第5話 トワイニウム

 がたごと、がたごと。


 微かに揺れながら進む|巨大移動旅団機(キャラバン)。商業艦の外観をしてはいるけれど、その実、中身は立派な軍用艦だ。


 まず、商品となる積み荷は乗せておらず、乗せているのは戦闘用の物資と旅に必要な生活用品ばかり。


 売買できる商品は何一つ乗っていない。いや、いざとなれば乗せている武器の幾つかは売るつもりでいるけれど、武器だって生命線だ。そう易々と売りには出せない。


 ともあれ、商業艦に偽装しているだけで、実際は立派な戦艦だという事だ。


 戦艦という事は、捕虜を格納するスペースもある。


 僅か数室だけ用意された独房。その一室で、暁は膝を抱えて座り込んでいた。


 あの後、取り乱した暁がトワラに縋りつくようにして自分の事を本当に憶えていないのかと問おうとする前に、バルサにまたも投げ飛ばされ、打ち所が悪かったのかそのまま気絶してしまったのだ。


 トワラは気絶してしまった暁を一先ず客室に連れて行くように言ったのだけれど、得体の知れない相手を内鍵のある部屋に入れてはおけないとのことで、独房に放り込まれたのだ。


 流石に、トワラもバルサのその言を無視する事は出来なかった。確かに、得体の知れない相手である事には変わりない。まだ、暁がどんな危険を孕んでいるのかも分からない。それが分からない内は、下手に自由にするわけにもいかないだろう。


 そのため、暁は独房に入れられた。勿論、放り込まれたと言っても、丁寧にベッドに寝かされた。


 暁が起きたのはほんの数分前。意識を取り戻し、自分の状況を理解した途端、酷く気落ちして丸まるように座り込んでしまったのだ。


「……なんで」


 トワラだと思った。見た目も、声も、何一つ違いなくトワラ・ヒェリエメルダだった。


 けれど、違った。彼女はトワラ・ヒェリエメルダだけれど、暁と日々を共にしたトワラ・ヒェリエメルダでは無かったのだ。


 その事に気落ちして、暁は膝を抱えて|幼子(おさなご)のように落ち込んでいるのだ。


 もはや、現実かどうかなどどうでも良い。打ち付けた個所が自己主張をするように痛みを教えてくれる。痛みがあるというだけで、現実である事を裏付ける。何せ、アイアンには痛みなど無かったのだから。


 しかし、それが分かったところでどうだって良い。あれはトワラじゃ無かった。それが分かっただけで、もう良い。


 結局、トワラはあの日あの時に失ってしまったのだ。もう、どう足掻いたって戻ってこないのだ。それが、もう分かった。だから、どうでも良い。


 帰れないなら、それでも良い。母親は心配だけれど、あのまま無気力に生きても迷惑をかけてしまうだけだ。それなら、もういっそ……。


『お、起きたか』


 暗い思考に落ちて行く|最中(さなか)、独房の外から声がかかる。機械を通したその声に、暁は顔を上げて扉の方を見る。


 扉が開き、入ってきたのは体格の良い|無精髭(ぶしょうひげ)を生やした男だった。


「よっ! さっきは世話になったな!」


 片手を上げ、気安くそう言ってくる無精髭の男。


 さっきとは、先程暁が加勢した時の事だろう。


「……なんの用ですか?」


「おうおう、湿気た|面(つら)してんなぁ。姫さんに振られたのがそんなにショックか? 気にすんなよ。姫さんは誰に対したってあんなもんだ」


「……そんな訳無いだろ」


 軽い口調で言う無精髭の男に、暁は苛立ったように言葉を返すけれど、彼の言っている姫さんと暁の思っている姫さんが同一人物で会って同一人物ではない事を思い出し、そこでまた気落ちする。


