決戦へ

 三日後、殿下は私やゲルハルトたち騎士団を連れて王都を出た。

 例によってオスカー殿下は必死で止めたらしいが、アルツリヒト殿下が心変わりすることはなかった。第一王子直々の訪問でなければクリストフ王子が自ら出迎えてくれない可能性があると言われ、オスカー殿下も反論出来なかったらしい。


 表向きの用件はアドラント王国への資金援助で、私の正体も伏せられたまましれっと一団に加えられた。

 一行は騎士団が二十名、そして殿下の側近が二名、そして私と殿下の世話役に執事が一人とアンナがついてきてくれることになった。


「あの、シルアさんってもしかしてアドラント王国のお姫様だったりします?」


 出発間際、同行を命じられたアンナが怪訝そうな表情で尋ねてきた。ただの平民がわざわざ殿下と一緒にこんな行列で自国に戻ることはないだろう。

 だが惜しい、そこまで高貴な存在ではない。


「いや、そこまでではないけど、一応向こうに着くまでは秘密ということになってるから」

「ということはやっぱりやんごとない方なのですね!? 実は密かに憧れていたんです!」


 アンナはそう言って目を輝かせる。私は元々貴族の生まれだからなかったけど、女の子はしばしばお姫様やお嬢様に憧れる時期があるらしい。私は出来るだけアンナの夢を壊さないようにしようと思うのだった。


 旅は騎士たちが馬に乗り、私と殿下はそれぞれ馬車に乗って向かうことになった。ちなみに私が乗る馬車は後部座席に銀貨と小麦が入った箱が積まれている。馬車が二台あると怪しまれるので荷馬車ということにしているのだろう。

 出発前、私は殿下に思わず訊いてしまった。


「殿下、今回の資金援助というのは名目に過ぎなかったのでは? 失礼ですがマナライト王国も経済的に厳しいと聞いています。こんなにたくさんの銀貨と小麦を持っていく必要はないのでは?」

「そうだな。しかしアドラント王国の民が苦しんでいるのは事実だろう。王子に渡すものは小麦の一粒もないが、飢えて苦しんでいる民がいるのならば救いたい」


 殿下は笑って答えた。それを言われると返す言葉もない。マナライト王国は貧しいとはいえ日々の生活は現状何とか成り立っているが、アドラント王国では地震や噴火で家や畑を失った者もいるだろう。


「本当にありがとうございます」

「気にすることはない。封印強化を手伝ってくれた分のお礼だと思ってくれればいい。それにそなたが滞在してくれていた間、この国でも乾燥地帯に湧き水が出たり、不毛の地に草が芽吹いたりと少しだけ精霊の恩恵があったようだ」

「それは……」


 私はどういたしまして、と言おうとして口をつぐんでしまう。

 それらの恩恵は私が去ればなくなってしまうものかもしれないからだ。そう考えると手放しで喜ぶことは出来ない。


「元々我が国にはなかったものだ。幸運は得られたら喜ぶものであって、失うことを惜しむものではないさ」

「そう言っていただけると嬉しいです」




 道中、私はアンナとお互いの国の料理や食べ物など、他愛のない話をしながら旅を続けた。マナライト王国領を進んでいる時は来た時と特に変わった様子はなく、穏やかな旅が続いた。


 異変が起こったのはアドラント王国に入ってからだった。最初は馬車に乗っているから気のせいかと思ったが一日に二、三回は小さな地震が起こっている。また、火事や川の氾濫が起こっているのを見かけることも増えた。そのためか国民の雰囲気もどことなく暗い。

 街道沿いの村の井戸が枯れて水不足に苦しんでいる、という話を聞いてしまったときは殿下に頼んで馬車を止めてもらい、ウンディーネの力で水を元に戻してもらったこともあった。


 夜に泊まることになった宿でも周囲の人たちが暗い話ばかりしているのが聞こえてきて、私はどうしても落ち込んでしまう。そんな気持ちになるたびに、この事態をどうにか出来るのは自分だけだと考えて気持ちを奮い立たせるのだった。


 王国に入って数日後、私たちは王都近隣の街に入った。王都まであとわずかだったが、夕方の到着になるよりはということで、私たちは一泊することになった。

 王都付近は問題こそ起こっていなかったが、伯爵の意を受けたのだろう兵士たちが目をぎらぎらさせながら不穏な動きがないかを見張っていた。私たちの行列も遠目に見張られているようであった。もっとも殿下は一向に気にする様子はなく、「やましいことはないのだから見張らせておけ」と言っていたが。


 翌日の朝、私が起きるとアンナが馬車に積んでいた私用に殿下が用意してくれたドレスを持ってきてくれた。


「今日はいよいよ王宮に着きますので、こちらにお召し替えください」


 昨日までは旅だったので窮屈じゃない服を着ていたが、今日はいよいよ王宮に戻るので正装をしなければならない。

 自国の王宮を追われて以来、一月ほど身に着けていなかったコルセットをつけると腰がやけに窮屈に感じた。国にいたころはほぼ毎日のように身に着けていたというのに。

 殿下が私のために用意してくれたのは淡い水色のドレスで可愛らしさよりもきれいさを強調したデザインだった。スカートがふわっと広がる感覚も久しぶりだったが、懐かしさすら感じた。そしてアンナは髪も丁寧に巻いてくれる。髪もここまできちんとしたのは一か月振りだ。


「いかがでしょう?」


 アンナは少し自信なさげに尋ねる。どちらかというと彼女は料理や掃除のような家事の方が得意で、こういうことは不慣れらしい。

 鏡を見ると、そこには久しぶりに公爵令嬢相応の姿をした自分の姿があった。装いというのも大事なもので、きちんと正装すると心の中に気合のようなものが湧き上がってくる。

 もちろんマナライト王国にいた間も一生懸命生きていたつもりではあるけど、それはあくまで私個人としてであって、今はアリュシオン公爵家令嬢としての責任感が生まれている。


「ありがとうアンナ、私頑張れそう」

「いえ……今までもお綺麗だと思っていましたが、見違えるようです」


 アンナは自分の手で私の衣装替えをしてくれたというのに、自分で信じられないという表情をしていた。


「こんなにドレスが似合うなんて、やっぱりお姫様なのでは?」

「あはは……」


 一応クリストフ殿下と会うまでは正体は隠しておかなければならないので私は苦笑いして誤魔化す。


「じゃあ、行ってくる」

「はい、無事をお祈りしています」


 アンナもここまでの道中の雰囲気で、私が何か重要な任務に赴くということを予想していたのだろう、少し緊張した様子で言う。

 王都までは二、三時間程度でたどり着けるためアンナと執事は街に残し、殿下と護衛で王都へ向かうことになっていた。


「ありがとう、絶対無事戻ってくるよ」


 そう言って私は宿を出て馬車に乗るのだった。

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