20年後(後編)

「どうして」

 今まで黙ってたの?

 それとも、なぜ覚えているの?

 どうして――。その後になんと聞いたらいいのかわからずにいると、美奈子はいたずらっぽく頬を膨らませて見せる。それは子どもの頃から何度も見ている表情だ。


「事情は追って話します。これでも苦労したんですよ?」


 それは信じられないような不思議な話だった。

 美奈子が特殊な力の持ち主であること。

 いぶきよりも先に、いぶきが違う世界の人間であることに気づいていたこと。

 別れるとき、絶対にいぶきを見つけてみせると約束したこと。

 そんな奇怪としか思えないことを教えてくれる美奈子のことが、段々涙で見えなくなってくる。


 奇想天外な話なのに、忍にはすぐに理解できた。

 もともと美奈子のことを不思議な子だと思っていたのだ。

 時や次元を超えてしまった人を助ける仕事をしているなんて、通常であればふざけているとしか思えない荒唐無稽な話のはずなのに、何も疑問に思わなかった。そんな子がいぶきの側にいてくれた幸運に感謝した。


「いぶきは、元気なのね?」

「ええ。でもね、イブってば、まだほとんど年を取ってないんです。時間の流れが違うんですよ。というか、ここから見ると未来世界なのかな。うーん、ちょっと複雑なんですけど」


 美奈子がカバンから出したタブレットを操作する。立体に現れる女性の写真は、間違いなくいぶき――いえ、イブだ。

 なめらかな栗色の髪。美しい緑色の目。身体のラインを際立たせながらも上品な美しいドレス姿。見たこともない姿だけれど、確かにいぶきだと、イブ・ロード・マッケンジーなのだと分かった。

「いい笑顔ね」

 目と髪の色が違うだけで、あの頃とほとんど変わらない娘の姿。

 いや、親ばか視点を抜きにしても、少しだけ大人っぽく、そしてとても綺麗になったと思う。何かを乗り越えてきたような、凛とした姿だった。


「この写真のデータは差し上げますね」

 でも他のは事情があって無理だという平面写真には度肝を抜かれた。

 イブの世界が、こことは異なる世界とは聞いていた。

 ヨーロッパ風の建物なのは予想通りだが、イブに寄り添うのは巨大な鳥だ。いぶきがありえないと言ってたものだろうか。そばにいたら絶対引くぐらいの大きさの鳥には鞍が付いていて、大人二人くらいは余裕で乗れるだろう。

 そんな鳥の首のあたり、柔らかそうな羽毛に手のひらを差し込んでいるイブの姿は、この鳥に絶大な信頼を置いていることを感じさせた。


「たしかにこれは、そうそうもらえないわね」

 小声でそう言うと、美奈子はクスッと笑う。

「CGだって言い張ればいいんですけど、まだ上の許可が取れなくて」


 何枚か見せてくれた写真。そして最後に、イブが大きな男性に寄り添っている写真を見せてくれた。

「この人がイブの婚約者かしら?」

 イブが会ったこともないという相手。

 じっくり見てみようと老眼鏡をカバンから出してかけ、じっとその写真を見つめる。

「もうすぐ二人の結婚式なんです」

 忍がガバッと顔を上げると、美奈子はゆっくり頷いて見せた。


「次にこの世界とつなげるのは、早くても多分二十年くらい先だと思います。でも、今ならまだつなげるんです。忍さん、一緒にお式を見ませんか?」

 それは、忍が決して叶わないと思ってた夢だった。どうしても見たいと思いながら、見ることが出来ないとあきらめていたもの。

 イブの――いぶきの花嫁姿を見ることができる?


「そんなことが出来るの?」

 口の中がからからに乾く。声が震えているのは気のせいではないだろう。

 期待。希望。

 これが本当に現実なのかという、心もとない気持ち。

 生きていれば、いつか会えるのではないかという希望を捨ててはいなかったけど。でも。


「こっちじゃ難しいから、東京まで行くことにはなるんですけど」

 それくらいはなんでもない距離なので問題にもならない。

「話も、出来る?」

 いぶきの声を聞けるの?

