問題編
「どうも退屈だな」
「ああ、退屈でどうにもならない。もっとこう何か起きればいいのに」
旧校舎の端に置かれた部室の真ん中を陣取って、部長であり、リーダーであり、最高権力者である
「何かってなんです?地震とか雷とか?」
春に入部したばかりの小林君が恐る恐るたずねる。
「火事とか」
「不謹慎なことを言うねキミも。私が言っているのはもっとこう些細なことだよ。例えばそう」というと少しの間、
「密室殺人とか」
小人閑居して不善なす。有名なことわざが私の脳裏に浮かんだ。つまり
「こんなにやることがなければ私の天才的な頭脳の持ち腐れではないか」
「天才的?」と私があきれたように言う。つい先日も英語の授業で赤点をとり、居残りさせられていたというのに。
「ところで」と
「君は密室殺人についてどう思う?
親から受け継いだ由緒正しい「小林」という立派な苗字があるにもかかわらず生来の愛らしさと従順さを兼ね備えた新人くんを
「
彼は元気一杯に返事をした。
「はっ、はい!」
「だからどう思うかと聞いてるのだよ。
「えっとえっと、正直いうとあまり興味ないです」小林君は言った。
「面白い。理由はなにかな?」
「まず僕はほとんど推理小説を読まないので……」
私はその言葉に愕然とした。
うちはミステリー研究会だ。推理小説を読んで、批評しあったり、書評を書いたりするのが活動のメインだ。
我がミス研は旧校舎のはずれにある部室の所在もあいまってその存在をほとんど知られていない。あまりの知名度の低さに周囲からは”謎部”と呼ばれている。しかしまさか部員からもその存在理由を否定されるような言葉を聞くことになるとは。
そもそも小林君が入部する以前は私と
「密室殺人は現実的じゃないですよね」
小林くんが続ける。
「なるほどなるほど」
「新聞やテレビでありとあらゆる事件が報道されているのに、今まで一度たりとも密室殺人事件で人が殺されたニュースを耳にしたことないですから」
小林君の言うとおりだと私は心の中でうなずいた。
密室殺人をありがたがる人間などはうちの
しかし部活動が始まったというのに、もう30分も何もしていない。
「ねえ、そろそろ活動しない?せっかく今日は久しぶりに集まったんだから」
業を煮やした私は提案した。
「活動もなにも解くべき肝心の謎がないとなあ」と
懸命なる読者は先ほどの私の説明によって既知のことだと思うが、ミス研はそういう部活ではない。
「この際だ!なんでもいい。日常的なちょっとしたことでいい。何でもいいから何かないか?」
「あります」
「はあ?」
「日常の謎なら、一個あります」
***********************
「僕、中学の時に誕生日係をやっていたんです」
小林君が話し始めた。
「誕生日係ぃ?なんだいそれは」
「朝の朝礼でその日が誕生日の人を発表するんです。『今日はだれそれさんの誕生日です。おめでとうございます』って。そしたらみんなでわーって拍手をするんです」
「ずいぶんアットホームな中学だな」
「アットホームは校訓でした。僕はその係が得意で」
「誰でも出来るからな」
「3年間、誕生日係を受け持ったんです」
「そら君の天職だ。うちの高校に誕生日係がなくて残念だったなキミ」
「
「そしたらあることに気がついたんです。どのクラスにも必ず同じ誕生日のペアが1組いるんです。生まれ年も、生まれた日もまったく同じ」
「へえ」と私は素直に感想を漏らした。
「同じ学年なら生まれ年は必ず同じだろう」
「でも日付まで同じっておかしくないですか?」
「うーん、でも」と私も口を挟む。
「たまたまだったんじゃない?」
「僕もそう思って隣のクラスの誕生日係にも聞いたんですが、やっぱり同じでした。やっぱりクラスには必ず誰か誕生日のペアがいるんです」
「ふーーーん」と
ようやく退屈しのぎを見つけたと言うわけだ。心なしか目をらんらんと輝かせながら、やや芝居がかった口調で
「そいつは妙だな」
「そもそもクラス替えってどうやって決められるんでしょう」
それは考えたことなかった。先生がクジか何かで決めているのだと思っていた。
「成績順だろ」と
「でも例えば」と小林君。「双子がいたら別のクラスにするんじゃないですか?」
「それはそうだろ。双子が同じクラスにいたらややこしくて仕方がない。君は珍しく勘がさえているね」
確かにそうだった。
クラス替えが完全にランダムだったり成績順だったりするわけでなく、何かしらの”操作”が入っているのは確実のようだ。
「じゃあ、クラス替えするときに『必ず同じ誕生日の人をいれておく』というルールがあるということかな?だとしたらそんなことに何の意味が?」
頭を働かせて考えを巡らせて見たが、特にそうすべき理由は思い当たらなかった。
「よし決まりだ。
真後ろにある壁にかけられた時計をふりかえることもしないで、
「16時すぎです」
「今日の最終下校時刻は?」
「えっと18時です」
「あと2時間か。調査する時間は十分ある。今日のテーマはコレで行こう。クラス編成の謎だ」
「おお!初めてミス研らしいことをしますね」
繰り返すようで申し訳ないが、ミス研はそういう部活ではない。
「今から3つに別れて調査を開始する。調査方法は自由だ。最終下校時刻の15分前に集まってみなで推理を披露しようではないか」
3つに別れるもなにもうちの部員は3人しかいないじゃないか、とは言わなかった。これは
「じゃあ、調査開始というわけですね!」と小林君は今にも駆け出しそうなくらいに張り切っている。たしかにこれは時間との勝負かもしれない。私たちがばたばたとメモ帳とかペンとか準備をしていると、
「どうしたの?行かないの?」と聞くと
「よく出来る探偵はな、足は働かせない」
「ここを働かせるんだよ」
にやりと
「凡人たちはせいぜい足で稼ぐといいさ。私はここで
謎:クラス編成の時には必ず同じ誕生日のペアを入れておくというルールが存在するのか?存在するとしたらそれはなぜか?
