと楽しい戦いをしたいのはやまやまだが、候補者であれば殺す。それだけだ」


「それに今戦うのであれば、私と新さん二人で相手をすることになりますがよろしいのですか?私とて候補者ほどの力はありませんが、新さんと二人であれば、あなたもただではすみませんよ?」


これはハッタリでもあるだろう。と新は考える。唯香の実力は不明だが、今の新にそれほどの力は残されていなかった。


「......関係ない。と言いたいところだがいいだろう。こいつの命を蘇らせるのにも中々、力を使っちまった。俺もこいつを回収するように言われているだけだしな」


やけに物分かりがよい。

男は剣をその手の平から消し去ると振り返って相良の元まで歩み寄り、再び体を肩に担いだ。


ふうと唯香は男にバレないように一息ついた。どうやらやはりハッタリだったようだ。もちろん戦えば只々やられるなんてことはないがそれでもただで済むことはなかっただろう。


男は相良を担いだまま、腰をひねり、体半分でこちらを見た。


「命拾いしたな。次は確実に殺してやるよ。それまで精々、全力を出せるように調子でも整えとけ」


「あんた、名前は......?」


「......大神。大神蓮二おおがみれんじだ。お前を殺す男の名だ。しっかり覚えとけよ?」


男はにやりと笑いながら、そのままその場から姿を消した。



どっと疲れが押し寄せる。新はその場から立ち上がり、ため息をついた。

全身が先ほど受けた炎槍による火傷でヒリヒリと激しい痛みに襲われる。今は大火傷の重傷だが新の回復力をもってすればこの傷もすぐに癒えることだろう。

しかし、今は気を抜けば意識が持っていかれそうになる。新は、今はまだ気を失うわけにはいかないと思い、近くにいた唯香に話かけた。


「それであなたは一体何者なんですか、山本さん?」


「ふふ、それはまた後ほどお話しします。今は後ろにいる方に声をかけてはどうですか?」


後ろと言われて振り返る。そこには涙で顔を濡らした高崎さんがこちらを見つめていた。

あれ、この感じさっきもあったような気がする。そんな能天気なことを考えていると再び、高崎さんが胸に飛び込んで来た。


「よかった。死んじゃうかと思った」


新は、火傷の痛みを我慢しながらも真白を抱きしめて、「今日はよく高崎さんを抱きしめる日だな」なんてことを考えていた。


真白は目の前の新が死にそうになったことにより、夢中で胸の中に飛び込んだ。

しかし真白は新に受け止められてから気がつく。今の新は先ほどの大神の炎による攻撃により、着ていた服を燃やされてしまっている。幸い燃やされたのは上半身の服のみではあるが、そのせいで新の上半身は裸であり、その引き締まった筋肉の中に真白は抱きしめられている。


それに気づいてから顔がどんどん紅潮していく。

熱い。顔も体も全部熱い。意識したら止まらなかった。

願わくばこのままで、それでも早く腕の中から解放してほしいと矛盾した考えが真白を襲っていた。


「あらあら、お熱いですね?」


「ああ、来てみれば熱い抱擁とは。見ているこちらが恥ずかしくなる」


〈ふむ、このままいけば人間の交尾が見られるのか?〉


不意に後ろから声をかけられた。

凛と琥珀はいつの間にか新と真白の近くまで来ていた。そして唯香と一緒に今の新と真白の状況を口にする。


それに気づいてバッと真白を慌てて離す新。

お互い顔は真っ赤に染まっている。


茶化したのは琥珀だけではなかったが、一番ふざけたことを言った琥珀にその感情は全て向けられていた。


おい、猫。お前なんてこと言うんだ。交尾言うな!俺はともかく高崎さんにまで聞こえるように言いやがって!


真白は先ほどからずっと顔を真っ赤にしながら、何やらぶつぶつ言っている。

そして時折、目が合うとあからさまに目を逸らされてしまった。


気まずい空気を作りやがった。これでは来週からまともに話せないじゃないか!


そんな微笑ましい光景を側から見ながら、凛は話題を隣に立つ謎の女性へと変えた。


「それはそうとそちらの女性はどちら様だろう。三波君、君の知り合いかい?」


「初めまして。山本唯香と申します。新さんとはそうですね......。親戚のお姉さんとでも思ってください」


にっこりと大人の女性が持つ余裕のある笑み。女性から見ても綺麗であろうその容姿に凛も真白も思わず、恥じらうような表情をみせている。


いや、その言い方はおかしくないか?

