問題編


「どうも退屈だな」

 真賀田まがた沙沙貴ささきがつぶやいた。

「ああ、退屈でどうにもならない。もっとこう何か起きればいいのに」


 旧校舎の端に置かれた部室の真ん中を陣取って、部長であり、リーダーであり、最高権力者である真賀田まがた沙沙貴ささきは豪奢な椅子に鎮座している。この椅子は先月、彼女が学校の粗大ゴミ置き場から拾ってきたものだ。


「何かってなんです?地震とか雷とか?」

 春に入部したばかりの小林君が恐る恐るたずねる。

「火事とか」

「不謹慎なことを言うねキミも。私が言っているのはもっとこう些細なことだよ。例えばそう」というと少しの間、沙沙貴ささきは目を瞑ってからこういった。


「密室殺人とか」


 小人閑居して不善なす。有名なことわざが私の脳裏に浮かんだ。つまり沙沙貴ささきのような人間が暇を持て余すとろくなことをしないという意味だ。


「こんなにやることがなければ私の天才的な頭脳の持ち腐れではないか」

「天才的?」と私があきれたように言う。つい先日も英語の授業で赤点をとり、居残りさせられていたというのに。


「ところで」と沙沙貴ささきが言った。

「君は密室殺人についてどう思う?いぬくん」


 親から受け継いだ由緒正しい「小林」という立派な苗字があるにもかかわらず生来の愛らしさと従順さを兼ね備えた新人くんを沙沙貴ささきは尊敬の念を込めこう呼ぶ。

いぬくん」

 彼は元気一杯に返事をした。

「はっ、はい!」

「だからどう思うかと聞いてるのだよ。いぬくん」

「えっとえっと、正直いうとあまり興味ないです」小林君は言った。

「面白い。理由はなにかな?」

「まず僕はほとんど推理小説を読まないので……」

 私はその言葉に愕然とした。


 うちはミステリー研究会だ。推理小説を読んで、批評しあったり、書評を書いたりするのが活動のメインだ。


 我がミス研は旧校舎のはずれにある部室の所在もあいまってその存在をほとんど知られていない。あまりの知名度の低さに周囲からは”謎部”と呼ばれている。しかしまさか部員からもその存在理由を否定されるような言葉を聞くことになるとは。

 

 そもそも小林君が入部する以前は私と沙沙貴ささきの2人しかおらず「2人は放課後まで一緒に遊んでいて本当に仲がいいね」と教師から言われていた程で部活動としてすら認識されていなかった可能性はかなり高い。


「密室殺人は現実的じゃないですよね」

 小林くんが続ける。

「なるほどなるほど」

「新聞やテレビでありとあらゆる事件が報道されているのに、今まで一度たりとも密室殺人事件で人が殺されたニュースを耳にしたことないですから」

 小林君の言うとおりだと私は心の中でうなずいた。


 密室殺人をありがたがる人間などはうちの沙沙貴ささきくらいなものだ。そもそも推理小説で密室トリックや時刻表トリックなんて出てきたところで、まあ、どうにかすればできるんだろうくらいの感想しか出てこない。

