精霊令嬢と魔法王国の王子

今川幸乃

婚約破棄





「シルア・アリュシオン! アドラント王国第一王子クリストフの名をもって婚約破棄を宣言する!」




 突如呼び出された王宮内の広間にて、クリストフ殿下は私シルア・アリュシオンに対して高らかに宣言した。

 険しい表情をしているものの、その傍らには最近美少女と名高い伯爵令嬢アイリスを侍らせているので真剣な雰囲気は台無しだ。彼女は甘える顔つきで殿下の腕にしがみついているが、時折こちらに嫌悪と恐怖が入り混ざった視線をちらちらと向けてくる。






 ……ということだけ説明しても訳が分からないと思うので、状況を説明しようと思う。と言っても、私にも殿下の脳内がどうなっているのかは分からないけど。


 私、シルア・アリュシオンはアドラント王国に先祖代々使えるアリュシオン公爵家の令嬢である。初代公爵は初代国王がこの地で暴政を敷いていたバイルス王国を打ち倒す際、先陣を務めて敵軍に突入して壊滅させた功により公爵位を与えられたと史書には描かれている。

 その後代々の功績で国で随一の家に登り詰めた我が家は、父である現当主の根回しもあり、次期国王になるであろうクリストフ王子と私を婚約させることに成功した。国で最大級の政略結婚と言える。


 そのため私と殿下は特に仲がいいこともなく、たまに公式のパーティーで横に並んで立つ程度の関係しかなかった。そして私は特に不満を抱くでもなく、政略結婚とはそのようなものだと諦めていた。

 だから殿下が私自身に欠片も興味を抱いていないことを分かっていても、パーティーの際には隣でにこやかに手を振っていたし、殿下の人柄を問われれば「王国の行く末を任せるにふさわしいお方でございます」と社交辞令を述べていた。そして殿下がいないところでは次期王妃と恥ずかしい人物と思われぬような振る舞いを心掛けていた。



 そんな中、突然殿下から「話があるので来てくれ」と言われたので来た結果がこれだったという訳だ。ここまでの経緯を語ってみたが、全然状況が分からない。殿下と別れるのは構わないが、こちらとしても一応家名を背負っているのではいそうですかという訳にはいかない。





「あの、一応理由を聞いてもよろしいでしょうか?」


 私は苦笑いを浮かべながら尋ねる。恐らくはろくでもない理由しか返ってこないだろう。


「それについてはアイリス、説明してくれ」


 なぜか殿下は傍らのアイリスに話を振った。私と殿下は今年で十五だが、アイリスは確か十三歳と言っていた。ちょっと幼くて庇護欲をそそる外見をしており、ろりこ……一部の趣味の男性からとても愛されている。まさか殿下までそちらの人間とは思っていなかったが。


 ただ、言われてみれば王宮内で殿下がアイリスと親しげに談笑しているところや、贈り物をしているところを見たことはある。もう婚約もしている王子である以上、ただの社交辞令のようなものだと思っていたけどどうやら本気だったらしい。


 するとアイリスはなぜかこちらを恐怖の目で見つめ、声を震わせながら言う。


「ま、前に一人で虚空に向かって話していました! あれはきっと悪魔と会話していたに違いありません!」

「そうだ、他の者に訊いても似たようなことを言う者がいる。我々が姿を見ることが出来ない異形の存在と会話しているのだろう!」


 殿下はこちらを指さして叫ぶ。

 それを聞いて私はようやく事情を察した。


 この世界には精霊と呼ばれる、地水火風、そして光と闇を司る存在がいる。基本的に精霊は見えないし、コミュニケーションをとることは不可能であるが、私はなぜか彼ら(性別は不明だしそういう概念があるのかも不明だが)と意思疎通することが出来る。

 見ることが出来る人物だけならまだ私以外にもいるのであるが、会話が出来る者は私が知る限りいないし、聞いたこともない。

 そのことを言いふらしても理解されることはないと思っていたため公表はしていないが、一応家族と婚約相手である殿下には伝えていたはずだ。それを今になって持ち出されるのはおかしい。


