第35話 その者、神であり神でなく

「ィラッシャイ!何名様で!」


「ツレが先に居ているはずなんですが……」


 時代の変遷で様々な変化を経てしまった現代でも、昔ながらの形を保とうとカウンター席も用意されているこの居酒屋は、その雰囲気も相まってかなりの人気店だ。それなりに人のいる店内で人を探すのは骨が折れそうなもので、店員もわずかに顔をしかめる。

 しかし、男から説明を聞くとすぐに分かった。

 ついさっき応対したばかりの変人だからだ。

 迷わずその客を変人の元へと誘導し、店員は足早に去っていった。客である男もまあいつものことかと店員のことは気にせず、襖を開けて座敷へと入る。

 その座敷席では男が一人、テーブルの上に携帯端末を三つとラップトップも並べながら、その画面に浮かぶさまざまな情報を見ながら少し気持ち悪い楽しそうな笑みを浮かべていた。テーブルの上には、彼の所持物以外におしぼりとお通しらしき小鉢とお冷、そして備え付けの調味料類しかなく彼がお冷しか頼んでいないことがわかる。

 その姿にため息をつき、男は彼の対面に座った。


神林かんばやし、俺が来たんだからなんか反応くらいしたらどうなんだ」


「遅れてきた奴がデカい顔をするなって言えばいいか?」


「お前と違ってこっちは仕事あんだよ。それを聞かずに勝手に時間決めやがって……」


「僕は僕の予定が大事だからな。柳沢やなぎさわの予定にいちいち意識を割いてやれん」


「くそったれが」


 あまりにも自由気ままな幼なじみ、神林に対して悪態をつきながらメニューを開き飲み物を決める。座敷に備え付けられた受話器で店員を呼んだ。

 今時大抵のところはタッチパッドなどの遠隔オーダーが主流であり、ここのような店員が注文を伺いにくることはほとんどない。注文されたものを運ぶのさえ、ロボットなどがやっているところもある。

 店員と客のトラブルが減った一方で味気ないやりとりはやはりどこか物足りなさを与え、この店のような店員が来るタイプの店も最近は再び出てきている。

 柳沢としては余計なトラブルは不要であるし、「人の温もりがー」などというバカバカしいことに興味はないのでどちらでもいいのだが。

 すぐに店員がやってきて生ビールと枝豆を注文する。おっさんになっただのなんだのと揶揄をしてくる神林を無視して、店員が持ってきたおしぼりで手を拭いた。


「で、わざわざ呼び出した用件は」


 柳沢はお通しに口をつけながら神林に言った。


「ん?いや、面白くなってきたからただそれについて話したかっただけ」


 そんなことだろうと思ったと内心でため息をつきながら、柳沢はひじきと豆の煮付けを咀嚼する。思っていたよりも美味しく、自然と箸が動いていた。


「んで、は一体どうしたいんだ」


「いや、


 ニコニコと神林は嬉しそうに二つの携帯端末の画面をスクロールしている。そうしながらもラップトップには何かを書き込んだりしており、コイツの頭はどうなっているんだと呆れながら柳沢は神林の言葉の続きを待つ。


「僕はどうもしない。選択するのは彼らさ」


「無責任だと思うがな。お前が作り、生み出した世界なんだぞ。実際一部のプレイヤー達も動いてるだろ」


「それが楽しいんじゃないか。神の過剰な介入は世界のバランスを壊してしまう。世界を動かすのはあくまでその世界の住人でなくちゃあならない」


 そりゃぁ、装備とかアイテムのバランスとかは考えないといけないけどなと付け加えながら、神林は水を飲む。お通しには一切口をつけない。


「でもお前の作った世界には女神様が介入しているぞ。あれは神の過剰な介入じゃないのか」


「分かっていないなァ、柳沢くゥん。彼女もあの世界の住人なのだよ。まあこれについての説明は僕としても難しいと感じてはいる」


「俺にはよくわからんな」


「わからなくて結構」


 上機嫌な神林はラップトップと携帯端末から目を離さない。

 ただ自分の箱庭世界のためだけに、巨万の富の全てを投げ入れた目の前の男は、それ以上に彼にとっては変人の幼なじみであり、その思考が昔からおかしな方向に向いたりしているのはよく知っている。さえも、この今の状況を、自分の世界を実現させるための事だと言うのだから呆れて言葉も出ない。


「僕は僕の作り出した世界で生きる人々の選択が見たいだけさ。そのために色々な道を用意しているし、星人の選ぶものを全てが受け入れられるわけでもない。僕らはそれらのイベントにゲームらしく名前をつけてやればいいのさ」


「プレイヤーを住人などと言いながら、あくまでプレイヤーとしての意識を持たせたままなんだな」


「そりゃ、それくらいは妥協はするさ。僕は全知全能の神じゃないんだよ。異世界を作り出すことなんてできないからね。そうでもしないと人増えないから色んな選択見られないし」


「その変なこだわりのせいでこっちは一周年イベントについてごちゃごちゃ言われてるんだがな」


「それは勝手に一周年とかつけるからでしょ」


「ゲーマーっていうのは恋人以上に記念日とイベントに敏感なんだよ」


「へぇ、まぁその辺りはお任せしてるから文句はないけどね」


 任せているから自己責任だと言わんばかりの神林の言葉に青筋が浮かびそうになるが、柳沢はそれを抑える。

 サーバーの管理AIや、NPCのAIにさえ既存の技術を大幅に超えた、それだけで業界を震撼させるようなものを投入する目の前の男はやはり変人なのだと何度目かわからない実感を覚える。この男と真面目に話しても無駄なのだ。


「それで、をボスにした理由は」


「さぁ?勝手に星人プレイヤーが戦うことになっただけでしょ。別にアレは他の何かでもどうにかできたものだし」


「いや、世界を喰らうだとかなんだとか、そんなあからさまに強大なものをあんな風に出した理由を聞いている」


「おもしろいでしょ?僕は昔やったゲームでね、一面のボスがそういう強そうな能力を持っているけど実はみたいな奴でね、そんな感じにしたいなってあれをあそこに置いたんだよ」


「あの世界の中での話なのに、広げ過ぎなんじゃないのか」


「どうだろう?これからの敵はあれよりも強いし、世界崩壊の危機はどこにでも潜んでるし変わらないよ。それで危機感を抱いてくれたらいいんだよね」


「俺たちはお前からそういうのを全く聞かされてないんだ。世界の外のからこれ以上脅威は来ないって認識でいいのか」


「ああ、うん。もう外にはいないよ。というか流石に技術的に追いついてないから世界の外まで作れてないからね」


 柳沢はとりあえず安堵の息を吐いた。どうやらに対して頭を悩ませるだけで済みそうだ。

 神林は変わらず上機嫌であり、水のグラスは空になっている。

 店員がビールと枝豆を持ってきたので一度話を中断された。柳沢はビールに口をつけ、その喉越しに気分を良くしながら再び口を開く。


「それで、神サマは今の状況どうお考えで」


「うーん、まあ時間はかかったけど概ね嬉しい、かな。みんな良い選択をしている。いや、それこそ世界に敵対してくれても僕は嬉しいんだけど、みんなどうやら僕が思った以上に気に入ってくれたみたいだね」


「まあ、と思ってるお前はそうだろうな。こっちはこれからの計画とかが大変だ」


「それは任せた!」


「この野郎……」


 柳沢は先ほど沈めた怒りが再燃しそうになったがビールが不味くなるので抑える。ビールのおかげで命拾いしたなと心の中で唾を吐き掛けた。

 そして、これから先の予測のつかない未来に少し顔をしかめながらも、楽しく考えている自分に気づき、神林に流されているなと苦笑しながらそれらを流しこむようにビールを飲み干した。

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