 しかし部活動が始まったというのに、もう30分も何もしていない。


「ねえ、そろそろ活動しない?せっかく今日は久しぶりに集まったんだから」


 業を煮やした私は提案した。

 沙沙貴ささきが背伸びをするようにソファにそんぞりがえる。沙沙貴ささきの細い足があらわになると、小林君があわてて目をそらした。

「活動もなにも解くべき肝心の謎がないとなあ」と沙沙貴ささきがはき捨てるように言う。

 懸命なる読者は先ほどの私の説明によって既知のことだと思うが、ミス研はそういう部活ではない。

「この際だ!なんでもいい。日常的なちょっとしたことでいい。何でもいいから何かないか?」

 沙沙貴ささきが大きな声を上げると、小林君がおそるおそる手を上げた。

「あります」

「はあ?」

「日常の謎なら、一個あります」


***********************


「僕、中学の時に誕生日係をやっていたんです」

 小林君が話し始めた。


「誕生日係ぃ?なんだいそれは」

「朝の朝礼でその日が誕生日の人を発表するんです。『今日はだれそれさんの誕生日です。おめでとうございます』って。そしたらみんなでわーって拍手をするんです」

「ずいぶんアットホームな中学だな」

「アットホームは校訓でした。僕はその係が得意で」

「誰でも出来るからな」

「3年間、誕生日係を受け持ったんです」

「そら君の天職だ。うちの高校に誕生日係がなくて残念だったなキミ」

沙沙貴ささき、ちゃかすな」と私はたしなめる。


「そしたらあることに気がついたんです。どのクラスにも必ず同じ誕生日のペアが1組いるんです。生まれ年も、生まれた日もまったく同じ」


「へえ」と私は素直に感想を漏らした。

「同じ学年なら生まれ年は必ず同じだろう」

「でも日付まで同じっておかしくないですか?」

「うーん、でも」と私も口を挟む。

「たまたまだったんじゃない?」

「僕もそう思って隣のクラスの誕生日係にも聞いたんですが、やっぱり同じでした。やっぱりクラスには必ず誰か誕生日のペアがいるんです」


「ふーーーん」と沙沙貴ささきが言った。

 ようやく退屈しのぎを見つけたと言うわけだ。心なしか目をらんらんと輝かせながら、やや芝居がかった口調で沙沙貴ささきが言った。

「そいつは妙だな」

 沙沙貴ささきの笑みがこぼれる。



「そもそもクラス替えってどうやって決められるんでしょう」

 それは考えたことなかった。先生がクジか何かで決めているのだと思っていた。

「成績順だろ」と沙沙貴ささき。「教師たちはどのクラスもテストの平均点を同じくらいにしたいだろうからな」

「でも例えば」と小林君。「双子がいたら別のクラスにするんじゃないですか?」

 沙沙貴ささきがけらけらと笑う。

「それはそうだろ。双子が同じクラスにいたらややこしくて仕方がない。君は珍しく勘がさえているね」

 確かにそうだった。

 クラス替えが完全にランダムだったり成績順だったりするわけでなく、何かしらの”操作”が入っているのは確実のようだ。


「じゃあ、クラス替えするときに『必ず同じ誕生日の人をいれておく』というルールがあるということかな?だとしたらそんなことに何の意味が?」


 頭を働かせて考えを巡らせて見たが、特にそうすべき理由は思い当たらなかった。

「よし決まりだ。いぬくん。今は何時かな?」

 真後ろにある壁にかけられた時計をふりかえることもしないで、沙沙貴ささきはたずねる。

「16時すぎです」

「今日の最終下校時刻は?」

「えっと18時です」

「あと2時間か。調査する時間は十分ある。今日のテーマはコレで行こう。クラス編成の謎だ」

「おお!初めてミス研らしいことをしますね」

 繰り返すようで申し訳ないが、ミス研はそういう部活ではない。

「今から3つに別れて調査を開始する。調査方法は自由だ。最終下校時刻の15分前に集まってみなで推理を披露しようではないか」

 3つに別れるもなにもうちの部員は3人しかいないじゃないか、とは言わなかった。これは沙沙貴ささきなりの様式美なのだ。


「じゃあ、調査開始というわけですね!」と小林君は今にも駆け出しそうなくらいに張り切っている。たしかにこれは時間との勝負かもしれない。私たちがばたばたとメモ帳とかペンとか準備をしていると、沙沙貴ささきは靴を脱いで、その豪華な椅子の上で体操すわりをするように座りなおした。

「どうしたの?行かないの?」と聞くと沙沙貴ささきは更に奥に深く椅子に腰掛ける。

「よく出来る探偵はな、足は働かせない」

 沙沙貴ささき人差指ひとさしゆびをぴんとたて、銃口をむけるように自分のこめかみにつきたてた。

「ここを働かせるんだよ」

 にやりと沙沙貴ささきはまた笑う。

「凡人たちはせいぜい足で稼ぐといいさ。私はここで安楽椅子探偵アームチェアディテクティブを気取らせてもらうよ」




謎:クラス編成の時には必ず同じ誕生日のペアを入れておくというルールが存在するのか?存在するとしたらそれはなぜか?




