第31話:自分の力

雫が退院し、またいつものように学校へ通うようになった日のことだった。


雫と高崎さんはあの林間学校と退院祝い以来、打ち解けかなり仲良くなっていた。

雫といつも一緒にいた雅さん、高崎さんといつも一緒にいる、彼女の親友である池田由里子いけだゆりこさんと4人でグループをよく作るようになって行った。


女性が3人も集まれば姦しいというだけに4人だと更に騒がしく思える。もちろん、彼女たちのように花も恥じらう女子高生たちの会話というのは聞いているだけで癒されるというものだ。ドロドロさえしていなければね。


雫は高崎さんと仲良くなったこともあるためか、こうして友達一緒に居る機会がかなり増えた。

それは歓迎すべきことであって忌避すべきことではない。

べ、別に寂しくないんだからね!

ただ、オウムの一件もあるし、魔術師の彼女がいればそれも安心だろう。



そんないつもの日常を取り戻した今日でも、俺は夜にオウムを狩っていた。

大分この仮面をつけて狩るのにも慣れて来たところだ。


それに前にあの強いオウムを倒した時のような攻撃は未だにできていない。

こんな住宅街でぶっ放したら危なくて仕方ないから、ここではできなくてもいいけど。

それに手の甲に光っていた紋様も今は消えて無くなってしまっている。


「うーん」


〈どうしたのじゃ?今日はなんだか集中できておらんようじゃが〉


「なんでも。ここ最近不思議なことばっかでさ。考え事してた」


〈そうか、お主に限って万が一ということはないと思うが、油断は禁物じゃぞ?〉


この前はその油断で怪我を負ってしまった。前ほどの敵ではないとはいえ、気を緩めすぎるのもダメだろう。琥珀の言う通り、もう少し集中しよう。


〈ぬ?南1.6キロに2体じゃ。協会はまだ他の場所で対応しておる。急ぐが良い!〉


2体〜?幾ら何でも多すぎやしないかい?オウムも暇なんだな。


「分かった。じゃあ、いくぞ」


俺はその場から地面を蹴り上げ、夜の空を舞った。



手頃なマンションの屋上から目的の場所へ着地した俺は、周りを見渡した。

そこはいつもなら野球部やサッカー部が練習しているグラウンドがあった。そう、奴らが現れる場所というのは俺が通っている、神楽学園だった。


それにしても夜の学校にまでそんな化け物が現れるのか。

琥珀は俺の肩から飛び降りると結界を張り巡らせた。

もう慣れたものだな。あれだけ、肩に乗せて跳ぶの嫌がっていたのに。


琥珀の張った結界というのは人避けを行うものである。魔を宿さぬものにはこの結界内の事象を認知することはできない。

魔力がない残りカス程度といっていた琥珀もあの退院祝い以来、魔力が戻りつつあるといっていた。それも俺を悩ます謎のうちの一つではある。

そんな琥珀にはこの程度のことは造作もないようだ。流石は猫神といったところか。


それより、今までそんな結界もなしに狩しててよく誰にも見つからなかったよな。運だけはいいようだ。そう思わずにはいられなかった。

それならもう仮面もいらないかと思ったが、「協会の奴らは別に結界など時間をかければ突破して来るぞ?」と琥珀が言っていたので一応、着けておくことにした。



ピシッっとグラウンドの宙がひび割れる音がする。ひび割れた場所から穴を作りオウムが発生するのだが、そのひび割れる前のかすかな空間のゆらぎによって琥珀はオウムを感知しているらしい。その感知速度は協会側の比ではなく、恐ろしく正確だ。


そして2箇所の穴が空いた場所から奴ら現れる。

先に出て来た一体はボール状で丸いオウムだった。そのオウムは宙に浮き、一つ目でこちらを見つめて居る。

そして、もう一つ。後から空いた穴からは中々2体目が出現しなかった。


?なんだ?

疑問を感じて居るとその穴はどんどん大きく広がっていき、遂には大人3人分が入っても余るほどの大きさにまで膨れ上がった。


嫌な予感がする。


そしてその穴から現れたのは今まででも見たことのないほどの巨大な赤子のような体型をした化け物だった。

奴が一歩踏み込む。それだけで周りが地響きで揺れるのを感じる。

どんな質量だよ。あんな化け物まで相手しなくちゃいけないのか。

いつもと違う大きさの相手に動揺を隠せずにいた。それに感覚だけでいえばこの前の敵と同等かそれ以上の何かを感じる。


〈バカな。いくらなんでもでかすぎる。あれほどのオウムが出現するなど、どうなっておるんじゃ!それに奴はかなりの魔力を持っておる...〉


琥珀もあれほど大きなオウムを見るのは珍しいことらしい。それにオウムも魔力持ってるんだな。その大きさが俺の感じる嫌な感覚だろうか。


前のやつとどっちが強いか。大きい分、動きが鈍く攻撃が当てやすいかもしれないが奴からの攻撃も気をつけなければいけない。それだけの質量が伴っているオウムの攻撃は俺でもダメージを受けるかもしれない。


