守護獣はもふもふ狼
その後私はアマーリエに頼まれて魔道具に魔法を込めたり、アンナに頼まれて異国の野菜や果物の栽培を手伝ったりして日々を過ごした。
そして数日後のことである。朝起きると、アンナが「アルツリヒト殿下が準備が整ったので王宮の庭へ来るようお呼びです」と声をかけてきた。アンナは私が何の用事なのか聞いていないのだろう、戸惑いを見せているので私は曖昧に笑ってごまかしながら頷く。
そしてついに封印強化の準備が整ったのか、と私は緊張しながら庭へと向かう。
そこにはすでに私たちの護衛のために用意されたと思われる騎士団二十名ほどが整列して待機していた。
「おお、シルア殿。我が国まで来てくれた上に封印強化をしていただけるとはなんとありがたい」
私の顔を見ると騎士団長として参列していたゲルハルトが嬉しそうにあいさつする。
「いえ、私もおかげさまで様々な出会いが良かったです」
「途中危険があるかもしれませんが、どのようなことがありましても我らがお守りいたします」
「とても頼もしいです」
私たちがそんな風に話していると、遠くから殿下と誰かもう一人の男が話す声が聞こえてくる。内容までは聞き取れないが、あまり穏やかな雰囲気ではない。
すぐに殿下がもう一人身分の高そうな人物とともに歩いてくるのが見える。殿下は危険な地に向かうためか軽装鎧を身に着けているが、もう一人の人物は貴族が纏うような高級なローブをまとっている。おそらくよほど身分が高い方なのだろう。
「あれは?」
「賢弟と名高いオスカー殿下だ」
まさか王族だったとは。言われてみればその容貌や雰囲気、仕草はどことなく兄に似ている。
オスカー殿下。ここ数日この国で過ごす間に名前は聞いたことがある。
アルツリヒト殿下と違って魔力はからっきしだが、その分政務や法、歴史などの知識を身につけ、国王や殿下の良き補佐役として活躍しているという。アルツリヒト殿下と違ってこれといった実績は聞かないが、実直・堅実・誠実など評判はいい。そのため裏方に徹している人物なのかと思っていたが、今ばかりはアルツリヒト殿下に猛然と食って掛かっていた。
「兄上、世継ぎである兄上がそのようなところに向かわれるのは反対でございます!」
「オスカーよ、何度も言ったと思うが封印について一番詳しいのは私なのだ。封印が解けてしまえば私が生きていようがいまいが国は滅びる」
「しかし、邪竜が復活したときこそ国民を避難させるか各国に援軍を要請して立ち向かうべきか、リーダーシップが必要となります」
「それはそなたと陛下が行うべきだ。第一、封印の魔術に詳しいのは私と陛下だ。おぬしでは代わりにはなるまい」
「……」
そう言われるとオスカーも黙らざるを得なかった。さすがに現国王を向かわせる訳にはいかない。
ちなみに封印の詳細が王家にしか伝わっていないのは、周知すれば邪な心を持つ者が封印を解く可能性があるからとのことらしい。
そこでようやく殿下は私がいることに気づいて気まずそうに言う。
「すまない、見苦しいところを見せてしまった。普段はこんな我がままは言わないのだがな」
「いえ殿下、こればかりはオスカー殿下のおっしゃることも一理あると思います」
「だが、そんなオスカーが残るからこそ私が安心して行けるというところはある」
アルツリヒト殿下の言葉にオスカー殿下は不服そうではあったが、何か言い返そうとしていた口をつぐむ。何だかんだ頼られているということは嬉しかったのかもしれない。そして代わりにゲルハルトの方を向く。
「ゲルハルトよ、兄上をよろしく頼む」
「はい、我が命に代えてもお守りいたします」
そう言ってゲルハルトは敬礼する。それからオスカー殿下は私の方を向く。
「危険な役目を引き受けていただき大変ありがたい。無事と健闘をお祈りしている」
「いえ、微力ですが全力を尽くします」
こうして私たちは出発した。馬に乗った騎士の一団に囲まれた私と殿下が王宮を出て裏手の森へと進んでいく。おそらく他の者たちには演習か視察と知らされているのだろう、私たちを見た者たちも敬礼して見送るだけで不審には思っていないようだった。
森に入って少し歩くと、木が生えていない開けた場所があった。その広場に入ると殿下は足を止める。ここが封印の場所なのだろうか。その割には邪悪な気配はあまり感じないが、などと思っていると。