 私たちは部室を出た。

「とにかく時間がないですね。急いで聞き込みを開始しないと」と小林君は目をきらきらさせている。犬!と思った。昔飼っていたポチのことを思い出す。

「小林君はどうするつもりなの?」と聞く。

「とりあえず手当たり次第ですね。1年から3年の教室を回ってみます」


 正気か、と思った。私たちが通う百合が原学園は昔でいうところのマンモス校で1学年に10クラス、1クラスには50人いる。つまり学校全体では1500人の生徒がいる計算になる。そして放課後のこの時間ならほとんどの生徒は部活中だ。聞き込みしたところで、クラスメイトの誕生日を一体どれだけの人間が知っているだろうか。


 私の心配をよそに「いっくぞー」と言いながら小林君はあさっての方向に走っていった。そっちは行き止まりだぞ。

 そういえば沙沙貴ささきが前にこんなことを言っていた。

「あいつはな、探偵には向いていない。観察眼がなさすぎる。なにより決定的な資質に欠けているんだ」

 ミス研の部員が探偵に向いている必要があるかどうかはこの際おいておいて、私は尋ねた。

「何がないって?」

「勘だよ。あいつは勘が悪すぎる」


*************************


 小林君を見送り、私は職員室に足を運んだ。聞き込みするのなら生徒ではなく、教師だろう。各担任の教師ならクラスの個人情報ももっているはずだ。だが問題は個人情報保護法だ。誕生日などの個人を特定する情報は法律によって固く守られている。そこで私は一計を案じ、文化祭の実行委員になりきった。


「今度の文化祭の出し物でおなじ誕生日のペアを探すっていうイベントをやろうと思うんですけど先生のクラスってそういう人いますか?個人情報なんで誰と誰とかは言わなくていいんで」とだけ聞いた。


 私は沙沙貴ささきと違って普段優等生なので、教師からも受けがよい。こんな風にお願いするとたいていの教師は頼みごとを聞いてくれた。


「へえ、面白いことするね。ええと誕生日が同じね。いたかなあ」とか「いるかなあ。ちょっと名簿を見てるから、待ってて」とそんな反応だった。

 そして調べると「おっ、一組いるぞ」となった。


 全部の教師に頼んで回るのは骨が折れる。半分ほど回ったあたりで疲れきってしまい、まだ時間はあったが調査を切り上げることにした。

 調査の結果はわかったことは2つある。


1.百合が原高校のクラスには必ず同じ誕生日のペアがいる。

2.教師たちはその事実を知らない


 1はだいたいそうだろうというところだ。ランダムに選んだ15クラスを調べるとすべてにペアがいたからきっとすべてにいるだろうという予想だ。

 しかし気になるのは2だ。明らかに意図的にペアが組み込まれているのに、教師が知らないということは、つまりクラス分けは教師がやっているわけではないということを意味する。

 

 ではクラス分けは一体誰がやっているのか。


*************************


 部室に帰ると沙沙貴ささきと小林君が将棋をしていた。さっきあんなに意気揚々と駆け出して言ったのに、私より先に戻っているとは。


 小林君が一手をさすたびに「おっ」とか「えっ」とかいちいち沙沙貴ささきはうるさい。そうしてすぐに沙沙貴ささきは負けてしまったようだ。

「こいつは完敗だ。君は将棋が強いな。これから君のことを敬意を込めて『先生』と呼ぶことにしよう」

「ほんとうですか!」

 急な格上げに小林君は色めき立った。


「ほんとうですか!ささきせんぱい!」

 今にも踊りだしそうな様子をみて気が変わったのか「将棋を指すときだけな」と沙沙貴ささきは小声で付け加えた。


「それにしても」と沙沙貴ささきが私のほうを向き直る。

「ずいぶん時間がかかりましたねえ、

 沙沙貴ささきが皮肉交じりに言った。私は沙沙貴ささきよりも10分早くミス研に入部したのでたまに私のことを先輩と呼ぶ。

 沙沙貴ささきの背後にあるホワイトボードにはなにやら奇妙な暗号らしきものが書きつられられている。ニヤニヤしているところを見ると、沙沙貴ささきは謎を解いたようだった。

「では3人そろったので」


 時計を見ると17時半だった。


「ほんじゃあまあ少し早いけど解答編といきますか」

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