『解夏』――結夏から

いすみ 静江

解夏まで

 遥か彼方にあった危機があっと言う間に蔓延しました。それは、COVID-19と名付けられた、新型コロナウイルス感染症が作り上げる陰の垣根です。新しい生活様式で動かないとならない縛りがあります。けれども、私は病院や買い物へ行ったりできるのだから恵まれているのでしょう。街に出れば、殆どの方がマスクをしていらっしゃいます。方々でビニールカーテンも見られます。それらが当たり前になって来ているのが恐ろしいとも思えます。


 この時代に私がご紹介したい本は、二〇〇二年に幻冬舎にて刊行された、さだまさし著作、『解夏げげ』です。本作は他に『秋桜』、『水底の村』、『サクラサク』を加えた短編集の中の表題作となっております。

 『解夏』は、ベーチェット病と言う難病に罹った小学校教諭の高野隆之さんが、次第に視力を失って世界が白くなるのに抗い慄く様を無情にも描いています。彼は、逃げるように朝村ともむら陽子さんとの婚約を恩師の朝村健吉さんを通じて破棄し、故郷の長崎へ流れ込みました。懐かしい人と景色をその眼に刻み付ける為にです。父を介して婚約解消を一方的にされた陽子さんは、怒りを隆之さんにぶつけます。しかし、長崎の実家を訪れた陽子さんは、隆之さんの目として支えて行きたいと訴え、高野の家族と共にに暮らすことを願います。

 仏教の僧が安居あんごという修行を夏の間に行うのですが、その始まりが『結夏けつげ』、終わるときが『解夏』と呼ばれます。二人は、隆之さんが幼い頃遊んだ長崎の寺で、林茂太郎さんからそのことを知りました。

 陽子さんと隆之さんは喧嘩もして別れもしましたが、再び大切な人と言う想いに溢れて仲を取り戻します。

 隆之さんの教え子から手紙が届きます。それを彼女が静かに読み上げます。彼は聞きながら、世界が変わって行きます。それを苦とするか受け入れるかは、誰が知る所でしょうか。ここに、本作、『解夏』の本懐があると言えるでしょう。


 この度の新型コロナウイルスは、隆之さんの『解夏』のように私達に急にのしかかって来ました。罹患する者が急増し、学校も休業となり、仕事の形態が変わる者、失職する者、家の様子が変わって家庭内が厳しいと思う者、或いは新しい家族像を描ける者、様々に生き方に影響がありました。


 私の伝えたいことは、苦行も『結夏』があれば『解夏』があるということです。隆之さんは失明の恐怖に半狂乱になっていましたが、陽子さんのあたたかい愛情で、ゆっくりと『解夏』を迎えられました。隆之さんの教え子から届いた手紙が、彼女の声から紡がれます。うっすらと飛び交う想い出は決して見えないものではなかった筈です。そして、大切な人の笑顔は、瞳を開かなくても忘れられるものではないと思います。


 このように、現在の生活で、どの位時間が掛かるのか分からないけれども、私達が貢献できることは、医療面、生活面と限りなくがんばって対応して行くしかないと思います。


 隆之さん一人の苦行、どうしたら視力の弱体化を決意できるか、どうしたら失明しないで済むか、もしもそうなったらどうするかを追って本作を読んでいる内に考えたことがありました。隆之さんだけではなく、陽子さんら皆の苦行ではなかったでしょうか。気まずかったとき、隆之さんが陽子さんに大切なことを伝えます。陽子さんにとっての『解夏』は一旦ここに迎えられたと思いました。愛が報われたのです。


 私達に明けない夜はありません。


 ――『結夏』には必ず『解夏』が来ると信じたい。

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