第22話 器と関係【細川鋼】



 あの口づけは多少強引だったかもしれない。


 だけど、考えるより先に体が動いていた。彼の想いの一端を知る事ができた……ほんの少し前に進んでくれた。

 ううん、ほんの少しじゃなく……とてつもない一歩。



「………………」


 唇を離した後のソウジの顔を表現するなら何がいいかな。


 鳩が豆鉄砲?

 腰を抜かしたような?

 金魚のように?


 そのどれもが当てはまらないかも。強いて言うなら……メイン料理だと思っていた大盛りとんこつラーメンが前菜だった感じ?


 ふふふっ! 自分で言ってておかしくなってきちゃった。だって彼と同じくらいウチの顔も赤いのだから。


「……は、はがね……さん」

「ん?」


 衝撃が抜けきらない顔でウチの名前を呼んでくれる。


「……一体なにを」

「なにってソウジが言ったやん」


 さっき言った事ぐらい覚えてて欲しいな。


「えっと……」


 頭の中が混乱してるのかグルグルと目を回す彼に向かって同じ事を言ってやる。


「印象的な事、衝撃的な事やったら忘れんのやろ?」


 その言葉を聞いて大きく口を開ける。その口にもう一度キスしたい気持ちを我慢して頬に触れる。


「忘れるんやったら何度でもするよ。それでも思い出せんやったら、1から新しく作ろ?」

「1から……新しく」


 ふじばあちゃんも本当の事言って欲しかった。だけどそれはウチらに気を使っての事だとわかってる。


「ソウジ」

「は、はい!」


 テンションがおかしくなった彼に対して頬に触れたまま続ける。きっとウチの手は彼と同じくらい震えているだろう。それでも彼が勇気を出してくれたからウチも応えなければいけない。


「ウチもね……まだ話してない事がある」

「うん?」


 言ってる意味がわからないように首を傾げている。ここでこれ以上語ったら本当にパンクしてしまう気がする。だから……


「もう一度ウチとデートしてくれん?」

「もう一度……デート?」


「うん、夏休みにデート。そこでウチの秘密を言いたい」

「えっと、はがねの秘密?」


 その言葉に強く頷く。


「わかった。だけどこれだけは言わせてくれ」

「なん?」


 さっきまで慌てていた彼だけど、キリッとした表情で告げるのだ。


「はがねが俺の秘密を受け入れてくれたように、俺もはがねの秘密を受け入れるから……だから、安心してほしい」


 真っ直ぐ見つめられた瞳はあの頃のように輝きを増す。


 あぁ……これだ。この目だよソウジ。


「うん、ありがとソウジ」


 今度はウチの方が泣きそうになる。泣きたいくらい悔しいのはソウジの方なのに……現実と向き合い真実を語るその日まで、どうか神様お願いします。


 彼に安らぎを与えてください。もう二度と悲しい想いをしないように。


「はがね、大丈夫?」

「大丈夫よ! それよりお腹空かん?」


「……確かに」


 お互い言いたいことは口に出せたと思う。安心したら空腹が襲ってきた。


「じゃあ、カップルチケットで美味しいご飯食べよ!」

「カップルチケット……だな。たまには外食もいいか」


 気を取り直してベンチを後にする。いつもどおりを装っているが顔が少し赤い。


「ねぇソウジ」

「なに?」


 くるっとダンスのステップを踏みスカートがヒラリと宙を舞う。海の碧とキャミソールの青が太陽の光で反射する。彼の前に躍り出ると顔を覗き込みながら笑うのだ。



「ウチとのキス、どんな味がした?」


「なっ!!」


「にっしし! ソウジのえっち」



 包み込む器がウチだとしたら、ソウジはきっと……とんこつラーメンそのもの。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る