第7話 勘違いと釈明

 俺は2人の女子の間で固まっていた。


「「この子とは親友……」」


 細川ほそかわさんがカツアゲされていると思い咄嗟に割って入ったのだが、同時に聞こえてきた言葉を処理しきれていない。


「カラカラ? なん固まっとーと?」

「おい、話し聞いとんかちゃ?」


 後ろと前から言葉を投げかけられるがどう答えたものか。しばらくフリーズした後、俺は一歩横にずれて2人を視界に入れて一言。


「……帰っていいだろうか?」


 これ以上ここに居たら恥ずかしさで死んでしまう。勢いよく飛び出してイチャモン付けた結果が勘違い。少し前の俺ならそんな事は決してしないのに……変わったものだ。


 それもこれも細川さんのとんこつラーメンがうまかったから。


「待て。いきなりそんな事言われて"はいそうですか"って帰すわけなかやろ?」

「カラカラ。ウチも聞きたい」


 2人からの圧に屈する形で調理室へ連行されていく俺。隣を歩く細川さんはどこかアセアセした感じを出していたが、後ろから派手目ギャル子ちゃんのアサシンのような視線を向けられれば、それを可愛いと思う俺の心の余裕は無かった。




 ガラガラと調理室の扉を開けて3人で中に入る。ガチャりと扉の鍵を閉めたギャル子ちゃんはニヤリとした顔。


「さて、尋問の時間だ」

「カラカラ素直に答えりーね?」


「お、おう」


 女子達の圧力に負けながら裁判が始まる。先手は細川さん。


「まず、なんであそこにおったん?」


 ここは素直に答えた方がいいだろう。


「……ラーメンが食べたくて調理室に行ったら開いて無かったので散歩してました」

「ウチのラーメンが食べたかったと?」

「ま、まぁ……そういう事だ」


 俺の答えに黙り込む細川さん。

 そして次はギャル子ちゃんのターン。


「あたしとの間に入ってきたのはなんでなん?」

「細川さんがカツアゲされてると思ったから」


 ここはさん付けしなければいけない。返答によっては消されかねない。俺の回答に訝しげな表情のギャル子。そして次の質問へと続いていく。


「"はがねを虐めるな"ってのは?」

「…………」


 ここで言っていいのだろうか。

 直接細川さんに聞いたので問題ないとは思う。思うけど……なんか言ってしまったら羞恥心が加速するような気がする。


「はよ言えちゃ!」

「カラカラ心配せんでよかよ? デコちゃんは優しかけん」


 デコちゃん? 優しい? 目の前のギャルを言ってるのだろうか。しかしその言葉と俺に迫る勢いは真逆を物語っている。確かにおでこが広くて特徴的だが……それが愛称なのだろうか。


「今失礼な事考えたやろ?」

「め、滅相もない。素敵なおデコだなと思っただけです」

「しばき倒すぞ?」


 細川さ〜ん! 全然優しくないですよ〜! 平気でタマを取りに来るアサシンの顔してますよ〜!


