眠る私はハンモックで眠る彼を見ている
ハミヤ
第1話 二つの日常
あれは小学校卒業を控えた3月の晴れた日だった。
先生が将来の夢について話していた事を憶えている。
生徒が呼応するように手を上げて野球選手やサッカー選手、アイドル歌手など子供らしい答えと医者や看護師、美容師、料理人など堅実なモノもあげつらいながら皆で将来の夢を語っていたのだ。
誰かが言った。
「先生、僕はおばあちゃんと遊園地に行った夢を見ました。とても楽しかったです」
教室中から笑い声があふれ出した。
「それは寝ている時に見た夢でしょ」先生が呆れた感じでその子を諭したのだ。
しばらくの間ほかの子が冷やかしで自分の夢の体験を話して盛り上がる。
「僕は友達とプールでサメに襲われる夢を見ました」とか「学芸会なのに徒競走している夢を見た」と言って教室は無邪気な笑い声で溢れた。
盛り上がる教室の空気を読んで私は普通を装っていたが、自分が精神異常者なんじゃないかと思い怖くなっていた。
このとき私自身が普通とは違うことを思い知らされた。
夢などどうでもいい事と気にもしていなかったのに精神異常を疑うほど私の夢には他人が出てこない。
動物も虫も……動き回る生物と呼べるモノは出てこないのだ。
そこには自分の住んでいる家があり、町内があり、見渡すと見慣れた山が背景のようにある。
コンビには明かりがつき、近所のホームセンターには流行のBGMが流れていた。
なのに誰一人存在していない。
夢だということは理解しているしそこには現実とは明らかに違う空気も漂っていることもなんとなく分かる。
リアルで動く生物が存在しないために時間の感覚が抜け落ちた空間なのだ。
そして私だけが一人影を作る世界……本物の孤独を味わいながら睡眠をとるのはやはり異常としか思えなかった。
そこはいつも同じで場所の大きな変更はない、まるで世界がもう一つあるように私は夢で生きていて、茶の間にある保険会社からいただいた日めくりのカレンダーをめくるのは日常の作業になった。
夜眠りに落ちて夢で目を覚ます。
朝食でも摂るように台所で食パンをかじり牛乳を飲む、散歩に出かけ一人で公園のブランコを独占したり他人の家の庭で寝転んだりした。家に入るのはさすがに気が引けてのぞくだけにしていた。
ひと夢の楽しみは駄菓子屋に行くことだ。
だがアイスとお菓子は一日一つと言うルールを決めている。
初めてアイスを食べたとき当たりが出たのだ。
アルファベットで(ATARI/628)とあり、628個当たったことにうれしくてバカみたいに食べまくった。
夢の行動のくせに朝起きて腹痛と嘔吐が止まらなかったと言う情けないオチに打ちひしがれつつ吐瀉物が無い苦しいだけの状態を経験してしまった。
脳が大量摂取と誤認して反応したというのがお子様な私の考えで、夢の行動は現実世界にまで影響を及ぼしてくることを覚えたのだ。
おかしな勘違いで夢は万能とか思い高所からのダイブを敢行したりしなくて正解だったと苦笑いすると同時に変な汗が背中を刺激してゾクゾクさせられる。
それでも自重しながらの二重生活を楽しんでいたのだ。
そんな異常な夢に気が付いて数年、私はもうすぐ高校生になる。
何も存在しなかった私の夢にテル君が初登場して一年以上が過ぎた。
夢の唯一の登場人物であるテル君は現実の世界では意識を取り戻す事無く眠り続けていて、いつ目覚めるともわからない状態でいる。
そんな現実の世界は私の存在を疎ましく思っているようで味方など存在しなかった。
教室の机には派手な落書きが施され消すのも面倒でこのまま落書きだらけで真っ黒になればいいと思っている。
教科書は捨てられ、通学鞄には使用済みのコンドームやナプキンが入れられえていてゴミ箱と化した。
抗ってもクラス全員vs私一人と言う構図にも飽きて反応する事もめんどうくさかった。
今では異常な夢が私の生きる場所で唯一の救いになった。
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