「少しですけど、できます」


 二人並ぶ写真に、再び目を向ける。イブに寄り添う男性は、瑛太とは似ても似つかないタイプだ。一言でいえば、

「彼、厳ついですよね。イブと並ぶと美女と野獣って感じ」

 美奈子が代弁してくれるので、思わず吹き出した。


 たしかに厳つい。イブの頭が胸当たりまでしか届いていないし、礼服風の服装なのに、筋肉がすごいであろうことが分かるがっちりした体型だ。瑛太がかつて王子系だったのに比べると、彼は戦士のように見えた。それも先陣を切る、王のような風格の戦士。

「これ、覆面、よね? もしかしてプロレスラー?」

 いやでも、腰に剣を佩いているからレスラーではないか?

「いえ。レスラーではないですね。仮面をつけているんです」

 ぷぷっと噴き出した美奈子は、もう一枚の写真を見せてくれる。隠し撮りのようなそれは、斜め後ろからだが仮面を外したところのようだ。


「イブが言うには、彼はどうも、お顔がコンプレックスらしくて」

「そう? とても男前に見えるけど」

 凛々しく、男らしい。男性ホルモン全開な雰囲気は、日本人とはかけ離れているが、それでも映画俳優だったら黄色い声が上がるに違いない。風夏なら間違いなく「かっこいい!」と騒ぐに違いないタイプの男性だ(優太とは全くタイプが違うが、観賞用と恋愛用は好みが全く別物らしい)。

 きっとこの姿を見たら、「お姉ちゃんグッジョブ!」と親指を立てるところまで、ありありと想像できる。


「ようするにこの彼は、相当な恥ずかしがり屋さんみたいです。この写真だって、イブが苦労して撮ったんですよ。忍さん――お母さんに見せるんだって」

 忍は、美奈子の笑顔の向こうにイブの笑顔が見えた気がした。聞こえない声が聞こえた気がした。幸せなのだと、そう言われた気がした。

 瑛太を見たときに感じた、パズルのピースがはまる、あのしっくりくる感じをこの男性にも感じる。二人並んだ姿は、仮面の奥からも彼がイブを慈しんでいるのを感じて、歓喜に震えが走った。


「彼はイブに夢中ですよ。本当に」

 なぜかげんなりして見せる美奈子は、どこか楽しそうだ。

「イブに合う人?」

「はい。間違いなく」

「じゃあ大丈夫ね」

 彼を見上げるイブの目も優しいから、心配はいらないと思っていたけれど。

「美奈子ちゃんがいぶきに合うって言ったものは、間違いがないもの」

「わお。すごい信頼されてますね、私」

「当たり前でしょう?」

 そう言って、二人で久々に笑い転げた。何て懐かしい感じなのだろう。


 日時を聞いて、絶対夫にもいてもらおうと思った。

「風夏にも話さないと」

 絶対に会えなかったはずの姉の晴れ姿だ。

「ああでも、私、おばあちゃんになってガッカリされちゃうんじゃ」

 娘にとって、別れて間もない母親がすでに六十だ。いぶきがショックを受けるかもしれないと思い忍がオロオロすると、美奈子はガクッと肩を落とす。

「それを言ったら私も同じですよ。すでに親子ほどの差ですよ。ショックでした~。もっと早く見つけられたら」

 たしかに。

 若々しいとは言っても、イブと美奈子が並んだ姿は同級生には見えないだろう。


「でもいいんです」

 気を取り直して美奈子は力強く頷く。

「すごくいいタイミングで繋げたんですもの。イブの晴れ姿、一緒に見ましょうね!」

「ええ!」


 イブからの長い手紙は家でゆっくり読もう。

 今は、叶わなかったはずの夢を叶えるための準備が待っているのだ。

 服は着物がいいか、それともワンピースか。そんなことを娘の親友と笑い合える幸せを噛み締める。直人さんはどんな顔をするかしら? 風夏はどう思う?


「ありがとう、美奈子ちゃん!」

 あなたがいてくれて、本当によかった。

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いつか、かぐや姫のお母さんだった話をしましょうか 相内充希 @mituki_aiuchi

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