私たちは部室を出た。
「とにかく時間がないですね。急いで聞き込みを開始しないと」と小林君は目をきらきらさせている。犬!と思った。昔飼っていたポチのことを思い出す。
「小林君はどうするつもりなの?」と聞く。
「とりあえず手当たり次第ですね。1年から3年の教室を回ってみます」
正気か、と思った。私たちが通う百合が原学園は昔でいうところのマンモス校で1学年に10クラス、1クラスには50人いる。つまり学校全体では1500人の生徒がいる計算になる。そして放課後のこの時間ならほとんどの生徒は部活中だ。聞き込みしたところで、クラスメイトの誕生日を一体どれだけの人間が知っているだろうか。
私の心配をよそに「いっくぞー」と言いながら小林君はあさっての方向に走っていった。そっちは行き止まりだぞ。
そういえば
「あいつはな、探偵には向いていない。観察眼がなさすぎる。なにより決定的な資質に欠けているんだ」
ミス研の部員が探偵に向いている必要があるかどうかはこの際おいておいて、私は尋ねた。
「何がないって?」
「勘だよ。あいつは勘が悪すぎる」
*************************
小林君を見送り、私は職員室に足を運んだ。聞き込みするのなら生徒ではなく、教師だろう。各担任の教師ならクラスの個人情報ももっているはずだ。だが問題は個人情報保護法だ。誕生日などの個人を特定する情報は法律によって固く守られている。そこで私は一計を案じ、文化祭の実行委員になりきった。
「今度の文化祭の出し物でおなじ誕生日のペアを探すっていうイベントをやろうと思うんですけど先生のクラスってそういう人いますか?個人情報なんで誰と誰とかは言わなくていいんで」とだけ聞いた。
私は
「へえ、面白いことするね。ええと誕生日が同じね。いたかなあ」とか「いるかなあ。ちょっと名簿を見てるから、待ってて」とそんな反応だった。
そして調べると「おっ、一組いるぞ」となった。
全部の教師に頼んで回るのは骨が折れる。半分ほど回ったあたりで疲れきってしまい、まだ時間はあったが調査を切り上げることにした。
調査の結果はわかったことは2つある。
1.百合が原高校のクラスには必ず同じ誕生日のペアがいる。
2.教師たちはその事実を知らない
1はだいたいそうだろうというところだ。ランダムに選んだ15クラスを調べるとすべてにペアがいたからきっとすべてにいるだろうという予想だ。
しかし気になるのは2だ。明らかに意図的にペアが組み込まれているのに、教師が知らないということは、つまりクラス分けは教師がやっているわけではないということを意味する。
ではクラス分けは一体誰がやっているのか。
*************************
部室に帰ると
小林君が一手をさすたびに「おっ」とか「えっ」とかいちいち
「こいつは完敗だ。君は将棋が強いな。これから君のことを敬意を込めて『先生』と呼ぶことにしよう」
「ほんとうですか!」
急な格上げに小林君は色めき立った。
「ほんとうですか!ささきせんぱい!」
今にも踊りだしそうな様子をみて気が変わったのか「将棋を指すときだけな」と
「それにしても」と
「ずいぶん時間がかかりましたねえ、先輩」
「では3人そろったので」
時計を見ると17時半だった。
「ほんじゃあまあ少し早いけど解答編といきますか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます