第43話:黒い感情

相良は何かが落ちてくることを察知し、先ほどまで真白を貫こうとしていた手を引っ込めた。

そして真白を掴んでいた手を離し、何かが落ちてきた方に首を回し、視線を向ける。


「ケホケホッ」


真白は突然手を離されたことにより、その場で咳き込んだ。



相良は視線の先に生物の気配を感じていた。

なんだ?何が降ってきた?

魔術協会からの援軍か。いや、それもないだろう。今の協会にそんな余力はない。

自らの疑問を即座に否定する。


そして巻き上がっている煙の奥に感じる正体不明の気配に向けて警戒を強める相良。

そこへひどく緊張感のない、妙な声が聞こえてきた。


〈お主、バカか!?バカなのか!?なんちゅうスピードで突っ込むんじゃ!?これじゃ、ワシもろとも星屑になってしまうとこじゃったわい!〉


「しょ、しょうがねえだろ!?急いでたんだよ!!無事だったんだしそれでいいだろ!?」


煙から男と一匹の猫の姿が現れた。猫の方は言葉が分かるあたり、召喚獣かなにかだろう。

男の方は白い仮面をつけており、その仮面から覗く瞳は赤色をしていた。


一体何者か。この男は一体どうやって現れたというのか。現にこの男からは魔力の気配は一切感じられない。猫の方は多少魔力はあるようだが、魔術を使った痕跡も感じられない。


何より、そんな魔力もないただの人間がどうやって結界を突破してきたと言うのか。


「何者ですか、あなたは?」


「ん、人?あ、あんたは確か、学校の非常勤講師だったか?こんなところで何してんだ!?」


「なるほど、私を知っているのですか。しかし、私にそんな悪趣味な仮面をつけている知り合いはいませんよ?」


相良は正体不明の仮面の男を警戒してか、口調も元の丁寧なものに戻っていた。



対して、新は墜落してきたばかりで自分の置かれている状況をしっかりと把握できていなかった。自分の異常な登場の仕方を誤魔化すことも忘れて、自分に話しかけてきた人物に注目する。学校で見かけたことのある非常勤講師だ。直接授業を受け持たれたことはなかったが、学校の集会で紹介されていたのは記憶に新しい。


そんな彼は顔は人間そのものにも関わらず、体は人間のものと思えない白い皮膚に覆われていることが確認できた。

そして、その側にいる両腕をだらんとぶら下げ、足をペタンと折り曲げて座っている一人の少女も。


その少女は。


「高崎さん......?」


そのボロボロの姿に思いがけず名前を呼んでしまった。

そしてか細く呼んだ声に反応した真白が先ほどまで俯いていた顔をゆっくりと上げる。その顔は今にも倒れてしまいそうな、疲れきった顔をしていた。


「みな...みくん......?」


「みなみ?みなみ...三波。なるほど。あなたは真白さんのお友達ですか。妙な仮面に妙な瞳の色をしていましたからどなたかと思いましたが......確か雫さんともお友達でしたね。彼女の命を救ったとか。これは感謝しなくてはなりませんねえ」


なぜここで雫が出てくる?それで何で雫を救ったことで喋ったこともない非常勤講師から礼を言われるんだ?それよりも......


「おや?なぜという顔をしていますね。お友達であるあなたには特別に教えてあげましょう。あなたの大切なお友達は私たち教団で暖かく迎え入れてあげるのですよ。この後、ちょうどお迎えに上がろうかと思っておりました」


なるほど。理解した。雫のことといい、横でボロボロになっている高崎さんといい、こいつが敵だな。

それに何だか喋り方もすごく鼻につく。


「それにしても、その仮面はあなたが夜な夜な私の大切なオウムたちを倒していた不義の輩だったのですねえ。全く、愚かしいものです」


こちらが聞くまでもなく、ペラペラ勝手喋りやがる。急に饒舌になったように感じた。そして正体がバレているなら隠す必要ないなと仮面を脱ぎ捨て、先ほどまで仮面の隙間から覗かせていた緋の鋭い眼光が目の前の男を捉える。


「おい、一応聞いとくが、あんたが高崎さんのそれをやったのか?」


「ええ、そうですよ。彼女もそこらでくたばっている彼らもみんな私がやったんですよおお」


みんなと言われ、あたりを確認する。そこには生徒会のメンバーがみな、瀕死の重症とも呼べる状態で倒れていた。


「会長も......」


「三波君なのか......?」


唯一意識のあった会長がわずかな反応を見せた。彼女に向かって無言で頷き、そして視線を真白の方へ戻す。彼女の状態をよく確認すると彼女も身体中があざだらけで両腕はあらぬ方向へ曲がって皮膚は青色になっていた。


はあ。と心の中で一息する。自分の中がドス黒い感情で満たされていくのが分かる。この感情は......この感情の名前は怒りだ。


「琥珀、悪いけど下がっててくれ。今から結構無茶すると思う。それとできたら倒れてる奴らに回復魔術とか使えるか?」


〈うむ、心得た!思う存分やるがよい、新よ!〉


琥珀は珍しくも新からのお願いを聞き入れ、まず近くの凛の元に駆け寄り、回復魔術を行使した。


「き、君たちは一体......」


〈ワシらか?ワシ達は、そうじゃのう。通りすがりのオウム退治屋じゃ〉


「退治屋......」


それが本当のことでないことくらい凛にはわかっていたが、今はそこを追求しない礼儀くらいは弁えていた。

だが、相手は特級魔術師並みの力を得た相良。あの少年が魔力を持っていないことは分かっているので凛は治癒が終わり次第、もう一度助太刀に行こうと考えていた。


〈やめとくがよい。あやつは今、怒っておるぞ?近寄れば巻き添え食らうかもわからん。ここで大人しくしとるのじゃ〉


そんなことができるとは到底思えなかったが、この治癒を行なってくれている猫の言うことはどこか信じてしまえるような不思議な安心感があった。



「はあ。ただの人間ごときが何をやる気になっているのか。つまらないですねえ。どういうトリックでここまで来たのか知らないですが、あなたの相手はこの子達で十分ですよ」


パチンと指を鳴らす音が聞こえるとどこからともなく、空間がひび割れ、新たなオウムが2体も顔を覗かせた。


「ゲゲゲゲゲゲ」


「クケケケケケ」


真白は新しく現れたオウム2体を見て絶望していた。そのオウムは明らかに自分たちが戦っていたようなレベルの上位種。一度彼がオウムと戦ったところは見たが、あの時のオウムはこの上位種よりはるかに格下だった。如何なる手段を使って彼がどう戦うかまでは知らないが単身で敵うわけがない。


この際なんで彼がここに来たかはどうでもよかった。

今現れたオウムも、そして相良自身も異常だ。異常な力を持っている。私たち6人で手も足も出ないような相手なのだ。

きっと相良は部外者である彼は殺してしまうだろう。

自分勝手な言葉で、碌に話もしないで疑って、傷つけてしまった彼には死んでほしくない。そんなのは耐えられない。


逃げてと必死に声を振り絞ろうとしたが、そうする暇もなくオウムは直ぐさま新に襲いかかった。

2体オウムの双眸が目の前の新を捉える。


「ゲゲゲゲゲゲー」


「クケケケッケケーー」


「......」


「いやあああ!」


どうにか体を動かすんだ。魔術を練り上げるんだ。彼を助けなければ、このままでは死んでしまう。

いくら力を振り絞っても微塵も湧いてこない魔力。完全な魔力切れだった。


近づくだけでそのオウムの魔力で押しつぶされそうになる。そんな馬鹿げた力を持つ存在だったオウムが無言で睨みつける新に触れようとしたその時。

最初に近づいたオウムがまるでピンボールのように弾き飛ばされ、次に迫ったオウムはいつの間にか地面に埋まっていた。


「何!?」


「え......?」


そこには、先ほどまでと変わらず相良を睨む新がいた。そして弾き飛ばされたオウムも地面に埋められたオウムも木っ端微塵の肉片へと変わり果てていた。そしてすぐに粒子となり消え去った。


何が起こったの......?

真白には彼が向かって来たオウムに何をしたか全く分からなかった。


「え....?え.........?」


もう一度驚く。まるで今起こった光景が信じられないかのように、その大きな瞳で瞼を二回パチパチと動かした。


一体全体なんだというのだ。彼は一切魔力的な要素を感じなかった。特殊な装備をしているわけでもない。

それなのになぜ?

なのに近づいただけであのような惨状になったことが不思議でならなかった。


自分たちが苦労してやっとの思いで倒せるようなオウムの上位種をいとも容易く。


「な!?お前!?何をしたああ!?」


相良も真白と同様に目の前で起きたことが信じられないようだった。

相良は自分が調整した、お気に入りのオウムが一瞬で排除されたことによる、怒りよりも驚愕がその感情を上回っていた。


「うっとおしいから殴っただけだ」


あれを殴った?魔力を持たない人間がオウムを殴るだと?さらに相良の頭に混乱が舞う。


「次はお前だ」


目の前の少年はこちら見据えてゆっくりと歩いてくる。相良はいつの間にかじわっと手に汗を握っていた。

この私が、恐れる?特級魔術師でさえも超越した今、この私が?ありえない。あんなものはただの何か小細工だ。そうに決まっている。


次はこちらから仕掛けてやる。相良は魔力を込め、全力で馳ける。

先ほどの生徒会の魔術師たちは誰も反応することのできなかった速さだ。

そして少年の右側頭部から本気の一撃。


「っ!?」


見えるないはずの一撃を放つ瞬間、目が合った気がした。

そしてその拳は少年の頭にヒットした。




はずだった。


新は目の前の相手が焦り、仕掛けてくることを読んでいた。否、感じ取っていたというべきだろう。

なんとなくだが、彼を構成する魔力の波が動いた気がしたのだ。いつもならそんな感知能力などないが、今はそれが手に取るようにわかった。それにいつもより体が軽く感じる。


それもこれも、先ほどから激しく光始めたこの手の甲の紋様のせいか。


その場から瞬間移動の如く、消え去った相手はその腕に魔力を込め、こちらに振りかぶってくる。そう感じた、新は正確にその方向を見据えた。

そうして飛来した相良と目が合う新。後は簡単だった。右手で繰り出される相手の拳を掴むだけ。


そうして不意打ちを防いだ新は、その握っている拳を全力で握り返し、ひしゃげる相良の拳。


「ぐっあ...!」


目の前の相手は苦悶の表情を浮かべる。

新はそのまま手を投げるように離すと相良はそのまま間合いを広げた。


「調子に乗るなよ、貴様ああああ!」


手を押さえながら吠える、相良。


「おい、口調おかしくなってんぞ?」


「!?」


しかし、相良が気づいた時にはもう遅い。間合いを取ったはずの距離は一瞬で詰められ、顔面をそのまま手の平で押し出された相良は木々をなぎ倒し、気づいたら先ほどのいた地点から数百メートル程後方に吹き飛ばされていた。


そうやって、吹き飛んでいった相良を見送った、新は一呼吸入れ、真白に近寄った。


「高崎さん、ごめん遅くなって......」



なんで彼が謝るのか。謝らなければいけないのは私の方なのに。なんで助けに来てくれたのか。彼は全く関係ない部外者なのに。

そんな感情が湯水のように溢れ出す。だけど、今はそんなことどうでもよかった。あれだけ会いたかった、新が目の前にいるのだ。

それだけで真白は目頭が熱くなっていくのがわかった。


「え!?高崎さん、ごめん!?どこか痛むの?って腕か!ああ、どうしよう!?」


目の前でこちらの気持ちなんてまるで分かっていない新の様子に涙を流しながらも何だか可笑しくなって笑ってしまった。

腕だって本当は死にそうなくらい痛い。でも今は嬉しいという感情の方がはるかに大きかった。

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