第195話 わかりやすい敵は大歓迎

 裏ボス、とは言ったが、それは正確さ欠けるような気がする。


 人は本性を隠すものだ。建前や倫理や羞恥心と言ったものの働きによって。


 詐欺師やウソつきは利益を得ようとして自分を偽り、他人を騙す。


 目の前にいる商人風の男は、おそらく後者だ。偽りを持ってここにいる。


 それがなぜわかると言えば目だ。目がウソくさいのだ。


 顔は真面目な表情をしている。態度も有力者然としている。纏う気配にも邪悪なものはない。町長のブレーンと言われたら信じるだろう。


 いや、ブレーンと言うのは正しいかもしれんな。町長を動かしている、って意味では、な。


 この状況でこの男、ビヤーボが邪神の使徒と繋がりはあるだろう。ただ、ここにいると言うことは繋がり具合は浅そうだ。


「伝道巡回は四十人くらいの集団になるんで町の外に天幕を張りますのでよろしくお願いしますね」


「それは構わないが、この時期に町の外は大変じゃないか? 白狼もいるし」


「問題ないから安心して。護衛もいるし、シスターリンがいるならそこは楽園にも勝る場所になるからね」


 オレのいるところは最前線だけどな!


「今回の伝道巡回は、邪神の使徒が起こした自然破壊を癒すため。町長にはご理解ご協力をお願いしますね」


「こちらとしてはあの噴火には参っている。なんとかしてもらえるなら助かるが、具体的にどう協力したらいいんだ?」


「町の外でウェルヴィーア教の教会を建てるから人手を出してもらえると助かるかな。もちろん、働きには給金を出しますんで」


 この町にもバリューサ教の教会が四つあり、町の者も大半がバリューサ教徒だ。


「ウェルヴィーア教は信仰の自由を認め、複数の神を信じることを容認する。お気軽にお越しくださいませ」


 神なんぞ利用してナンボ。一神だけ利用するなどナンセンスだ。あ、邪神を利用するヤツはノーサンキューです。


「……それでいいのか……?」


「神は寛大なり。人の自由を認めている。ただし、人の矜持を忘れたケダモノに慈悲はなし。ボクが神に代わってお仕置きよ☆」


 決めポーズがないのはご容赦を。まだ恥と言うものがありますんで。


 部屋の中が寒くなった気がしないでもないが、極寒の冬を八度も乗り越えて来た身。このくらいの寒さなど気にもならならんわ。


「シスターリンが到着したら改めて挨拶に来るね。なにかあればご連絡ください。すぐに来るからさ」


 一礼して部屋を出た。


「もういいの?」


 外には魔女イブリーヌがいた。わざわざ待ってたとはご苦労様です。


「止められなかったからいいんじゃない?」


 良くも悪くも普通の町長。九歳の女の子を相手にするのは苦行だろうよ。


「ところで、ビヤーボってどう言う人? 町長のなに?」


「ビヤーボさんは、この町で古くからやってる商人で、町長の幼馴染みよ。なにかあったの?」


「なにもない」


 これからなにかあるかも知れないけど。


「イブリーヌさんは、この町にいつからいるの?」


「え? そ、そうね。八年になるかしら?」


 出身は別の場所だって言ってたから赴任して来たのだろう。魔女業も大変である。


「前にいた魔女は何年いたの?」


「相当長くいたとは聞いたけど、何年かはわからないわ」


 仮に前任者がビヤーボと繋がりがあったとして、代わるときにイブリーヌに受け継がせないのは変である。してないってことは邪神側と魔法協議会とは繋がりがないと見るべきだろう。まあ、個人的に繋がりを持っていた者もいるだろうがな。


「いったいなんなの?」


「ビヤーボが怪しいって話だよ」


 それを魔女イブリーヌに言っていいの? と思われる方々もいらっしゃるだろう。繋がりがあろうとなかろうと関係ない。これで正体を表してくれるなら万々歳だ。


「え? 怪しい? なにがよ?」


 これが演技なら凄いもんだが、目が戸惑っているところを見ると、繋がりはないんだろうとわかる。


「まだわからないけど、ビヤーボには注意してね」


 役場で魔女イブリーヌと別れ、商店街があるほうへと向かった。


「どこにいくの?」


「バリューサ教の教会。せっかくだから挨拶でもしておこうと思ってね」


 これまで気にもしなかったが、バリューサ教の歴史は長い。いや、何年続いているか知らんけど、自由貿易都市群リビランの主宗教と言う話だ。なら、邪神側が利用しないってことはあるだろうか? オレならやる。


 まあ、自ら宗教を立ち上げたからかかわらなかったが、権力者に取り入ってたらバリューサ教を利用していたと断言できるぜ。


「あの男は放っておいていいの?」


「邪神側との繋がりが強かったら瞬殺するんだが、生かされてるところからして繋がりは弱い。放っておいても害はないよ」


「どうしてそう思うの?」


「あれはオレを釣るエサだと思うから」


 敵の本心はわからない。が、繋がりを断たずに生かしたのにはなんらかの理由があるはず。オレなら敵を見張るか潜り込ませるかに使うな。


 まあ、そうじゃなくても邪神側と繋がりがある者なら残しておくのも手だろう。今は使えなくともいつか使えるときが来るかもしれないしな。


「邪神側の罠かもよ?」


「かもな」


 罠なら罠で構わない。こちらも罠を仕掛けてやるさ。感じからしてあいつではない気がする。なら、真っ当な罠だろう。なんら怖くはない。


「まあ、リリーが罠かと問うて来てる時点で邪神の思惑ではない証拠。人の考えなら人の考えで覆させられるさ」


 勝とうと思うヤツの思考は読みやすい。わかりやすい敵は大歓迎ってもんだ。

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