 そんな俺のヘルプを聞きつけたのか細川さんが割って入る。


「デコちゃんは北九州出身やけんね。今の言葉は"やぁ元気? 仲良くしよ"って意味なんよ」


 ケラケラ笑いながら翻訳してくれるのだが、絶対間違ってる事だけは分かる。


「で、答えは?」


「……細川さんの噂を聞いたんだよ。とんこつの匂いがするとか、テストでカンニングしてるとか、先生をとんこつラーメンで買収してるとか」


 鋭い眼光に負けて白状してしまった。先程までの2人の会話を聞いた限りでは仲良い事は確かなのだろう。それを信じてみる事にした。


 俺の話を聞いた2人はしばらく無言で見つめ合っていたが……やがて。


「ぶっ」

「ふぐっ」

「「ぎゃははははははははははははっ!!」」


「!?」


 ダムが決壊したように豪快に笑い出す2人。その光景に唖然としてしまう。


「がはははっ……と、とんこつ臭って」

「げはははっ……ラーメンで買収げな!」


 何がツボに入ったかわからないぐらい笑い転げるので、見ているこっちまでどうでも良くなってしまう。


「……はぁ、俺の早とちりか」


 俺は顔を両手で覆いたくなる。今の心境としては一刻も早く帰りたい。


「はぁはぁ……笑ったちゃ」

「カラカラ……お笑い芸人になった方がよかよ」


 俺は別に笑わせるつもりで言ったんじゃないんだが。どうも俺の認識と彼女達の認識は違うみたいだ。


「あの……えっと……もしかして俺の勘違い?」


 恐る恐る手を挙げて聞いてみる。そんな俺の行動が可笑しかったのかまた笑い出す。


「いや……あはは、なんというか……なぁ鋼」

「うん……あのねカラカラ」

「お、おう」


 笑いながらも細川さんは真剣な顔。そしてそれを慈愛の表情で見つめるギャル子ちゃん。


「ウチはさ、別に誰に何を言われようと気にしとらんとよ」

「うん?」


 気にしてないって事は、気付いてはいたのか。


「陰口なんて誰でも言ーよるやろ? それにいちいち反応しよったらバカらしかやん」


 確かに陰口を気にしていたらキリはない。それでも心が痛むハズだ。


「それにウチがとんこつ好き言うんもホントやし」

「う、うん……」


 言ってる事はわかるが、なんだろう……このモヤモヤした気持ちは。


「ウチは鋼の心のハガネちゃんやけんね。それに別に何かされたわけでもないし」


 心は鋼で出来ている……か。


 細川さんは水を得た魚のようにツラツラと言葉を並べる。


「ウチが美少女なんもホントやし、先生達がウチの店の常連なんもホントやし……ウチが天才なんもホントなんよ?」


 随分主観が入っているけど、言葉を重ねる毎に鼻が高くなってるように感じる。


「お前の勉強はあたしが見てるっつーの!」

「あいたっ」


 隣からギャル子ちゃんが勢いよくツッコミを入れる。楽しそうな様子を見ていたらなんだか力が抜けてくる。


「……はぁ心配して損したぜ」


 心の中のモヤが晴れていくような感覚。俺はどっと疲れたように机に突っ伏してしまう。しかしそれでも疑問は残る。


「……じゃあさっきのなんだったんだよ?」

「さっきの?」


 俺が見た壁ドンの詳細を尋ねてみる。


「あ〜あ! アレはデコちゃんにDVD貸しとったんよ」

「DVD?」

「そそそ! 博多ラーメンズが解散するやろ?

 やけんウチが持っとるDVD貸しとったんよ」


 じゃあ俺が見たのはその真っ只中だったのか。財布を出していたと思っていたのはDVD。


「ウチはこれしか持っとらんとにデコちゃんが信じてくれんやったんよね」


 そう言って鞄から布に巻かれたDVDを取り出す。ケラケラ笑う細川さんを見ているとなんだか馬鹿らしくなってきた。


「なぁ……さっきからデコちゃんって言ってるけど、名前なのか?」


 パッケージを見て笑っていた2人は俺の方を見ると頷く。


「うん。この子は美多目みため羽照子はでこちゃん。通称デコちゃん」


「見た目が派手? いやいや見た目ばギャルだろ?」


 細川さんは隣の子を派手だと言っている。それは間違ってないのだがどちらかと言うとギャルじゃん。


 しかしこれは俺の勘違いなので正面のギャル子ちゃんから鉄拳が飛んできた。


「誰が派手かちゃ! 羽照子ちゃ! は・で・こ!」

「いてぇ……お前力強すぎ」


 拳骨を食らった俺は机にめり込む。


「ぎゃははは! カラカラは面白かねぇ。色々間違っとるけど……ギャルなんは確かやね」


 俺の醜態を見てゲラゲラ笑う細川さん。さっきまで沈んでいた俺の心を返して欲しい。


「デコちゃんの苗字が"美多目"で名前が"羽照子"漢字で書くと……こうやね」


 そう言って俺にスマホを見せてくる。


「マジか……なんか色々すまん。だけどもうちょっと手加減してもいいんじゃないか?」


 ギャル子ちゃん。もとい美多目さんにジト目を向けながら嫌味ったらしく言うけど、そっぽを向かれた。


「お前が悪い。唐草からくさ


「……アレ? 俺キミに名乗ったっけ?」


 自然と俺の名を呼ぶものだから違和感が無かった……しかし俺はここまでの間に名乗った覚えがない。


「あぁん? お前の事なら、はが……もがががががっ」


 美多目さんは言葉の途中で口を塞がれた。隣の細川さんによって。


「そ、それよりカラカラ昼休み終わるばい!

 早よ教室帰らんね! 」

「え、俺はお前のラーメンを……」


 それに昼休みが終わるまでまだ時間はある。今まで忘れていたけど俺はラーメンを食べに来たのだ。しかし有無を言わさない剣幕で細川さんがまくし立てる。


「ほらほら帰りーってば!」

「でも腹が減って……」


 美多目さんの口を塞ぎながら俺を押す細川さん。めちゃくちゃ器用にこなしているのでそれにビックリした。


「ウチがいつでも作っちゃるけん、帰りーよ!」

「えぇ、本当かよ?」

「ホントやけん! 一生ラーメン作っちゃるけん今日は帰りー」


 グイグイと背中を押されて調理室を追いやられる。


 結局この日の昼食は売れ残りの菓子パン……最後の細川さんの言葉は、無意識のうちに俺の心に染み込んでいた。



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