「あの、殿下、それについてはすでにお話していたことだと思いますが」

「例の精霊のことか? 馬鹿な。精霊が見えるというだけならともかく、意思疎通することが出来る者など聞いたことがない! 第一どうやってそれを証明するというのだ?」


 いや、その話は婚約前に通しているはずだけど。


「今更そのようなことを言われましても」

「精霊と会話したことがある者はいなくとも、悪魔と会話して闇に堕ちていく者は後を絶ちません。きっとこの者もその類に違いありません!」


 そう言ってアイリスは殿下の胸に顔をうずめて泣きじゃくる。

 うわあ……という感じだったが、なぜか殿下の方もまるで最愛の恋人を慰めるかのような優し気な手つきで抱きしめている。これではうわあの上塗りだ。


 結局のところ悪魔がどうとかはどうでも良くて、そちらが真の目的なのではないか、と思ってしまう。好きな女と結ばれるために、口実としてそのことを持ち出しただけではないか。政略結婚が嫌だというのは分からなくもないが、一国の王子としてその判断はどうなのだろうか。これでは殿下との結婚を我慢して受け入れていた私が馬鹿みたいではないか。


「とはいえ私としても云われなき罪で糾弾されるのは承知いたしかねます!」

「ええい、今すぐに出ていけば正式な罪に問うことだけは許してやろうと言っているのが分からないのか!」


 お前の言うことはさっきから何一つ分からない……と言いたかったがそれは口には出さない。


「それはつまり正式な罪はないのに追い出すということですか!?」

「殿下、私は悪魔と交流を試みる者が近くに住んでいるなど恐ろしくて夜も眠れません」


 そう言ってアイリスは殿下の腕の中で涙を流す。夜も眠れない割には血色は良さそうだけど。

 先ほどから私が殿下を論破しようとするたびにアイリスが三文芝居でそれを阻止している。アイリスはアイリスで殿下に理がないことを分かっていて、泣いて誤魔化そうとしているのではないか。

 が、殿下はアイリスの演技にいよいよ顔を真っ赤にする。


「そもそも精霊と会話できるなどというのが嘘に決まっている! 虚言を弄し、悪魔との交流を試みるような者を王宮においておくわけにはいかない! 今すぐに出ていけ!」

「あの、せめて陛下に確認をとっていただいては……」


 こいつはこんなだが、現国王である陛下はいたってまともな人物である。私とこいつの政略結婚を決めたのも国の将来を願ってのことだ。子育てだけは失敗したみたいだけど。

 陛下がこの件を耳にすれば間違いなくこいつが怒られて終わるだろう。

 が、そんな真っ当な私の言葉にも殿下は怒鳴り声を上げた。


「くどい! 陛下は今倒れている! 余計な心労を増やすことは出来ぬ!」


 余計な心労を増やしているのはどっちなのだろうかよく考えて欲しい。

 とはいえ、こんな奴でもこの国の第一王子。陛下以外に上から物を言える人物はいない。うちは国政への影響力のある公爵家だが、うちの言うことをヒステリックになっている今の殿下が聞くとも思えない。

 それに今更誰かが殿下に諫言して考え直させたとしても、ここまで醜態をさらされた以上、今度は私の方がこんな奴に嫁ぐのはご免だ。これまでは上辺だけは取り繕った関係を続けてきたが、今後は社交辞令とはいえ殿下のことを褒めるのはご免こうむる。


「分かりました。そこまでおっしゃるのでしたら婚約破棄は受け入れます」

「殿下、この女は王都にももう近づけさせないでください。私はとても恐ろしいのです」


 アイリスが涙声で言うと、殿下は吐き捨てるように言葉を付け足した。


「受け入れるも受け入れないも何もない! そして二度と王都に入るな! いや、国から出ていくがいい!」

「はい、分かりました」


 私は暗澹たる気持ちになった。

 いくら殿下でも公式には何の罪もない人間を国外追放する権利などないと思うのだが、私もいい加減このやりとりを続けることにうんざりしていたこともあって、受け入れてしまった。


 こうして私は憤懣やるかたない思いで王宮を出たのだった。

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