第37話 海の見える街


 父さんと和解して数日後。

 俺ははがねと一緒にあの海に来ていた。


「ここで俺とはがねは出逢ったのか」


 ザァーザァーと言う波の音を聞きながら白いワンピース姿の彼女の手を握る。


「うん。ここで落ちそうになったウチを助けてくれた……そして、これ」

「それは……ハンカチ」


 今は左腕に包帯を巻いているけれど、鞄から取り出してあの時のように腕に巻く。


「その……傷は、あるのか?」

「少し残っとるけど、ウチにとっては愛の証やけん」

「愛……か」


 彼女はどれだけの想いで、どれだけの精神力で今まで過ごしてきたのだろう。


「そういえばさ」

「うん」

「はがねが虐められてるって俺が言ったの覚えてる?」


 思い返せばおかしな点はいくつかある。そのひとつが噂の事。


 とんこつ臭がする・先生をとんこつラーメンで買収してる・とんこつが……


 挙げだしたらとんこつだらけで笑えてきた。まぁほんの少し本音も入っていそうだけど。


「アレってもしかして……」

「うん……ウチとデコちゃんの作戦」


 やっぱり。

 どうりで話が作為的だったのか。女子だけの噂で実害はない。まったく、とんだポンコツ女だぜ。


「女子達に協力してもらってソウジの前で聞こえるようにお願いしたと」


 なるほど。

 それなら彼女があんなとぼけ方をしたのも、ギャル子ちゃんが心配してなかったのも頷ける。


「まったく、無茶し過ぎだって」

「まずはソウジに興味持ってもらわんと話が進まんやったけんね」


 それにしたってやり方が……彼女なりに考えたのだろう。


「他にはなんかある?」

「思い返せば……」


 この際だから思った事を全部言って欲しいとの事なので考えてみる。


「編入した時の事なんだけど……」

「うん」


 俺が編入して来た日、4月23日の出来事だ。

 教室に入って自己紹介をした後、担任の宗像むなかた先生から空いてる席に座れと言われた。


「その席が善士ぜんしの後でひかれさんの前でいたしの横で不屈ふくつの隣って……」

「そう……先生やソウジのクラスメイトにも協力してもらった」

「マジかよ……」


 ここはクラスメイトをアイツ等と呼ばせてもらおう。


「アイツ等も嘘つきだぁぁぁぁぁ!!」


 予想の遥か彼方の暴露大会になっていた。


「他にない?」

「……う〜ん」


 はがねが転びそうな所をキャッチして美術室に戻った時のあの歓声。致の仕業だと思ったけど、今思えばずっと監視されていたのかもしれない。

 言い方が悪かったな。見守って貰ってた……か。


「はがねが毎回転ぶのは?」

「それはデフォやけん」

「そこは計算って言って欲しかった!」


 ムフーッとドヤ顔で言葉にするはがねちゃん。今後も注意して彼女を見なきなゃいけないじゃないか。まぁずっと見るんだけどね。


「ふぅ……なんか色々衝撃的過ぎてお腹空いた。はがねちゃん、帰ってラーメンが食べたい」


 少しくらい甘えていいだろうか。


 俺の言葉を待ってましたと言わんばかりに彼女はこちらを向く。


「よかよ! やけど、食べるのはここ」

「は?」


 ここって、海だぞ?

 と言おうとして、彼女は待って来たリュックサックを紐解いていく。


 ゴソゴソカチャカチャ


「おぉ! これ、動画で見たことあるぞ!」


 男心くずぐるアウトドアグッズ。


「やろ? 今日の為にオトンに買ってもらった」

鉄左衛門てつざえもんさん太っ腹!」


 なぜ俺がはがねのパパさんを下の名前で呼んでるかと言うと……

 父さんと俺はこの数日で皆の家族に挨拶周りに行った。


 その時にこっそり「はがねと結婚したらパパと呼ぶんだ。それまでは下の名前で頼むぞ!」と凄まれた(凄まれてもなぁ)

 ちなみにママさんは「ココちゃんがいい!」と駄々を捏ねて、はがねと一悶着あった。


「ソウジ、手伝って? よー分からん」

「あいよ。ってか俺も初めてだからな」


「初めては……家の中がよか。できればソウジの家がいい」

「は? 何言って……っておまっ!」


 まさかのはがねちゃんの発情期!

 これはアレか……どつやってツッコめばいい。

 いやむしろ突っ込んでいいのか?

 待て待て早まるな!

 まずは彼氏彼女になってからだ!

 だから今日、俺は彼女に告白すると決めたのだ!


 ひとり脳内会議を終わらせてはがねの隣に行って、バーナーをセットしていく。


「荷物が重いと思ったらこんなの入れてたんだな」

「ウチは非力やけんソウジがおって良かったばい!」

「確かにはがねは軽いもんな」

「軽い女って言ったん?」

「そういう意味じゃねぇよ!」


「ふふ……」

「ははっ……」


 自然と笑みが溢れる。

 最近は親友達に囲まれてばかりいたから、こうして2人で過ごすのは久しぶりな感じだ。


「ねぇ、ソウジ」

「ん?」


 簡易鍋をセットして具材を準備している時に彼女が何か言いたそうにする。


「あの……その」


 何が言いたいのか予想する事しかできないが、俺はこのタイミングである一冊のノートを鞄か取り出す。


「はがね……これ」

「っ!! これ……ソウジ……まさか」


 そのノートははがねの部屋から持ち帰ってしまった彼女の想いそのもの。


「無いって思いよったら……ソウジが持っとったんやね……ははっは」


 空笑いをした後に脱力してへなへな座り込む彼女。そんな彼女に俺は言葉を繋ぐ。


「中は見てない」

「へ?」


 素っ頓狂な声を出す彼女はまさかという驚きの表情。


「正確には初めの1ページをチラ見しただけ」

「そう……なん?」

「あぁ、ばかねの部屋で宿題した時に誤って落としてしまった。その時に開かれてたページ……4月23日」


 その言葉を聞いて「うわぁ」と仰け反る彼女。


「めっちゃ恥ずかしいとこやん」

「…………」


 俺も恥ずかしいさ。


「だから……これは返す。そして……」

「そして?」


 ノートを受け取りながらジッとこちらを覗き込む。



「はがねの口から全部聞きたい」


「……ウチの口から」



 これから……彼女の行動の深淵を覗きに行こう。



 もちろん。

 彼女と手を繋いで。

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