第15話 消えない想い【細川鋼】
デコちゃんと一緒に日直の仕事をしていた日。ウチはまた彼に救われた。
不注意で踏んでしまった何か……そして視界が天井を向く。手は塞がったまま重力に従うように落ちてゆく。
あぁ……この光景は知っている。ウチがよく夢に見る光景だ。
何度も、何度も何度も何度も何度も何度も……後悔した光景。
「はがねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
あの時と同じ声が聞こえる。一生聞くことが無いと思っていた声。それでも戻ってきてくれた……彼の声が。
目を開けると彼が居る。ウチの事を抱きしめてくれる彼の温もり。頭と背中にある手がウチを力強く抱き締める。目の前に映る自分の姿が現実だと教えてくれた。
「……………………ソ」
ソウジ。
彼の名前を叫びたい。あの頃みたいに呼んでみたい。でもそれはウチのワガママ。彼をこんな風にしてしまった……ウチの贖罪。
今の彼は空っぽだ。
その心も体も……頭の中さえも。
空っぽの
だから……ウチはこう呼ぶ事にした。
「……カラカラありがと」
いつの日かウチの罪を言葉にできるだろうか。泣いて謝ったら許してくれるだろうか……ただそれだけでは……なんの罪滅ぼしにならないとわかっていても。
それでもウチは諦めない。忘れているなら思い出させたい……それが叶わないのだとしたら……ウチの一生を彼に捧げてもいい!
あの夏の日の輝きを……あの日誓った約束を……ウチは果たしたい。
「……なんで今日来んのやろ」
翌日の昼休み、調理室に彼の姿は見えなかった。だからウチは彼の教室へと歩を進める。
「ごめんください……ねぇ、
「…………唐草君なら食堂に行ってるわ」
返事をくれたのは黒髪ロングの美人さん。そしてその子はウチの……
「……ねぇヒカちゃん。ちょっと話があるんやけど」
「えぇ、私も報告したい事が沢山あるわ……はがね」
その光景を近くで見ていた何人かも話に加わる。
………………
………………
その日の夜。
本当に言いたい事はもっと違う事なのに。
涙が出そうになる顔を隠しながら、彼とのラーメンの約束だけは取り付ける。そして次の日からはお互いぎこち無い会話になってきた。
もしかしたら……昔を思い出して愛想を尽かされたのだろうか……あんな事になったから……ウチとは離れたいと思ったのだろうか。
負の感情が支配する中、ウチは彼に声を掛ける。
「カラカラ……放課後一緒に帰らん?」
しかし返ってきたのは不器用な微笑みと拒絶の言葉だった。
「……ごめん」
咄嗟にその場から逃げ出した。逃げて隠れて女子トイレに引きこもった。もしかしたらラーメン食べてくれないかもしれない……それだけではなく、もう一度離れてしまうかもしれない。
ポタポタと流れるのが涙だと分かったのは……授業の終了を告げるチャイムの音だった。
もう……放課後。
一体いつまでこうしていたのだろう。それが分からない程の時間が経っていた。そして不意に鳴ったスマホにビックリしてしまう。
「ぐすっ……あれ? ヒカちゃん?」
画面に映し出されたのはヒカちゃんの文字。泣いていた顔を袖で拭いてタップする。
「もしもし……ヒカちゃん?」
しかし向こうからの返事は無く、代わりに聞こえてきたのは別の声……
『隣のクラスの細川鋼さん知ってる?』
あれ……この声……カラカラ?
ドキリと心臓が跳ね上がる。先約があると言ってたのはヒカちゃんとの……嫌な汗が流れて切りたくなったけど、逃げたくなかった。
『彼女に昼休みラーメンを……』
聞こえて来るのはウチの話題ばかり。もしかしてヒカちゃんに相談してるのだろうか……どうやったらウチと離れられるかを。
『名前を大声で叫んで愛の告白をしたっと』
ヒカちゃん。それは間違いだよ……恨まれこそすれ告白なんて……ウチにされる資格はない。だけどウチからする分には……
考え事をしていたらふたりが言い合いを始めてしまった。
『結局貴方はその子の事が好きなの? 嫌いなの?』
ヒカちゃん何言ってるの? なんでそんな話になったの?
だけど聞こえてきた言葉はウチの想像を遥かに超えた想いだった。
『好きだよ! 好きだから困ってんじゃん!』
これが世界が止まるという事だろうか。
避けられていたと思っていた。もしかしたらウチを助けてくれた時に記憶が戻ったのかもと……だけどそうではなく……ただ単に恥ずかしかっただけだと知る。
その言葉を聞いて、泣き止んでいた瞳から再び涙が溢れてきた。
この時だ……この時ウチは決心したんだ。
例え何度忘れようとも……例え何度同じ事を言おうとも……ウチは彼の横で一緒に歩きたい。
いつか本当の事を話す時は来るだろう。そうしたら拒絶されるかもしれない。だけどそれでも……ウチはソウジの隣にいたいのだ。
『そういう事よ、はがね。覚悟を決めなさい』
「……うん」
ヒカちゃんの声がウチに勇気をくれる。ウチが勘違いをしていた事を強引なやり方で教えてくれたのだ。ありがとうヒカちゃん。
やっと前を向く事ができる。だってウチは、初めて会った時からソウジの事が……
校門を出た所で待ち伏せをする。そして歩いてくる彼に向かって、笑顔で言葉を尽くすのだ!
「ねぇカラカラ……デートしよ?」
届いてくれるといいな……この想い。
【あとがき】
とんこつ彼氏とポンコツ彼女をお読みの皆様、ありがとうございます。
本日で年内最後の更新とさせて頂きます。
年初めの開始は1月11日から予定しております。少し時期が開きますがどうぞよろしくお願いします。
最後にご挨拶を。
今年一年大変お世話になりました。
良いお年をお迎えください。
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