第104話 魔物溢れ

 荒事に長けた娼館の男たちは、銃を撃ったこともないのに、教えた通り蜘蛛に向けてぶっ放していた。おっかねー。


「テメーら宿から出すんじゃねーぞ!」


 完全に893な男の指揮、と言うか、脅しと言うか、前世だったらおしっこ漏らしそうなドスを効かせると、他の男たちもドスの効いた声で応えた。


 素人ながら蜘蛛を撃ち殺し、宿から出そうなのはイビスが撃ち殺している。


 ……ってか、よく同士討ちにならないものだ……。


「な、なんだいいったい!?」


 騒ぎに駆けつけた姉ばーちゃん。血圧上昇でポックリ逝かんといてな。


「魔物溢れが起こった」


「なんだって!? ほ、本当なのかい!?」


 宿の庭を見てみなさい。スゴいことになってるから。


 続々と人が集まって来て、傭兵会館のおっちゃんまでやって来た。


「いったいなにがあったんだ!?」


 そのためのマルレインおねーさん。証人としては最適な人だからな。


 カクカクシカジカと言うワケですよ。


 ちょっと事実を曲げておっちゃんに説明する。


「ほ、本当なのか? 魔物溢れを起こしている者がいるなんて……」


「はい。間違いありません」


 オレに目を向けながら肯定した。


 賢いばかりか状況を読むのも長けたおねーさんだこと。オレがちょっと事実を曲げたことを言わないばかりか余計なことも言わない。


 まあ、どこまで読んでいるかはわからないが、少なくとも敵対することはないだろうよ。


「なるべく早くその情報は拡散したほうがいい。下手に隠すと口封じに来るかもしれない」


 隠しておびき寄せると言う手もあるが、相手もバカではあるまいし、そんな手には引っかからんだろうよ。


「そ、そうだな。急いで広めよう──」


 命大事に、なおっちゃんで助かる。


 走っていくおっちゃんを見送り、マルレインおねーさんに目を向ける。


「この世界に安全な場所はない。けど、備えることはできる。おねーさんも備えたほうがいい。世界はもっと荒れるから」


 オレの言いたいことはそれだけと、邪神の揺り籠へと向かった。


「イビス。来て」


「いるよ」


 と、横から声が。戦いは終わったんだから気配出せや。びっくりすんだろうがよ。


「ナイフ持ってる?」


「ああ」


 と、この世界のナイフを出した。


 ……銃器召喚が能力と言ってたが、たぶん違うな。スタングレネードは銃器じゃないし……。


 なんて考えるのは止めておこう。素直にしゃべられるより隠す用心さがあることのほうが信頼できるわ。


「あの透明な玉にナイフを刺して」


「了解」


 事前に説明したからか、なんの躊躇いもなくナイフを突き刺した。


 これまでのと同じくこれと言ったエフェクトもなく地味に崩れ去った。


「わかる?」


 レベルアップしたことにだよ。


「……あ、ああ。洒落にならんくらいな……」


 ならそれでよし。確認はあとで構わんさ。


「それだと生活に不便だからスーツを戦闘服から拘束具に切り替えて。自由意志で十段階で切り替えられるから」


 パスワードじゃ咄嗟のとき困るからな。


「なんとも親切設計だな」


「苦労したから」


 レベル5くらいが人としてやっていける境界線だ。レベル10以上は拘束具なしには生きられないよ。


「魔力は常に使って熟練度は高めて」


 レベルアップに甘んじてはイカンよ。次の戦いが始まるまでが真の戦いなのだからな。


「了解だ、ボス」


 そう言うところは理解してくれるから助かるぜ。


「ちょっといいかい?」


 と、姉ばーちゃん。なんだい?


「あの蜘蛛のことなんだが、こちらで処理していいかい?」


「構わない。倒したのはそちら。リンに遠慮することはない」


 宿の庭がメチャクチャだし、弾も使ったしね、損害を取り戻さないとやってらんないでしょうよ。


「あ、蜘蛛の死体を捨てるだけならリンがもらいたい」


「どうするんだい、死体なんて?」


「調べる。魔物は謎だらけだから」


 別に生命の神秘に挑むワケじゃない。邪神にかかわるものは残しておきたいのだ。必要になるときが来るかもしれないからな。


「変わった子だね」


「考えなしではこの先生きていけない。無知は罪。弱いも罪。強者の糧となりたくなければ考え続けるしかない」


 弱者の武器は知恵。知恵で強者を食ってやれ、だ。


 ……まあ、それができないから苦労させられるんだけどね……。


「まったく、怖い子だよ」


 基本、リンちゃんは優しい子だよ。世界がリンを悪い子にするんだよ。


「ああ。好きにしな。ついでに魔石で銃と弾を売っておくれ」


 おっ、姉ばーちゃんったら買い物上手なんだから。もうサービスしちゃうんだから! イビスが、だけど!


 銃のことはイビスにお任せなのでよろしくと任せ、オレは魔石や使えそうなところを切り落とされた蜘蛛の死体をいただきます。


 実のところ、蜘蛛の死体を望んだのは糸が欲しかったからだ。


 この蜘蛛の糸がシルク並みにいいかはわからないが、そろそろもう一段階上の生活がしたくなった。


 なので、まずは身に纏うものからと言うことで、蜘蛛の糸から肌着を作ってみて、良かったら人造蜘蛛を創って量産しようではないか。


 腐れた世界でも心にゆとりのある生活をしなければ、ダークサイドに堕ちるってもの。健全な肉体には健全な精神が宿るものよ。


「…………」


 リリーちゃん。言いたいことがあるなら言ってみんさい。


「主よ。哀れな魂を救いたまえ」


 それは誰の魂か、今夜ゆっくりと語り合おうじゃないの。

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