「シルア殿、彼らは馬に乗っているが我らが徒歩では時間がかかってしまう。実は我が国にはケイロンという守護獣がおり、それに乗って現地に向かおうと思う。かつて邪竜を封印した我が国の祖も彼に乗ったという」
「え、そんなすごい獣に乗っていいんですか!?」
「我らも邪竜の封印を強化するのだ。いいに決まっているだろう」
そう言って殿下は王国の紋章が入った笛を取り出すと、ヒュルリ、と吹き鳴らす。
するとその音に応じて森の奥からのそりのそりと足音がして一体の大きな狼がこちらへ歩いて来る。
全長は三メートルほどとかなり巨大で全身は輝くような白銀の毛並みに覆われている。不覚にも近づいて顔をうずめたい、と思ってしまう。口元からは鋭い牙が覗かせており、その眼光は穏やかだが底知れなさがある。
が、次の瞬間私の頭の中に声が聞こえてくる。
(よくぞ来た、封印の守り手の末裔よ)
「え、しゃべった!?」
私が思わず声を上げると、殿下や騎士たちは変な目でこちらを見る。言われてみれば彼の声は狼の吠えるような音である。私の中に響いている声は私にしか聞こえていないのであろう。
(何と、我が言葉が分かるのか! そのような者は初代の守り手以来であるぞ)
守護獣ケイロンの声(?)にもどこか喜びが混ざっている。
精霊たち同様、話し相手がいなくて物足りなかったのだろうか。
「何と……精霊だけでなく我が国の守護獣の声も聞こえるとは」
私も驚くやら申し訳なくなるやらである。この国の人をさしおいて私が話してしまうのは何やら申し訳ない。
(確かに邪竜の封印は緩みつつある。わしも封印強化の儀は行うべきだと思っていたところだ。共に封印の地へ向かおうではないか)
「何と言っているのだ?」
ケイロンが吠えているのを見て殿下が私に尋ねる。
「封印が弱まっているので共に向かおうと言っております」
私は通訳(?)する。するとケイロンは私たちの前まで歩いてくると、脚を折ってその場に伏せのような姿勢をとる。
(乗るが良い)
すると殿下がひらりと守護獣に跳び乗る。
あれ、てっきり私が乗る流れだと思っていたんだけど、と思っていると。
「さあ、後ろに乗ってくれ」
「え?」
思っていたのと違う展開に私は思わず間抜けな声を上げてしまう。まさか他国の王子とケイロンに相乗りすることになるなどと誰が思うだろうか。
私が戸惑っていると殿下は怪訝な顔でこちらを見る。
「そなたは馬に乗ることは出来るか?」
「いえ、無理ですが」
「獣に乗るというのは訓練しなければ出来ぬものだ。馬と同じ速さで走っている獣に一人で乗ることは経験がない者にはかなり困難なことだろう」
(安心せよ、初代の守り手も精霊の力を持つ娘を同乗させていた)
ケイロンもフォローしてくれる。それを聞いてようやく私は、初代の方もそうだったのならまあいいか、という気分になる。
「分かりました。それでは失礼します」
そう言って私は守護獣の美しい毛並みにまたがる。その質感は今まで座ったどんな高級なクッションよりもふかふかで、思わず毛並みの中に吸い込まれていきそうになるぐらいだ。ついつい毛並みにさわってもふもふ感を堪能してしまう。
(乗ったら守り手の腰に掴まるが良い)
「え、そんなこと出来ません!」
ケイロンに私は思わず叫んでしまう。一国の王子相手にそんな馴れ馴れしいことが出来る訳がない。
(だがわしは馬と同じ速さで走る。そうでもしなければ振り落とされてしまうぞ。それに初代の者も同じだった)
「えぇ……」
とはいえ、そう言われてしまえば私に選択肢はない。先ほどから初代の王がやったというのが全ての免罪符になっているな。
「それでは失礼いたします、殿下」
私はおそるおそる殿下の腰に手を回す。魔法の知識に優れているという評判から私が勝手に思い描いていたすらりとした体形とは違い、殿下の身体はしっかりと鍛えられていた。
「もっとしっかり掴まないと振り落とされるぞ」
嫌がられるかもしれない、と思っていたが全くそんなことはなくて私は少し安心して力をこめる。後ろから殿下の腰を抱きしめるような形になってしまったが、ごつごつとした感触は私に頼もしさを感じさせた。
こうして私は殿下のがっしりした腰に掴まりながらもふもふの毛並みに跨るというありえない体験をすることになったのである。
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