第2話旅立つ中年

『私には女性との交流があまりない、勿論努力はしているが成果が出ないのだ。だから自分に自信が無くて、今の町の現状のように町は荒れ果ててしまった・・・。そういえば、町がこうなってしまったのは一体いつの日からだったかな・・・・。』



「ん・・・んんんーーーー。」

 本の中に吸い込まれた全治は、気が付いて背伸びをした。

「ここはどこだ?もしかして、本の中か?」

 全治は辺りを見回したが、家という家が荒れ果て人の気配が一切無い。すると眷属達も、目覚めた。

「ここは・・・?」

「気が付いたかい、ホワイト。」

「ん・・・・あなたは誰ですか?」

「えっ?千草全治だけど・・・?」

「そんなはずない、全治様はそんな酷い顔をしていないはずだ。」

「そうよ、あなたは誰よ?名乗りなさい。」

「どちら様でございますか?」

「だから千草全治だって、どうしてわからないの?」

 そして全治はふと自分の頭に手を置いた、すると髪の感触がいつもと違うことに気づいた。

「あれ?髪型が変わっている・・・。」

 そして全治は近くに落ちていたガラスの破片に映る自分を見て、愕然とした。

「これが僕・・・・どうしてこうなったの!?」

 髪型はオールバック、顔にはそばかす、だらしない目つき。あの寡黙な美しさは、欠片も無い。

「今、あの人僕って言っていた・・・。」

「もしかして・・・、全治様!!」

「嘘だーーーーっ!!」

 眷属達は悲鳴を上げた。

「やっと分かったよ・・・、どうやらこの世界に吸い込まれたことで、僕は変わってしまったようだ・・・。」

 全治は理解したが、悲観に暮れることは無かった。 

「全治様、何という姿に・・・。」

「これもこの本を渡した黒之のせいだ、絶対に許さない!!」

「しかし、どうすれば元に戻せるのか・・・。」

 全治は取りあえず辺りを歩くことにした、じっとしているよりも何か分かる可能性があるからだ。しかし歩いても歩いても、周りには廃れた建物。人はまばらに見かけるも、全治のようにボロボロの服を着ている。

「ここは、本当に活気がありませんねえ・・・。」

「それよりも、どうしてこの町は廃れているんだろう?」

 疑問を持った全治は、道に座り込んでいる年老いた浮浪者に話しかけた。

「あの、少しいいですか?」

「ん?お金をくれるのか?」

「お金・・・・・。」

 全治はそう言って服のポケットを探した、見つけたのは銀貨二枚。

「これが欲しいの?」

「銀二枚か・・・まあ質問には答えてやろう。」

 全治は浮浪者に銀貨二枚を渡した。

「それで、質問は何だ?」

「どうしてこの町は、荒れ果てているの?」

「ああ、ガエターノという魔法使いのせいだ。ガエターノはこの町に幸福をもたらすことを約束し、『エメラルド・キュプノス』という宝石を町の人に一つずつくれた。確かにエメラルド・キュプノスには効果があった、しかし副作用もあった。それは老朽の呪いじゃ、使って行くほど人も建物も急に古びてしまった・・・。そしてガエターノが来てから三か月で、町は荒れ果ててしまい住人も何人かが出ていってしまった。」

「そうなんだ・・・、ところでエメラルド・キュプノスは持っているの?」

「ばかいえ、あんなのもう捨ててしまったわ・・・ってそれじゃ!!」

 浮浪者は全治のズボンのポケットを指さした、そこには緑に輝く石が入っていた。

「それがエメラルド・キュプノスじゃ。わしに見せるな、向こうへ行ってくれ!!」

「教えてくれて、ありがとう。」

 煙たがられたのにも関わらず、全治は丁寧にお辞儀をしてその場を去った。

「何ですか、銀貨を貰っておきながらあの態度は?」

「このエメラルド・キュプノスが災いの原因か、しかしどうすれば僕がこの世界から抜け出せるのかは、解らない。」

 全治が考え込んでいると、空の上から全治を呼ぶ声がした。それはゼウスの声だった。

「全治、無事か!?」

「ゼウス様、僕は無事です。」 

「お主とあろうものが、黒之の罠にはまり込むとはのお・・・。」

「まさか、こうなるとは思いませんでした・・・。」

「いいか全治よ、この世界は「因果転送」によって出来た本の世界じゃ。お主がこの世界から抜け出すためには、この世界を終わらせなければならない。」

「終わらせるって、どうするの?」

「物語を最後まで進めるのだ、そうすれば全治達がこの世界から抜け出せる。」

「僕達って・・・、僕以外にもこの世界に来てしまった人がいるの?」

「うむ、因果転送はその世界へ行く方法をしたもの全員に発動する。しかし全員が同じ世界に行くわけではない、あくまで開いた物語の世界へと行くんだ。」

「わかりました、必ず抜け出して見せます。」

 ここでゼウスの声は止んだ。

「全治様、物語を終わらせるにしても、どうするのですか?」

 全治は考えた、この小説を完全に把握した訳ではないので、完璧な進み方を知らない。

「取り敢えず・・・歩こう。」

「えっ!!そんなので、いいんですか!!」

「止まっていたって何も変わらない、歩いた方が何か変わるかもしれない。」

 そう言って全治と眷属達は歩き出した、町のはずれまで行くと分かれ道に差し掛かった。

「左は普通の道ですが、右は黄色いレンガの道だ。」

「全治様、どちらに行かれますか?」

「うーん、右の道だ。」

「右でいいのですか?」

「うん、何だかこの道から物凄く、興味をそそられるんだ。」

「じゃあ、行きましょう。」

 こうして中年になった全治と眷属達による、脱出に向けての珍道中が幕を開けた。



 一方現実世界の黒之は、クロノスの力で本の世界の全治達の様子を見ていた。

「ほう、進みだしたか・・・・。まあ、これくらいは当然だ。」

「しかし中には、まだ町から出ていない人たちもいるようだ。」

「そいつらはバカですよ、そもそもこの世界はゲームみたいなものだから、ただぼーっとしていたら、一向にクリアは出来ないよ。」

 高須は笑いながら言った。

「今は序盤だから問題ないが、これから罠を仕掛けた方がいいんじゃないか?」

「そうなんだよね・・・、さてどこに仕掛けようかな・・・・?」

 黒之は本のページをパラパラと開いた、そして五十七ページに目をつけた。

「このページはハルというニンフと一緒に山の湧き水を取ってくる場面で、原作は成功するけどこの場面で妨害をしようと思う。」

「それはいい、しかし・・・。」

「どうしたの、クロノス様?」

「実は先程、ゼウスの干渉を感じた。さすがは全能神だ、これから目障りになるだろう。」

「あのジジイか・・・、あの時も邪魔しやがって・・。」

 実は黒之は全治をあと一歩のところまで追い詰めたことがある、しかしそこでゼウスが現れて全治を回収されてしまった。

「これからは私の力で干渉できないようにしよう、そなたはこれから全治の妨害をしてくれ。」

「わかりました、さあこれからが楽しみだ・・・。」

 クロノスはニヤリと笑いながら、本を閉じた。

 

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