3分小説

須田 千秋

名刺入れ

父が死んだ。


大学を卒業して、慌ただしく社会人一年目を過ごしていた暑い夏。


肺がんだった。


調子が悪くなり、病院に行った時には、

かなり進行していた。


煙草も吸わない父だったので、

医者から病名を聞いた時、かなり衝撃を受けた。



病気が発覚してからは早かった。

医者には、「もって半年」と言われたけど、

3ヶ月くらいで、あっさり逝ってしまった。



今、父の遺品を整理している。



父の財布の中を確認する。

キャバクラの女の子の名刺の1枚でも出てくるんじゃないかと思っていた。

もし、出てきたら、仏壇に供えて茶化してやろうとおもった。




そんな、私の期待とは裏腹に、一枚の名刺が出てきた。


4歳くらいの頃、父の名刺に憧れて、

覚えたてのひらがなで自分の名前を書いた

私の名刺。


父は、「初名刺だな。記念にこれをあげよう。」

そう言って、自分の名刺入れを私にくれた。

私は、喜んで自作の名刺をそれに入れ、見よう見まねの名刺交換をした。



もちろん、相手は父だった。


その時の名刺を父はずっと持っていてくれた。

紙もボロボロになって、文字も殆ど読めなかったけど、確かに私が渡したものだった。



「こんなものまだ持っていたんだ。」



私は、そのボロボロの紙切れを、

あの時貰った、名刺入れにしまった。

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