そして今日が

春嵐

また始まる

夜が明ける。


また、しねなかった。


「むずかしいな、しぬのって」


生体学的な死ではない。そんなにいたいやつは求めていない。


自分の存在を、自分から消してしまう。そういう、し。


既に社会に存在する自分は、自分じゃなくなっている。ひとり暮らしで親族は別の列島にいる。いや、紀伊半島だから列島は同じか。


友達はいるが、偽名や違う経歴を使ってこちらの素性にはたどりつけないようにしている。

恋人には、この部屋は教えていない。


「自分の存在を、自分で、消す」


わたしを、わたしじゃなくする作業。


友情や恋、ようするに他者との繋がりが自分を自分にさせている的な映画や漫画を、よく見ていた。参考になると思って。


少なくとも自分にとっては、逆だった。友情や恋が、自分を自分じゃなくさせる。友達といるときの自分。恋人といるときの自分。全て、しに近い。

自分ではない。


「でも、しんでない」


自分ではないけど、それでも、まだじぶんが存在している。それは、しではない。


完全なじぶんの消去。


いなくなる。


信じてないけど、魂というのが存在するのなら、それを破壊する作業。


しぬ。


しにたい。


理由はない。


死ぬことに理由は必要だろうけど、しぬことに理由は必要ない。理由があったら、しんだりはしない。


「夢を」


そう。理由とまではいかないけど、夢がみたかった。眠りに入った瞬間の、あの幻想。そして、眠りから覚める直前の幻想。そのなかに永遠に融けていきたい。


しねば、たぶん、そうなる。


夢と現実の境目をぎりぎりまで大きく広げて 、そのなかに融ける。

地平線際の太陽のように。夕陽と朝日の区別がしにくい、曖昧さに。


今日も、しねなかった。


そしてまた、今日が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る