まるでとってつけたかのような言い回しにジト目で唯香を見る。

しかし、そんな大人の女性を前に凛も真白もその言い回しに対して突っ込むことはしなかった。


「それにしても三波君。聞いてもいいかい?先ほどの敵は一体何者だ?恐らく教団の関係者であることは間違いないと思うが、その......どうも君のことを知っていたような。候補者だとか、称号だとかなんとか......」


怒涛の嵐のような質問が新に向けられる。

凛の疑問にその横にいる真白も新を見ながら頷いてじっと見ている。


まずい。先ほどの会話はやはり二人にも筒抜けになっていたようだ。でもさっきのあいつがいた時に話せてたなら事情も話せるのでは?そう思い、口を開こうとした。


「っ......!」


「?」


しかし、やはり今回も話すことはできないようだった。痛みが手を襲い、舌は回らない。


「ダメですよ。新さん。例の件は、特別な条件下のみでしかお話しのできないこと。この子たちには事情を話すことはできません」


そんな俺の様子に反応した山本さんが耳打ちをしてきた。

そういうことらしい。どうやら先ほどは偶然その条件下に入っていたということか。

いよいよ、どうしようか。先ほど琥珀と話していた会話の内容が蘇る。

そして脳がぐるぐると回っていく。ああ、ダメだ......


「新君!?」


どうやら俺はその場に倒れてしまったらしい。意識もじんわりとなくなっていく。遠くで声が聞こえる。

そして新の耳には小さく唯香の声が聞こえた。


「安心してください。この件は、私に任せてゆっくり休んでください」


山本さんの声が心地よく、俺を眠りへと誘っていった。





「大丈夫です。気を失っただけですよ」


「え!?でも......」


「焦る気持ちも分かりますが、彼は私が連れ帰ります。ご安心してください。悪いようにはしませんので」


真白は急に倒れた新が心配で仕方なかった。

しかし真白は、自分たちを助けてくれたこの女性を本当に信用していいのか分からなかった。


「分かりました。彼をよろしくお願いします」


「凛さん!?」


凛はそんな真白の考えをよそに、彼女に新を任せてしまった。


「大丈夫だ。彼女は何者か分からないが、敵だとしたら今の私達なら既に殺されているだろう。それに彼女はなんだか信用できるような気がする」


凛が真白に話しかけた声は唯香と名乗る女性には聞こえないような小さな声だった。

確かに言われればその通りかもしれないが、そんな安易な理由でいいのだろうか。

しかし、ここで言い争っても彼の傷が癒えることはない。ここは凛の意見に従うことにした。


「ただし、すみませんが、こちらも教団が関わっている以上事情を聞かぬ訳にはいけません。来週、彼に生徒会室へ来て頂くよう御伝言願えますか?」


そう。今日はあまりにも色んなことが起きすぎた。

新にだって聞きたいことはたくさんある。先ほどの候補者だとか、その不思議な力のことだとか。

真白は今はその欲を我慢し、彼女に新を任せることにした。


「ふふ。分かりました」


その言葉に一安心する凛と真白。しかし。


「ですが、きっとそれは叶わないでしょう」


「な!?」


一気に緊張が高まった。

しかしそれも束の間。唯香がその場に手をかざすと何かが広がった。

次の瞬間には、凛も真白もその場に倒れていた。


〈にゃ!?お主、何をしておるのだ!?〉


「あなたにとっても悪いことではありません。今はお眠りください」


〈にゃ!にゃぁぁぁ〉


唯香は琥珀にも手で触れると琥珀は力が抜けたように眠ってしまった。


「ふふ。今回はこのくらいにしておきましょう。彼を......新さんを困らせる訳にいきませんしね。それに......」


唯香は倒れた真白を見つめている。

その瞳はどこか憂を帯びている。


「まあ、もう少しいろいろ面白くなってもらわないと!」


唯香は琥珀と一緒に新をお姫様抱っこの要領で抱き抱え、その場から姿を消した。

その顔には悪意のない乙女の美しい微笑みだけが残っていた。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

これで第1章完結となります。

第二部は少し時間をおいて、公開していこうと思います。

それまでは少し、今までの話を改稿していこうと思いますのでそちらもまた読み直してみてください。話の筋は変わりません。


今後ともまた宜しくお願い致します!

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