第19話 これがデートか!(まだ始まったばかりです)
最寄り駅から列車に揺られて隣を見る。
外の景色は晴れ渡っていてこれからのデートにはうってつけの晴天。窓から見える海の景色も綺麗だけど、俺の視線は対面に座る横顔に吸い寄せられていた。
「綺麗やね、ソウジ」
「あぁ綺麗だね、はがね」
彼女の綺麗は海の風景。俺の綺麗は彼女自身。言葉の上では噛み合ってるけど、心の中は違う想い。
ディーゼルエンジンの少し大きな音が心臓の鼓動をかき消してくれる。少し開いた窓から入ってくるのは潮の匂い。キラキラと海から反射する日差しは夏の訪れを知らせていた。
「……ねぇ、ソウジ」
「ん?」
不意にこっちを向く彼女。
一つ一つの仕草が今日は違ったものに見えてくる。きめ細かな肌やぷるんとした唇。そのどれもが
「学校楽しい?」
「……学校?」
無言の俺に気を使って話を振ってくれたのだろう。彼女の瞳に映る俺は少し間抜けな顔になっていた。
「学校かぁ」
「うん」
以前の俺なら迷いなく「つまらない」と答えていただろう。だけど今の俺の答えは当然決まっていて……
「楽しい!」
ワントーン上がった声につられて口角も上がる。そう思えるくらいこの学校での生活は充実している。
「ウチ以外に仲良い人おると?」
若干失礼な物言いなので、最近よく行動をともにする3人の男子と不思議な女の子の話題を自慢げにしてみせる。
「へぇ、良かったやん!」
「
「何それバリウケる! ヘッドスピンした?」
「それはしてなかったなぁ」
普段はマシンガントークの彼女は聞き手に回って楽しそう。俺の話ばかりで申し訳ないので……というか俺が彼女の話を聞きたかったので、両親のお店の事や中学時代の事を少し教えてもらう。
「今度、ウチの店来る?」
「お邪魔じゃなければ」
「ラーメンはバリうまよ?」
彼女を育ててくれた両親にも会ってみたい。もちろんラーメンも食べてみたい。けど……
「まぁでも。俺ははがねのラーメンが好きだから」
「なんだって? ウチの事が大好きって?」
「……お前なぁ」
はがねみたいにグイグイ攻められたらどんなに気が楽だろう。いっそこの流れに乗って告白してしまおうかと思ったけど、まだ早い気がする。
俺の事を知ってもらってからでも遅くない……はず。
「ねぇ、今度試験あるやん?」
「試験?」
「そっ! ウチはデコちゃんがおるけん安心やけど、ソウジって成績どうなん?」
成績かぁ。
正直ついていくのに必死だからなんとも言えない。編入試験は確か中の中だった気がする。微妙な俺の顔を察してか、胸を張って口を開く。
「ウチが教えちゃーよ? まぁデコちゃんと一緒にやけど」
頭の中で少し考える。
はがねと一緒に俺の部屋で勉強してる風景。頭を悩ませる俺の横に座って「仕方なかねぇ」と言いつつ世話を焼く彼女。お昼は
急いで食べる彼女の頬に花模様のにんじんが可愛らしくこっちを見ている。俺はそれを優しく指で摘み自分の口の中へ……その味は想像してたよりずっと甘くて、いつまでも口の中に残り続ける。
刹那の妄想から帰還した俺は真っ赤になりながらはがねを見つめて。
「……それじゃあ、お世話になります」
「うん、約束やけんね! はい……小指」
いつかした指切りをもう一度。
………………
「色々話しよったらあっという間やったね」
「だな。しかし海を見ながらの列車は気持ちよかったな」
列車から降りた俺達は気持ちのいい日差しを浴びながら水族館を目指す。徒歩7分の立地なので既に見えているのだが、用もないのに花壇や風景を見ながら歩き回る。
「そろそろ行こっか」
「うん」
光合成を済ませたはがねは光り輝いている。トテトテと俺の隣へ来ると自然な動きで手のひらを重ねて一言。
「今日はデートやけん。これくらいいいよね?」
「お、おおお……おう」
「ぷははっ」
俺の弱点ばかり突いてくるのでたまったものじゃない。まだお目当ての水族館にすら入ってないのにどうしたものか。
これが……デートか!
雲の上から「まだ始まったばかりです」と聞こえた気がした。
「こんにちは! 高校生2枚でお願いしまーす」
元気良く受付のお姉さんに声を掛けるはがね。お姉さんもにっこりと笑って対応してくれた。
「ようこそマリナワールドへ。高校生2枚ですね」
頷く俺は鞄から藤江さんに貰った有難いお金を出そうとしている。
「はがね、俺が……」
「ソウジ、ウチが……」
被った言葉のはがねを見れば、彼女も鞄から同じような封筒を出していた。
「「………………」」
固まる俺達。そして……
「ここは俺が出す!」
「いいやウチが出す!」
突然始まった譲れない戦い。もしかしたらはがねの両親も今日の為にお金を渡してくれたのかも。男としてデート代は……という考えは古いかもしれないけど、毎日ラーメンをご馳走してもらっているのだ。これくらいしてもいいだろう。
「ぐぬぬぬぬぬっ」
「ふぬぬぬぬぬっ」
いつの間にか額を付けてプロレス技みたいに睨み合う俺と彼女は迷惑な客だっただろう。そしてここはチケット売り場。周りにもお客さんがいるわけで……
「あらあら、熱いわねぇ」
「初々しいなぁ。わたしもあんな時期があったのよねぇ」
「若いっていいな」
「あなたもまだ若いわよ」
そんな言葉が耳に入ってくる。それを聞いたら言い合いなんてしてる場合ではない。だけどお互い引く気がない。無言でなんとも言えない顔で見つめ合っていると。
「……あの〜お客様。お互い半分ずつ出し合えばいいのでは?」
「「……半分ずつ」」
受付のお姉さんが助け舟を出してくれた。はがねと一緒に振り向くとさらに続ける。
「見たところ彼氏彼女の関係みたいですし、高校生で買うよりカップルチケットを買った方がお安くなるかと……」
「か、彼氏彼女っ!」
「か、カップルチケット!」
放たれた言葉にキョドる俺とはがね。どうやら彼女は自分で言う分には恥ずかしくないようだが、第三者から言われるとそうではないらしい。
さらにお姉さんは進撃する。
「カップルチケットを買うとレストランの限定メニューやショーでの特典も貰えますよ!」
「……レストラン」
「……特典」
一緒にゴクリと唾を飲む。その単語を聞いて答えは決まった。
「「じゃあそれで!!」」
「はい、カップルチケットですね。金額は……」
妥協点を見つけた俺達は震える手でお金を渡す。そして貰った2つの紙を見るとピンクと青のチケットが神々しく光っている。しばらく眺めているとお姉さんは俺に向かって「がんばってね!」とウインクで手を振る。
「行こうか……はがね」
「うん……ソウジ」
スタートから波乱万丈だったけど、ようやく目の前の神秘を独り占めできる。
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