第2話 本気で死ね!
「ギャハハハハ、見たか、あのポリ公の顔! 殺っちまったぁ、みてぇな顔してよぉ。だいたい、マジで撃つかねぇ」
居間のこたつで背中を丸め、秋人は馬鹿みたいに楽しそうに笑う。まるで初めて玩具を手にした子供のように。
そりゃあ初めてだろう。銃を向けられるのも、銃で撃たれるのも。
いくら手が震えたからっていきなり拳銃ぶっ放す警官がどこにいるってんだ?
威嚇射撃は明後日の方向へ向けやが……や、どっちにしろ家の中だ。銃創がある家なんて、なかなかお目にかかれるもんじゃない。
いっその事、本気で秋人を撃ち殺してくれてもよかったのに。
にしてもあの警官、大丈夫だっただろうか?
真っ青な顔で「始末書、始末書」言いながら、降り続く雪の中帰っていったけど。
こんな馬鹿馬鹿しい話を
かわいそうに。後日、上司を連れて来るらしい。
これも全部、秋人が悪い。私は危うく、秋人に犯されるところだった訳だし。
もうちょっと警官が来るのが遅かったら、秋人のアレは雨上がりの道路に転がる蛙煎餅のようになっていたに違いない。
それはともかく、何でコイツはいつの間にかぬるっと家に上がり込んでいるんだ?
「それ飲んだら早く出てけよ。秋人がいるだけで空気が汚れる」
「おいおい、照れんじゃねぇよ。それが過去に何度も愛し合った男に言う台詞か?」
「誰が誰と愛し合ったって? その口に焼けたフライパンを押し当ててやろうか?」
パコンとお盆で秋人の頭をひっぱたく。秋人は痛がる素振りも見せずにコーヒーを口へ運ぶ。少しは表情を変えやがれ。
「じゃあ、そろそろ……」
「帰るのか?」
「ベッド、行くか?」
「本気で死ね!」
「あ、風呂か? オレは別に構わん……」
秋人の頭に力の限りお盆を振り下ろす。
木製の、安っぽいとは言えそこそこ厚みのあるお盆が真っぷたつに割れる。そのまま硬く硬く握り締めた拳で秋人の横っ面を振り抜いた。
クソッ、ビクともしねぇ。どうなってんだ、コイツは? サイボーグなのか? やっぱり鉄パイプじゃねぇとダメか。どこやった、鉄パイプ?
探しに行こうと立ち上がった私の手首を掴み、秋人は今までと打って変わったような真剣な顔で私を見つめてくる。ガンくれてんじゃねぇよ。
「わかった、そこまでイヤがんならもう頼まねぇ。だから、せめて金を貸してくんねぇか?」
「あ!? いくら?」
「一千万ほど……」
「馬鹿か!? 何でテメェなんかに大切な親の遺産を渡さなきゃなんねぇんだ! 頭、沸いてんのか? 死ね!」
「生きる!」
生きる、じゃねぇよ。いっぺん死んどけよ。世のため人のため、私のために。
それで世界が平和になるなら万々歳じゃねぇか。
「じゃあ、せめて五百……や、三百……百でいい。頼む、この通りだ!」
こたつから這い出て真っ直ぐ私を見上げ、秋人は深く深く土下座をする。
ったく、しょうがねえな。
私は舌打ちして、古いサイドボードの引き出しを開ける。
「懐かしいなぁ、そのメリケンサック。大事にしててくれたんだな」
秋人がヒョイッと顔を出し、引き出しの中をのぞき込む。
懐かしい、か。思い出したくない記憶ではあるが、確かに懐かしくもある。
そうだ、ここにしまってあったな。秋人に貰ったメリケンサック。
って、何いい話風になってんだ? 危うく騙されるところだった。何で私が大切な金を秋人に貸さなきゃいけない?
絶対に無理な要求から徐々にハードルを下げていく、悪魔の手口だ。コイツ、東京行って詐欺師にでもなるつもりか?