「ふう」


俺はゆっくりと息を吐き、目の前でこちらを見つめて来る2体を相手する覚悟を決めた。


まずは、小さい方のやつだ。奴はそれほどの大きな力を感じない。

一瞬で間合いを詰めて屠ってやる。そうして行動を移そうとした時、大きな赤子の形をしたオウムが先んじて動いた。


ドスドスと音を鳴らしながら、近づいて来るそれは決して早いものとは言えなかったが得体の知れない何かがある。そう感じ、後退した。


すると今度は巨大な赤子の後ろに控えていた一つ目の丸いオウムがゆらゆらと漂いながら赤子の後ろからこちらに向かって2本の長い触手を伸ばして来た。

その触手の先は鋭利に尖っており、俺を射殺さんとしてくる。

俺は直前にバク転でその攻撃を躱した。攻撃を躱した先の地面にはその触手で綺麗に開けられた二つほどの穴が開けられていた。

いくら俺でも刺さればもしかしたらダメージを受けてしまうかも知れない。


その間にも赤子は目の前に迫る。その手で俺を潰さんと張り手のように突き出してくる。それも難なく避けた俺は体制を整え、奴らを観察する。


辺りには砂塵が舞っていた。


厄介なコンビだな。でかいやつを盾に後ろのやつが触手で遠隔攻撃を加えて来る。

それをどうにか突破するにはまずは大きいやつに俺の今出せる全力の一撃をかますのも一つの手かもしてない。


よし、力を溜めこちらを見ている赤子に必殺の一撃をお見舞いしてやる。

そのはずだった。


放たれた拳は赤子を粉砕し、息の根をとめると思ったがそうはならない。

腹部付近に触れた時、殴った衝撃は発生せず、まるで奴の体に溶け込むように腕がすっぽりっと入ってしまった。


「ぐっ...」


そして奴の腹部に収まっている右腕からは火傷のようなひどい痛みを感じた。

まずい、そう思った時には既に赤子から繰り出される手が眼前にまで迫っていた。


「がはっ...」


〈新!〉


食らってしまった。張り手による一撃を。俺はグラウンドの端まで体ごと吹き飛ばされ、さらに追い討ちで触手が刺さる。


「ぎゃぎゃぎゃぎゃ」


赤子は本物のように喜び、笑っている。

奴の体からは解放されたが、腕はかなり赤くただれていた。そして張り手による一発で打撲程度のダメージと触手により体に2箇所穴が空いた。


立ち上がり、俺は悠長にも空を見上げ考える。どうする?なんだかこの感覚も久しぶりかも知れない。

あの門が現れた日以来に感じる死の予感に思わず、体震えた。

しかし、これは恐怖による震えではない。武者震いだ。


恐怖などあの門の向こう側に置いて来た。今の俺はあの時の俺とは違う。死線を超え、いくつものオウムを倒して来た。あの門の向こう側で感じた無力で孤独な恐怖に比べればこんなもの、どうってことない。帰って来て力を得た今の俺の方がいくらかマシなはずだ。雫も待っている。早く倒して日常に戻ろう。


美しく空に広がる宇宙見上げ、ちっぽけな自分を感じつつも再び、覚悟を決める。

その瞬間、今まで沈黙していた左手の光がまた輝きを取り戻し始めた。


そして俺は感じた。

なんとなくだ。なんとなくわかる。自分の力というのが。俺に与えられた力はきっとそうだ。


この力なら、目の前の奴らを倒せる。


〈お主...その感じは一体...〉


目の前にやって来た琥珀が心配そうにこちらを見つめる。

琥珀でさえも感じたことのない雰囲気を俺から感じ取ったらしい。


「大丈夫だ」


琥珀にか自分にか、はたまたそのどちらにもか。言い聞かすようにそう唱えた。


今度は先ほどよりも早く己の体を加速させた。そして奴に取り込まれそうになった時と同じように拳を繰り出す。しかし、今度は奴の体にではなく、直前で地面を叩きつけた。


耳を劈くつんざく衝撃がグラウンドを覆った。

その拳から生まれた衝撃波は放射状に広がり、直径20メートルほどまでに至った。


巨大な赤子と一つ目の玉はその衝撃波を前に吹き飛ばされ、その過程で飛ばされながらも前のオウムと同じように自壊していった。


ただし、その衝撃波は目の前の敵を倒すだけに留まらなかった。

暴風とともに発生したその余波だけでガシャンという音とともに結界そして、校舎の窓ガラス全てを粉砕してしまった。校舎自体も未だに揺れているように見える。


やばい。オウムを一瞬で倒したことがではない。


母校の窓を全て粉砕してしまったことがだ。明日はきっと大騒ぎだろう。

誰かが盗んだバイクで走り出して、校舎の窓ガラスを壊し回らない限りはこんなこと普通は起きない。


先ほど使った力は後でよく考えるとして、今はすぐに撤退だ。

帰ろう。全て見なかったことにする。ポジティブだけが俺の取り柄だ。

校舎の方から振り返り、琥珀を探そうとした時だった。


「止まりなさい!!」


グラウンドの外から何者かの6つの影が一斉に飛び出し、俺の背後から声をかけた。



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