第358話 崇め讃えよ
ナイチールのあとをついていくと、大型の馬車が三台道端に停まっていた。
その一台の車輪が外れており、老人と片目のない大柄な男が車輪を直していた。
「親方!」
ナイチールが叫ぶと、馬車の陰からくたびれた中年男が現れた。
……そこそこ強い感じがする……。
腰に差した剣は細身だが、柄は使い込まれていた。娼婦を連れて旅をするとなると、そこそこ強くならないとダメなんだな~。いや、もう一人くらい強い者──いた。薄汚れたローブを纏う四十くらいの女。おそらく魔法使いだろうよ。魔力レベル4、って感じかな?
魔法教義会で言えば中堅より下、ってところだろう。脱落者か追放者かな?
「ナイチール、どうした?」
「こちらのシスターがアガサ姉さんの病気を治してくれるそうです!」
「はぁ? わかるように説明しろ。シスターってなんだ? 治す? 意味わからんわ」
まったくもってごもっとも。それで、「じゃあ、お願いします!」とか言われたら頭を疑うよ。
「わたしはスズ。ウェルヴィーア教の巡回シスターです。ウェルヴィーア教の教えを広めるために旅をしております」
「あぁ、あの教徒か。おれたちはミラーダ教の者だが、それでも治してくれるのかい?」
ミラーダ教? そんな宗教あったっけ?
「不勉強で申し訳ありません。ミラーダ教は
「まあ、どれだけ昔からあるか知らんが、娼婦を守ってくれる神様だと信じられてるな」
娼婦を? 随分と奇特な神だな? いや、オレも奇特なことしているけどさ。
「ウェルヴィーア教は信じている神を変えろとは言いません。信じたい神を信じればいいし、他教徒だからと言って救いを拒否することはありません。まあ、他の神の施しは受けないと言うなら速やかに立ち去りますよ」
無理強いはしないのがウェルヴィーア教。信じた神の教えを守って死んでいけ、だ。
「いや、助けてもらえるなら助けてくれ。だが、金はないぞ」
「ウェルヴィーア教はお布施で成り立ってはいません。商売をして活動資金を稼いでいます。人を救うのに人から搾取していては神から叱られます」
まっ、魔力は搾取してますけどね! 教徒よ、もっとオレに魔力を差し出すがよい!
「極悪か」
宗教が優しいといつから錯覚していた? 甘言を吐き、人を救う振りして我が身の懐を温めるのが宗教だわ。
「全世界の宗教家から殺されたらいいと思う」
返り討ちにしてやるから金と魔力を持ってやってきてください。オレがありがたく搾取してやるからよ。
「どうします?」
「タダなら頼むよ」
「ええ。タダで受けてください」
タダより高いものはないと知らない親方さん。
「で、病人はどこですか?」
「こっちだ」
最後尾にいる馬車に案内され、荷台に入ると、二人が寝かされていた。
「いつから?」
「去年からだ」
「よく生きてるね。もう死んでいても不思議じゃないんだけど」
鑑定してないからなんの病気か知らないが、おそらく梅毒からくるものだろう。もう顔が酷いことになっているよ。
「前は違う団に腕のよい薬師がいて煎じていてくれてたんだが、魔物に襲われて死んだそうだ。それから薬が手に入らなくなった」
へー。凄腕の薬師がいたんだ。それは惜しい人を亡くしました。
「無理、か?」
「ううん。大丈夫。このくらいなら余裕で治せる」
イモ百個分で充分だ。あらよっと!
ちょっと光を出して演出して、親方さんに回復していくところを見てもらった。奇跡と崇め讃えるがよい。
「じゃあ、次の人も」
こちはかなり重症のようでイモ百三十個分かかった。もしかしてお亡くなりになる五秒前でした?
「いっきに治したから意識が目覚めるまで時間がかかるとは思いますが、隅々まで回復させておきましたから目覚めたら栄養のあるもの食べさせてあげてください」
病み上がりで胃が、ってこともない。起きたらモリモリ食べると思うよ。
「ついでだから皆さんも治しましょう。まだ魔力に余裕があるので」
「……あんた、何者だよ……?」
「さっき言った通り、巡回シスターですよ。まあ、強力なのは使徒様のご加護があるからですけどね」
親方さんの手をつかみ、手の甲にある古傷を綺麗さっぱり消してあげた。
「まあ、タダですし、遠慮しなくていいですよ」
ニッコリ笑ってみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます