終末、僕は君とデートする

木村さねちか

第1話

 世界の終末。


 それは当たり前のように、やって来た。

 天使の十二軍団も、英雄も救世主も、僕は見なかったけれど。

 僕の住んで居た町は、なぜか戦争でも起きた後のように、破壊しつくされていた。

 僕の家のマンションはの八階の窓から、その光景を窓の向こうに、呆然としてその世界の絶望的な終末を目の当たりにした。


 荒れ果てた道路には、人通りも車通りも、誰かがいる様子はなかった。

 テレビもラジオもつかず、スマートフォンも、ラインやツイッターにも繋がらず、おおよそ生きている人間がいる気配さえなかった。

 自分の部屋を出て、リビングに行ってみた。

 そこには、当然のように置かれている朝食のベーコンエッグとサラダ。

 リビングを抜けて、両親の寝室へ。

 ダブルサイズのベットは、掛布団が綺麗に折りたたまれていた。

 敷布団に手を当ててみた。

 そこには、両親がそこで寝ていたと思われるかすかな、温もり。

 リビングに戻って、朝食のベーコンエッグとサラダを、ロールパンにイチゴのジャムを塗って皿に置き、手を合わせて言った。


「いただきます」


 普段はそんなことは言わない。

 だけど、これが母さんの作った最後の朝食になるかもしれないだろ?

 だから、元気よくそう言ってみた。

 食事を終えて今度は「ごちそうさま、母さん」

 朝ごはんは少ししょっぱかった。

 とりあえず、することもないので学校に行くことに。

 机の上の、荒磯先生から頼まれていた文化祭準備の書類を手に取る。


「ごめんね、拓也くん。これ急ぎでお願い」


 今日は日曜を挟んだ月曜日、締め切りは先週の金曜日で、世界がこんなありさまで、もうどうしようもなく、おそすぎるのだけれど。

 それをカバンに入れて、財布と家のカギを取り、学校へ。


 外に出る。

 空気が重い気がして、足取りも重い。


 瓦礫が散乱した通学路を歩き、途中でコンビニを見つけて中に。

 弁当とサンドウィッチを取って、レジのトレーに1000円を置いた。

 お釣りなんていらない。

 荒廃しきった街並みを、重い気分で歩くこと40分くらいだろうか?

 学校は無傷のままだったことになぜか安堵してしまう。

 11:35分を、校舎の時計がさしていた。

 校舎に入り、靴を履きかえて自分の教室2-Aに向かう。

 教室の後ろの扉を開けて、中に。


「おっそーい! たっくん! もう遅刻だよ!?」


「え?」


 教室の俺の席に、見知らぬ女子高生が座り、俺の方を振り返りながら言った。

 文字通りぐうの音も出ないほど俺は驚愕した。

 少女はあっけらかんとして言う。


「ま、こんな状態じゃみんなも遅刻するよ」


「お、おう……」


「まあ、半分はわたしのせいなんだけどね。座りなよ、たっくん」


 少女は意味深なことを言った。


「俺の席、そこ……」


 そう言いながら俺は少女の隣に座った。


「もう午前中の授業も終わりだね」


「ああ」


 なんなんだろうこの少女のタフさは。

 俺はただこんな終わってしまった世界に、彼女が生きていてくれただけでもう、泣きそうな気分なのに。

 俺はコンビニ袋から、サンドウィッチを取り出して彼女に訊いた。


「これ、食う? あ、ちゃんとお金払ったから」


「いいの? もらうねー」


 俺は自分の分のカルビ丼弁当を取り出した。


「あっ、そっちのほうがいいじゃん! たっくん!」


 少女は俺のそう抗議した。


「食う?」

 

 俺はまだ封も開けてないカルビ丼を彼女に差し出す。


「ん? いいよー、べつにー」


「そうか?」


 会話が途切れ、俺は冷たいカルビ丼を食う。


「元気ないぞ! たっくん!」


 横からその女子が現れ、カルビを一枚奪って食べる。


「だってよ、終わっちまったんだぜ? 世界」


「そだね~。でも、終わったってことは、始められるんだ、また」


 呑気なもんだ。


「また、始められるんだよ。君はね」


「始めるもなにも……」


「た~と~え~ば~! 新しい恋とかっ!」


「ぶふぉ!!」


 おもわずカルビ吹いた。


「こ、恋ったって今のところ君しかいないし!」


「わたしじゃ不満なんだ。だからだ、だから……」


「だから? なに?」


「な、なんでもないっ!なんでも~。そんなことより、終末にデートしない?」


「急にか? お互い自己紹介もしてないのに」


「やっぱり覚えてないんだね。世界がね? こんなになってるのは半分はわたしの、半分は君のせい」


 何を突然言い出すんだ? この子。


「なにか知ってるのか?」


「君が思い出さなくていいことも、知ってる。でも、こんなところでなんか再開したく……なかった。家に帰ったらわたしの事、思い出して、そうしたら電話して。これ、わたしの電話番号のメモ」


 彼女は机にメモを残して、逃げるように去っていった。

 追いかけようと後をすぐに追ったのだが、教室のドアを開けてどこを見ても、窓から外を見ても、彼女はいなかった。


 家に帰り、古い卒業アルバムをめくる。

 どうして古いアルバムなのか?

 俺を「たっくん」というあだ名で呼んでいたのは小中の親友だけだ。

 そして、中学交の卒業アルバムの片隅に彼女はいた。

 結城愛菜。

 そしてすぐに蘇る、あの日の記憶――


『通り魔ですって……』


 やめろ。


『物騒になったわね、相武台も』


 嫌だ。


『拓也、マナちゃんにお別れしなさい』


「いやだ!」


 絶叫とともに心臓の鼓動が暴れだす。

 過呼吸になりながら押し入れの奥を探す。

 白い恋人たちの缶ケースに収められた、マナの最後の想い出。

 そこにはこう書いてある。


「今日の放課後、あのどんぐり公園で待ってます


                    結城愛菜」

 

「ウソだ!!」


 俺は慌ててスマホを取り出して、電話をかける。

 少しづつ彼女のことを思い出す。

 小学校と中学校の二年までずっと同じクラスだった。

 彼女の笑顔が好きだった。

 彼女の少し変わった声が好きだった。

 ずっと好きだった。

 忘れないようにと決めたのに、忘れてしまった。


「マナ、出てくれ……頼む!」


 電話の呼び出し音を聞きながら、そう、産まれて初めて神さまに祈った。


「思い出してくれたんだね、たっくん」


「マナ、今、どこにいる?」


「どんぐり公園。あはは。わたしにとっての、世界が終わった場所。約束の地」


「今から行く! すぐに行く! 待ってろ」


 俺は慌てて玄関に向かいながら言う。


「でも、もう間に合わないかな? それに、ここは君の心の世界。こんなになるほど、君の事わたしは傷つけたんだ。ごめん」


「間に合わないなんて言うな! 今度は絶対に行く! 終末にデートするんだろ!」


「もう、いいの。わたしのことは。多分間に合わないけど、待ってる。でも、用件は今、言うね。それだけが本当に、心残りだったんだ。たっくん、君のことが大好きです。週末、よかったらデートしませんか?」


 僕は泣きながら叫ぶ。


「いいよ、行こう! 週末に毎週デートしよう。世界が終わるまで、ずっと! なんどでも!」


「ありがと。それが聞けて、うれしいな」


 それだけ言うと、彼女の電話は切れた。

 どんぐり公園。近所で二人でよく遊んだ約束の地。

 二人の遊び場だった。

 ずっと幼い時から。


「マナ!」


 走ること五分。すぐにたどり着いた。

 でも、そこにマナの姿は、ない。


「マナ!」


 叫ぶ。力の限り。

 僕はまた、間に合わなかったのか?


「マナ……」


 公園を隅々まで探す。

 スマホを取り出して、さっきの番号にリダイアルする。


「この電話は現在電波の届かないところにあるか、電源が入っておりません……」


 嘘だろ?

 沈み込み、スマホの画面を見ながら、僕は世界の終末で、一人立ち尽くす。

 瞬間、スマホが鳴って、僕は慌ててそれに出た。


「マナか!」


「なによいきなり怒鳴って。いま、何時だと思ってるの? もうご飯よ」


 母親の声だった。

 人の気配もないほど荒廃しきっていた僕の街が、元通りに人が歩いている。

 壊れたビルも、めくれ上がったアスファルトもない。

 途方に暮れて、僕は家路につく。


「たっくん!」


 呼ばれて、呼ばれた気がして、終末にデートの約束をした、彼女に。

 振り返って、僕は泣きながら笑って、こう言った。


「絶対、僕も君が好きだよ。世界が終わるほど」


 ――完――

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