クラス替えの妙〜真賀田沙沙貴の事件簿〜

解答編

　私は調査の結果を一通り説明した。職員室で担任を持っている教師をまわったこと。調査の結果、クラスには同じ誕生日のペアが必ず存在すること。

「で、結論は？」と沙沙貴（ささき）がたずねる。

「クラス編成は教師はやっていない」

「え、じゃあ、誰がやってるんですか？」

　小林君がメモをすばやく取り出した。

「そ、それは、謎の組織が……」

「……」

「……」

　全員無言だった。こんな重い沈黙生まれて初めて経験した。

「はん！」と沙沙貴（ささき）が沈黙を破る。

「多真姫（たまき）！お前にはがっかりだよ。この部に入っていて１年以上何やってたっていうんだ。この入部してまだ半年もたたない新人くんでももっとましな推理をするさ。さあ、犬（いぬ）くん、存分に聞かせてくれたまえ。君の推理を」

「え、僕ですか？」

　自分に振られることをまるで想定していなかったかのように、小林君はきょとんとして私の沙沙貴（ささき）の顔を見た。

「えっと僕は、そのー」と小林君が言う。

「聞き込みしたんですが、結局何もわかりませんでした」

　ボキッと大きな音がした。何事かと思ってみると沙沙貴（ささき）が手にしていたホワイトボードマーカーが半分に折れていた。

「各教室回ったんですけど、みんな部活にいてあまり人がいなくて。残っていた何人かに聞き込みしたんですけど、みんな友達の誕生日を知らないんですよ。男子なんて特にそうですね。別にプレゼントを贈りあったりもしないし。しょうがないんで部室に帰ってきました」

「ということはだ。君は自分の仮説の理由を探るどころか仮説の証明すら出来なかったこと言うことか」

　わなわなと沙沙貴（ささき）の手が震えていた。これはまずい。沙沙貴（ささき）は怒ると見境がつかなくなって所かまわず破壊行為を始めるのだ。

　私は沙貴（ささき）にとびついて後ろから羽交い絞めにした。

「よし沙沙貴（ささき）！お前の推理を聞かせてくれ。頼む！私は沙沙貴（ささき）の推理を聞くのを楽しみにしていたんだ」

「多真姫（たまき）、今思えばお前は実に立派な調査をした。この○○くんに比べたらな」

　○○くんと呼ばれた小林君は絶望的な顔をした。

「今後、君のことは○○くんと呼ぶ」

「沙沙貴（ささき）！放送禁止用語はまずい！さすがにそれはカクヨムでも伏字になるぞ。とにかく、私はお前の推理が聞きたい」

「ふん、まあ、いい。どうでもいい。こいつの蔑称（べっしょう）は改めて考えてやる。時間もないことだし、とっとと答えを教えるか」

　ダイオウグソクムシでも見るかのように小林君を一瞥（いちべつ）して沙沙貴（ささき）が立ち上がった。背後にあったホワイトボードをくるりと裏返すと、裏面は真っ白だった。

「結論から言おう。クラス替えは教師の仕事だ。実は昔、教師に聞いたことがあるんだ」

　聞いたことがある。え、そんなのありなの？と私は思った。この短編は仮にも推理ものなのに？という疑問があったが、よく考えれば私も教師に聞けばよかった。クラス替えって誰がやってるんですか？と。

「まあ、早まるな。問題は誕生日の件だろ。コレには流石の私も少しだけ考えた。まあ、5分ほどな。そして思いついたよ。これは単なる数学の問題だ」

　はあ、と私と小林君は顔を見合わせた。

「ちょっと頭をひねればわかる確率の問題だ。ホワイトボードがあればちょちょいのちょいだ」

　沙沙貴（ささき）は器用に折れたマーカーでホワイトボードにさらさらと数式を書いていった。

「50人いるクラスに同じ誕生日のペアがいる確率を調べる。そのためにはまずは逆を考えればいい。つまり誕生日が誰も一致しない確率を計算するんだ。まず1人目と2人目が一致しない確立は364/365だ。次に3人目が最初の2人に一致しない確率は364/365×363/365だ。これを50回繰り返す。そうすると50人のクラスに誕生日が誰も一致しない確率が計算できる。そうするとほら」

　ホワイトボード上で暗算していくのを私と小林君はただ黙って見ていた。

「ほらほら！出た。3％だ。50人が1人も誕生日が一致しない確立は３％。つまり９７％の確率で誕生日が同じペアが存在する。要するにそこに教師の意図も偶然も存在しない。誕生日が同じペアが存在するのは必然というわけだよ」

　証明終了、といって沙沙貴（ささき）はバンとホワイトボードを叩いた。

　私と小林君は顔を見合わせる。

「どうした？あまりの鮮やかさに恐れ入ったのか？」

「いや、確率とか言われても」

　私は沙沙貴（ささき）と違って数学が苦手だ。彼女のいうことはほとんど理解できなかった。

「僕、まだ数学で確率習ってません」小林くんがきっぱりと言った。

　バキッとまた大きな音がする。半分に折れたマーカーをさらに半分に折ったのだ。

「お前らは……！」

　ちょうどそのとき、きーんこーんかんこーんと上手い具合に鐘がなった。