隣国の騎士

「だ、大丈夫ですか!?」


 少しの間放心していた私だったが、すぐに目の前に旅人が倒れていることを思い出し、彼に駆け寄る。彼は地面に尻餅をついたまま、呆然とした表情で地に落ちたワイバーンを眺めていた。

 が、私に気が付くと何とか礼を言おうとする。


「ありがとうございます、おかげ様で大丈……うっ」


 突然旅人は顔をしかめて腕を押さえる。見ると、押さえた部分は服が赤く染まっていた。


「どうしたのですか!?」

「いえ、ワイバーンの吐息で転んでしまい、石にぶつけただけです。大した傷ではありません」


 これ以上私に心配をかけまいとしているのだろう、気丈にも痛みに堪えようとしている。


「それでも傷は傷です」


 私はウンディーネに視線を送る。するとウンディーネもこちらに漂ってきて、私の左手に手を置いてくれ、魔力が流れ込んでくる。


「何か空の入れ物などないでしょうか?」

「は、はい」


 旅人が水筒を荷物から取り出す。

 私はそれに向かって手をかざし、唱える。


「ヒール・ウォーター」


 すると水筒の中は瞬時に私の魔力によって生まれた癒しの水で満たされる。旅人はそれを驚きの目で見つめていた。そんな彼に私は水筒を返す。


「さ、これをどうぞ。傷が良くなると思います」

「重ね重ねありがとうございます」


 彼が水を飲むと、みるみるうちに腕の傷が塞がっていく。いくら魔法とはいえこんなに早く傷が治るとは、と驚いたがとりあえず私は一安心した。


「風や大地の魔法だけではなく、癒しの魔法まで使えるとは……なんとすごいお方だ」

「は、はい」


 精霊云々の話を出すと、また変な人扱いされかねないので自分の手柄にしてしまう。

 そんな私を旅人は信じられない、という目で見つめる。


「ワイバーンを一人で倒すなんて、信じられません……ですがありがとうございます。おかげで命を長らえることが出来ました!」

「いや、たまたまだからそこまで感謝されると恐縮しちゃうな」


 そして今の自分が地味な恰好をしていることを思い出す。この旅人にとっては私は本当に謎の魔法使いにしか見えないだろう。魔法を使える者は知識を得やすく練習の時間をとりやすい貴族に多いけど、平民の中にも天才は現れることはある。



「おーい、大丈夫だったか!?」



 が、そこへさらに馬で駆けてくる人影があった。

 こちらに急いで駆けてきたのは鎧に身を包んだれっきとした騎士である。彼の馬術は巧みで、後ろから数人供の者が続いているが騎士の馬術に追いつけずに距離は離されていく。


 騎士の鎧についている紋章はこの国のものではなく、隣国マナライト王国のものだった。そして私たちのすぐ近くで横たわっているワイバーンの死体を見て絶句する。

 が、やがて私を見て馬から降りると声をかける。


「これは……あなたがやったのか!?」

「は、はい、その通りです」


 私は反射的に平民の振りをしてしまう。正体を明かして今の自分の立場をわざわざ話して聞かせるのも嫌だった。もしかしたら無意識のうちに王宮での窮屈な立場を思い出してしまっていて、公爵令嬢というよりは一人の娘として扱われたかったのかもしれない。


「なるほど、この国にここまでの魔法を使える者がいたとは……侮れぬ者だ」


 騎士はそう言って感嘆する。おそらく二十前後だろう、鍛え上げた体に端整な顔立ちをしている。が、ただの優男というよりは鞘に収まった剣のような印象を受けた。

 そう言えば、マナライト王国は魔法の研究が盛んで、魔法が使える者は身分を問わずに重用されると聞く。


「あの、よろしければ名前を教えていただけないだろうか? 私はマナライト王国の騎士、ゲルハルトと言う」

「私はシルアと言います」


 そんなに珍しい名前でもないせいか、名乗っただけで気づかれることはなかった。


「シルア殿、折り入って頼みがあるのだが是非我が国に来ていただけないだろうか?」

「え?」


 唐突な申し出に思わず戸惑いの声を上げてしまう。


「というのも、わが国では魔法が使える者を集めている。シルア殿のような方をこのようなところで埋もれさせておくのは勿体ない!」


 騎士ゲルハルトの言葉に私は思わず心惹かれてしまう。どうせ領地に引きこもっているのであれば隣国に赴いていても大して変わらないのではないだろうか。

 それにゲルハルトの瞳は真剣で、私をぜひとも連れていきたいという熱意が伝わってきた。


「王国に赴いた際には是非アルツリヒト殿下に推挙させていただく。実力主義の我が国では、ワイバーンを一人で倒すほどの魔力があれば、我が国であれば貴族となることも夢ではないだろう」


 いや、実は貴族ではあるんだけど。とはいえ、魔法の知識があるマナライト王国であれば精霊と会話しても変な目で見られることはないだろうし、魔法について知見のある人ももっといるに違いない。


「いかがでしょう、何ならいますぐにでも」


 今? 何と性急なのだと思ったが、裏を返せばそれほど私の魔力が凄まじいということだろうか。見たところ彼はきちんとした騎士のようだし、私はしばらく暇なので問題はない。

 が、決める前に一つ重要なことを訊いておかなければならない。


「アルツリヒト殿下はどのようなお方なのですか?」

「殿下は物静かで聡明、そして理知的なお方だ。魔法を使う者を厚遇するだけでなく、ご本人も黒魔術の使い手でいらっしゃる」


 理知的な方か。正直さっきの騒動で一時の感情に任せて物事を決めるような王子にはうんざりしていたので私の心は決まった。

 ちなみに黒魔術というのは、精霊の力を借りることなく自分の魔力で使う魔術体系らしい。精霊魔法と違って呪文や道具などを自力で考えねばならず、それを学んでいるということは本当に理知的な方なのだろう。


「分かりました。それならそのお誘い、お受けいたします」

「ありがたい! 私は外交文書をお届けに来たのですが、まさかその帰りにこのような出会いを果たすことが出来るとは! 殿下もあなたのような方が来て下さればきっとお喜びくださるでしょう」

「そ、それは私も楽しみでございます」


 ゲルハルトの大仰な感謝のしように、思わず気圧されてしまう。


 そして私は馬車に戻ると執事と御者にこのことを伝えた。二人とも、最初は大層驚いたが、マナライト王国騎士から是非にと誘われているので数日だけでもと頼んだらしぶしぶといった感じで承知してくれた。

 長く滞在するかどうかは行ってみないと分からないし、嘘ではないはず。



 

 思えば、これが生まれて初めて私の意志で私の人生を決めた瞬間だったのかもしれない。




 一方、それを遠目に眺めていたゲルハルトは首をかしげた。


(平民の恰好をしているが、どこか気品のある話し方と容姿。そしてあのような馬車に乗っているということは、事情があるだけで実は高貴なお方なのでは?)


 とはいえ、ゲルハルトは騎士として相手が隠していることを無理に追及することはしなかった。


(本来であればこんな決断を急かすようなことはせず、一度帰ってゆっくり考えてもらうべきだったのだが……シルア殿と話していると、なぜか気がせいてしまったな)

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