第35話 魔水晶

 春は出会いの季節と申しますが、そんな情緒は少人数だから言えるのであって、難民みたいなもんが大勢でやって来たら苦難の時代が来たとしか思えないよ……。


「……考えなしすぎる……」


 いや、難民に考えろとか無理な話だが、連れて来たアホには是非とも考えて欲しかった。人が集まって暮らすのがどれだけ大変かを、な。


「リン。これを買ってくれ」


 連れて来たアホが青色の水晶──魔水晶(と命名しました)が入った小袋をオレに差し出した。


 アホではあるが考えなしではなかった様だ。オレの好物を見抜いてやがるぜ。


 ハァ~。人生とは上手くいかないもんだぜ。


 最初は権力者に見初められて利用してやろうと考えたが、やって来るのは人攫いばかり。なら、ちょっと能力を見せて人攫いを釣ろうとしたが、そんなに人攫い業が盛んでもなかった。一年に二回も来ればマシ。臨時収入でしかない。


 権力の傘に入り、楽して儲ける。


 そんなもんはないとわかっていても求めてしまう。だって人間だもの。しょうがないじゃない。


 次策のジェスたちを利用する手も考えるには考えたよ。でも、利益の割に苦労しかないという考えにいたった。


 まず人に嫌われる種族。社会的地位が低い。知識も低い。あさはか。統率が取れてない。唯一、いや、唯二か? の利点があるとすれば体力と魔力があるってことぐらいだ。


 野良犬のブリーダーなどゴメンだわ。


 だが、ないものねだりしても意味はない。あるものでなんとかしなければ生き残れないのも事実。目を逸らしたっていいことはない。現実を見ろだ。


 どこまでやれるかわからんが、利用するなら利益を出すようにしなければならない。


「こっち」


 ジェスを連れて森の中に入る。


 とある場所に着いたら落ちてた枝で地面に×印をつける。


「掘れば水出る」


 そう教えて次へ。井戸にできる場所を四カ所教える。


 その情報だけでは魔水晶の代金としては不足なので、斧四つと鉈二つ。あとノコギリを一つ創って渡した。


 ちょっとサービスしすぎたが、家の周りに住まれたら迷惑なのでこちらを勧めておこう。


「代金」


 不服? とジェスを見る。


「あ、ああ。助かる。ありがとう……」


 深々と頭を下げるジェス。そんな大仰に感謝されてもオレの心は動かんから不要だよ。と、空にした魔水晶を渡して速やかに退散した。


 数日が過ぎると、難民たちも落ち着いた様で、代金に渡した斧で木を倒し始めた。


 獣人なだけあって木を叩く音が夕暮れまで続いており、その音は町にまで届いていた。


「……獣人が住み着いたのかい……」


 久しぶりに娼館のばーちゃん登場。木を叩く音に不快そうにしていた。人による獣人嫌いは根強いよーだ。


 ちなみにお茶してるところは昨日完成した四阿です。なんかDIY魂に火がついちゃったみたいでいろいろ作っちゃいました。テへ☆


「お前もよく許してるね」


 別にオレが許可して住まわせているんじゃないんだけどな。


「ゴブリン減って助かる」


 オレの仕事を減らしてくれるのだ、感謝するべきことはせんとな。


「まあ、確かにね。世間じゃ魔物が暴れてるってことだし」


 最近暇なのか、よく娼館のばーちゃんがお茶しに来る。もちろん、娼館で雇ってる男を護衛(兼荷物持ち)にしてな。


 オレは暇ではないのだが、世間の情報は欲しい。なにも知らないではいざってとき動けないからな。なんで、情報を吐かせるために美味しいお茶とお菓子を出してもてなしているのだ。


「魔物は早めに駆除するほうがいい」


「……なぜだい……?」


 何度も来てるからか、ばーちゃんとはよく話す様になり、ばーちゃんも短い文面からオレの言いたいことを理解できる様になっていた。


「魔物を生み出すなにかがある。生まれたては弱い」


 その情報を広め、オレが安全に暮らせるための世を築いてください。


「なにかってなんだい?」


「リン、知らない。ねーが言ってた。キラキラ光る場所でゴブリン生まれたって」


 ねーちゃんが説明下手なので、形状はわからないが、壊せるものなのは確かだ。


「これ、リンの考え。それがあるから悪い。なくなればよくなる」


 一時的には、だけどな。でも、やらないよりはマシだ。一日でも長く生きるために、な。


「あと、それを壊すと強くなる。ねーがそう」


 はっきりそうだとは言えないが、あれがこの世界の者をレベルアップするトリガーだと思う。


「……ど、道理で。あの子の強さが尋常じゃないわけだよ。あの歳で狼殺しなんて二つ名つけられてるからね……」


 初めて知る真実。ねーちゃんに二つ名がついてました! でも、ぱっとしねー二つ名だな。いや、オレも上手いこと言えないけどさ……。


「……組合長に言わないとね……」


 考え込んでいたばーちゃんが突然立ち上がった。ここで死なんでくれよ。ババアの幽霊なんぞ見たくないからな。


「あ、それと、いつか娼館に来ておくれるかい。売り子どもがお前に頼みたいことがあるって言うからさ」


 そう言うと早足で帰っていった。荷物を背負った護衛を置き去りにして。


 ……あれは、あと五十年は死なんな……。


「って、オレに頼み? なんやろ?」


 オレも六歳。一人で町にいってもいい年齢(かーちゃんの決め事ね)だ。そろそろ町デビューしてみるか。

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