タンッと引き出しを固く閉め、こたつに入る。暖かい。
このまま凍りついた私の心を溶かしてくれればいいのに。
秋人は不満げに鼻を鳴らすと、おとなしく私の向かいに腰をおろした。
こんな男に青春を捧げてきた自分が恥ずかしい。後悔している。マリアナ海溝より深く、マントルを突き抜け地球の裏側に飛び出すくらい、深く深く心の底から。
* * *
ここ二年会っていないとは言え、物心ついた頃から秋人と私はいつも一緒だった。家が近かったというのもあるけど、遊ぶのも、喧嘩するのも、怒られるのも、いつもふたりセットだった。
秋人が隣にいるのが当たり前で、小さい頃から手がつけられない悪ガキだったアイツのマネをして、中学に上がる頃には私も一端の不良の仲間入りだった。
その頃から高校生と喧嘩をする秋人と一緒になって、殴り合ったり、鉄パイプを振り回したり、とにかくアイツの敵は私の敵だった。
喧嘩上等。秋人には指一本触れさせない。木刀や鉄パイプは私の体の一部。
そんな血の気の多い中学時代だった。
秋人の背中を追いかけて、追いかけて、置いて行かれたくなくて、必死だった私はいつしか周りに恐れられるようになっていた。
高校に入った頃には私たちふたりは無敵だった。
たくさんのダチや後輩たちに慕われて、他校生や、時には民事介入暴力金銭取り立て屋とも喧嘩をし、何度も警察の厄介になった。
その頃だ。
何となく、自分たちは付き合っているんだと思ったのは。
私は秋人を守るために何でもした。秋人の喧嘩相手を率先して叩き潰して回った。
秋人も私を守ってくれたし、ふたり一緒なら天下を取れると本気で信じていた。
幸せだった。私が秋人にとっての一番だと思っていた。
けど、現実はどうだ?
頭を張るほどの男はとにかくモテた。どこの誰ともわからない、頭の錆びた女どもが秋人の周りに群がった。逆に、その隣にいる私は、男に避けられた。恐れられてすらいた。
いつも周りに取り巻きがいたのもある。声をかけられた瞬間に鼻っ面にワンパンかました事もある。
だからどうしたって言うんだ?
私だって女だ。可愛くありたい時だってある。お洒落をしたい時だって。
もちろん、抱かれたい時だって。
秋人とふたり街を歩いている時に、同世代であろう女の、いや女の子の指先に目がいった。自分には縁のない華やかなネイルアートは、私の憧れだった。
けど私は、いつも拳を握っていたし鉄パイプや木刀も握っていた。バイクを自分で修理する事も多かった。そんな私が邪魔なネイルに憧れていたなんて、口が裂けても周りには言えなかった。もちろん秋人にも。
高校三年の私の誕生日、秋人が誕生日プレゼントをくれた。
そこで私は別れを決意した。
寄ってくる、頭も股も緩い女どもをはべらせて、夜の街に消えていく秋人が許せなかった。ずっと私を見ている風で、何にもわかっちゃいない秋人が憎らしかった。誕生日のプレゼントにネイルでもなく指輪でもなく、メリケンサックを渡すような秋人に心底怒りを覚えた。
本当に殺す気で、メリケンサックを握り締めた拳を振り抜き別れの言葉を吐き捨てた。
二度と私の前に姿を見せるなと。
私は自由になった、秋人の呪縛から逃れて、本当の自由に。
それなのにどうだ? 秋人の遙か上をいく高スペックの男どころか、ヘタレた男すら寄ってこなかった。何年越しにもなる地域に深く根づいた私の悪名と、秋人の元カノというレッテルのせいで、声をかけてくるような命知らずは皆無だった。
付き合ってる時はよかった。隣に秋人がいたから。
それが秋人と別れた後も、今も、まるで呪いのように私につきまとう。
あまりにも理不尽だ。
いっその事、滅茶苦茶にされてやろうと思って県外ナンバーのナンパ男の車に自分から乗り込んだ事もある。けど、顔を見ているだけでイライラして逆に相手の男をボコボコにしてしまった。
そんなこんなで
秋人と過ごしてきたせいで、私は一生を棒に振った。
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