第22話
「はい、渡邉でございます。滝沢様、先ほどは毛利が失礼いたしました」
「渡邉さんだ! よかったー! ってか大丈夫?」
「あの……何がよろしくて、何が大丈夫なのでございましょうか」
渡邉の尤もな問いに、機械男が嫌なことと、テレビのせいで大変なのではないかということを説明した。もちろん、小池が渡邉について発言した件は避けて、だ。
「こっ、この私を気遣ってくださるなんて……滝沢様はなんとお優しい方でございましょう。私、感動で胸がいっぱいでございます」
恐らく今、胸ポケットに挿してあるチーフを手に取り、眼鏡をずらして目頭を押さえているのだろう。いや、もしかしたら目を閉じて天井を仰いでいるかもしれない。
「うーん……どっちだろ」
「は? 今度は何と何が、でございますか?」
「いやいや、なんでもない! ところで、優しいって言ってもらった後に言うのも何だけど、殺したい相手が見つかったんだ」
「……はっ!?」
携帯から間の抜けた声が聞こえてきた。
「いやだなあ、年取ると耳が遠くなっちゃってさ」
「なんと失礼な! 私はまだそのような年齢ではございません! 来年の一月でちょうど……あ、いえ、今なんとおっしゃいました?」
「ちょうど何歳? 殺す相手が見つかったって言ったんだけど」
「私の年齢なんかより、それは……本当でございますか?」
「なんだよ、誕生日のときは聞きもしないのに言ってたくせに。うん、ホント」
「さよう……でございますか……」
なんだか様子がおかしい。これまでの元気がない。
「分かったよ。もう何歳か聞かないから元気出して!」
「はい、ありがとうございます。あ、いえ、そうではなくて私、滝沢様なら或いはと、勝手に思っておりましたものですから……」
「あるいは、ってなに?」
「……いえ、何でもございません。取るに足りないことでございます。失礼いたしました」
渡邉は早口で言い、気を取り直したようにいつもの口調に戻った。
「それでは早速……っとその前に! 再確認させていただきますが、滝沢様はこの権利を他言されていないというのは本当でございますね?」
「ホントだよ。さっき毛利さんって人に聞かれて焦ったんだから。もう少しで友達に言うとこだった」
「それは何よりでございます。滝沢様には決定前にお話してしまい、それが白紙に戻った時には少々焦りました」
「少々って……まあ、いいや。で、結局は最初の契約通りってこと?」
「滝沢様のことは信頼しておりますから。はい、契約は当初のままでございます」
渡邉からの信頼。嬉しいような煩わしいような複雑な心境だが、今はそれどころではない。
「よし! それだ!」
「はっ?」
「俺の殺害相手」
「あの……申し訳ございません。私、今ひとつ話が見えないのですが……」
汗を拭きながら背中を丸める渡邉が目に浮かぶ。
「全く、頭ガチガチだな。だから人殺し権のこと、喋ったら殺されるって決まりは変わらないんだよね?」
「はい……あっ!」
渡邉が小さく叫んだ。ようやく俺の考えが分かったらしい。
「そう。俺が殺す相手は、小池さんだよ」
「なるほど、小池様なら……そういうことでございましたか。さすがは滝沢様、目の付け所が鋭くてらっしゃる」
渡邉は、お世辞とも感嘆ともつかないことを言った。それでも少し気をよくした俺は、決意表明をした。
「第1条の附則だっけ? 残りの二人……渡邉さんか俺かどっちかが権利を発動させなきゃいけないんだったら、それ俺にやらせて」
「承知いたしました。では、滝沢様の殺害相手は小池様ということで、手続きを取らせていただきます」
「うん。よろしく」
「お任せくださいませ。ですが、万が一にも……」
渡邉の言葉が途切れた。
「どうかした?」
「いえ、万が一のためにも少々確認したい事柄がございます。このまま少しお待ちいただけますでしょうか」
どうせ携帯代は政府持ちだ。俺は快く了承した。
「うん、いいよ」
「では、少々お待ちくださいませ」
渡邉の声から保留の音楽に切り替わった。
ぼんやり待っている間、そういえば朝から何も食べていないことに気付き、電話を耳にあてたまま一階へ下りた。
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