 暁の知ってるトワラは、あんな態度は取らない。強気なところのあった少女だったけれど、あんなに色の無い目はしなかった。


 視線を逸らし、じっと足元を見る暁に、無精髭の男はどうしたものかと頭を掻く。


「……っと、俺とした事が自己紹介がまだだったな。ガランド・コーザだ。一応、さっきの部隊の隊長なんだが……」


 言って、布に吊るされた腕を持ちあげる。


「うっかりやっちまってな。罅だから完治まではそんなにかからんが、まぁ、暫くは戦えない」


 だから何だ。そんな事、暁には関係の無い話だ。


 反応の無い暁に、もう一度どうしたもんかと頭を掻くガランド。


「そういや、姫さんと知り合いみたいな感じだ――」


「知らない。俺はあんな人知らない」


「……おおう……食い気味だな」


 知らない。あんなトワラは知らない。トワラ・ヒェリエメルダは知っているけれど、あのトワラ・ヒェリエメルダは知らない。


「知らねぇようには見えなかったが……まぁ、お前が言うんならそうなんだろうな」


 それは知ってる奴の反応だろうよと思いながらも、繋ぐようにそう口にした。けれど、帰ってきたのは沈黙ばかり。


 三度目の沈黙に面倒臭くなったガランドは乱暴に頭を掻いてから、取り繕う事を止める事にした。


「あー……めんどくせぇから、もう単刀直入に言うわ。お前、護衛として一緒に来てくれねぇか?」


「護衛……?」


「ああ。お前も知っての通り、ミラバルタは帝国に狙われてる。ミラバルタだけじゃ帝国の脅威を退けられねぇから、同盟に加盟しようって、今一番近くの同盟国イラマグラスタに向かおうとしてんだ」


「イラマグラスタ?」


「ああ」


 どういうことだと、暁は困惑する。


 同盟というのは分かる。アイアンにも盟約同盟国家軍というものがあった。アイアンで一番の強国であったローグアイアス帝国と対抗するために、中小国家群からなる同盟軍が存在していた。


 それが、盟約同盟国家軍。しかし、暁が知る限り、その中にイラマグラスタという国は存在しない。


 ミラバルタは小国だ。そして、暁はその小国を守護する騎士だった。だから、同盟国家軍の事も知っていたし、その加盟国も全部知っている。何せ、盟約同盟国家軍に加盟する事をミラバルタでは審議していたから。


 暁の困惑を余所に、ガランドは話しを続ける。


「んで、お前にはイラマグラスタに行くまでの護衛を頼みたいんだ。俺がこんなだから、戦力が減っちまっててな。それに、偽装して此処まで来られたが、どうにも敵さんに情報が抜けてるみたいでな。完全に姫さんが乗ってるってマークされちまった。このままじゃ、イラマグラスタに着く前に姫さん取られて終わっちまう」


「だから、俺に護衛を……?」


「ああ。どうだ? 謝礼金は弾むし、なんなら今後の暮らしの保証もしてやって良い」


 正直、色々と分からない事の方が多い。


 何故盟約同盟軍に加盟するのかも分からないし、何故帝国と敵対をしているのかも分からない。それに、現状のミラバルタが国家間でどの位置に立っているのかも分からなければ、ゲームとの差異がどれくらいあるかも分からない。


 そんな状態で頷けはしないし、何より――


「話は私が付けると言ったはずですが?」


 ――この少女を、自分が護りたいと思っているのかどうかが分からない。


 開けっ放しになっている扉から室内を除くのは、夕焼けのお姫様。トワラ・ヒェリエメルダだ。


「話は早ぇ方が良いだろ、姫さん」


「早い方が良いですが、順番を飛ばすのはいただけません。思った通り、ちゃんとした説明もしていないみたいですし」


「要点は説明したぜ?」


「そうですね。ですが、不十分だったみたいですよ。彼の思案顔をちゃんと見てましたか?」


「思案するっつう事は、受けるか受けないか考えてるって事だろ?」


「その二択以外にも思案する事もあるでしょうに……」


 呆れたようにトワラは言う。


「まぁ、良いです。後は引き継ぎます。貴方は戻って整備の手伝いでもしてきてください」


「へーへ。姫さんの仰せの通りにー」


 適当に言って、ガランドは独房を後にした。


「さて……」


 ガランドが独房を出た後、トワラは室内を見回す。


「……椅子も無いのですかこの部屋は」


 またも呆れたように言えば、トワラはアカツキの座るベッドの端に座った。そして、前置きも無く話を始める。


「先程ガランドが言った通り、私達は今イラマグラスタに向かっています。目的は、同盟国家軍に加盟するためです」


 粛々と、事務連絡のようにトワラは続ける。


「帝国の狙いは、ミラバルタで採掘できる希少金属、|黄昏鉱(トワイニウム)が目的でしょう。現状、最高硬度の金属と言っても差し支えありませんから。帝国としては|切り札(シルバーバレット)にしたいのか、あるいは勝利の剣にしたいのか……その運用方法は分かりませんが、彼等は|黄昏鉱(トワイニウム)を狙っています」


 |黄金鉱(トワイニウム)の存在は暁も知っている。というか、アイアンの全プレイヤーが知っていてもおかしくはない。


 ゲーム内でも最高硬度を誇り、武器としても装甲としても有用であり、多くのプレイヤーが|黄金鉱(トワイニウム)を求めた。最も採掘が盛んで、採掘量が多かったのもミラバルタだった。


 そこは、ゲームの設定と同じらしい。


「私としては、別段|黄金鉱(トワイニウム)はどうでも良いのです。ですが、|黄金鉱(トワイニウム)を狙って襲撃をされ、民に被害が出ているのです。騎士にも、少なからず被害が出ています」


 此処で、初めてトワラの表情が曇る。


「その被害を一刻も早く減らしたい。そのために、今回の会談は成功させなくてはいけないのです。しかし、イラマグラスタに着く前に帝国に捕まってしまえば意味が無い。あちらに私の所在が割れてしまった以上、戦闘は必至です。今は、少しでも戦力が欲しいのです」


 真摯に、けれど、そこに国を救う以上の熱は無い。王女として、トワラは暁に言う。


「お願いします。私に、力を貸してください」


 正直な話、直ぐには直ぐ答えられそうにない。何せ、暁は此処をもうすでに現実だと認識している。


 戦うという事は、殺し、殺されるという事だ。


 トワラの頼みなら、一も二も無く頷いただろう。けれど、目の前の少女はトワラであってトワラではない。そんな彼女のために容易く命を危険にさらす事など、出来ようはずも無かった。


「……少し、考えさせてほしい」


「分かりました。ですが、帝国もあまり長くは待ってくれないでしょう。逃げるにしろ、戦うにしろ、ご決断はお早めに」


 それだけ言って、トワラは独房を出て行った。


 そこに何の感慨も無く、事務連絡が終わったから席を外した程度の感情しか無い。


 話せば話すほど、自分の知ってるトワラとの差異が目立ち、そのたびに落胆する。


 トワラの誇れる自分でいるために戦った。トワラは困っている人を放っておけない優しい人だったから、暁もそれに倣いたいと思った。


 この|巨大移動旅団機(キャラバン)の人達は困っている。それは、分かっている。トワラの事が無ければ、迷いながらも頷いただろう。誰かを助ける事を、トワラは望んでいたから。


 けれど、この世界のトワラの存在が頷くのを邪魔する。


 理由は分かってる。自分でも情けないくらいの理由だ。


 またトワラを失うのが怖いのだ。あの時、ミラバルタ防衛線で、暁は敵の大将機を撃破した。けれど、王都は崩壊し、トワラも帰らぬ人となった。


 あの時の事を思い出すと今でも身が竦む。


 また、護れなかったら……また、死なせてしまったら……。


 トワラが大事だからこそ、例え自分の知るトワラじゃ無かったとしても、トワラを護りたいという気持ちが消えた訳では無いのだ。その炎が未だに燻っているからこそ、また同じ失敗をした時が酷く恐ろしい。


 けれど、このままにも出来ないのはまた事実だ。


「どうすれば……」


 頭を抱えて悩んでいると、ふと視線を感じた。


「おわっ!?」


 視線の方に目をやれば、そこには扉から目だけを覗かせて、暁の方をじっと見つめている二人の子供の姿があった。


「こ、子供……?」


 なんで? この|巨大移動旅団機(キャラバン)は商業艦に偽装した戦艦じゃ……。


 暁が子供達の突然の登場に動揺していると、子供達は扉から独房に入ってきて遠慮も警戒も無く暁に近付いて来た。


 目元だけしか覗いていなかったので分からなかったけれど、二人は顔が瓜二つの少女だった。しいて違いを上げるとすれば、二人は髪型が違った。


 活発そうな表情の少女はツーサイドアップで、寡黙そうな表情の少女はカントリースタイルだ。


「ねぇ、ガレージにあるあのオレンジ色のロボットってお兄ちゃんの?」


 ツーサイドアップの少女が無邪気に暁に問いかける。


「オレンジ色……」


 ミラバルタの機体、サンサノーズは橙色だ。そして、暁の乗る|叛逆(リベリオン)は赤みがかった橙色が入っている。基調としているのは黒であり、アクセントで白と橙色が入っている。


 基調の色の違いがあるとは言え、どちらにも彼女の言うオレンジ色は入っている。


「えっと……黒とオレンジの機体なら、俺の……」


 俺の機体だ。そう言おうとしたけれど、果たしてそうなのかと考える。この世界に自分が来たからと言って、|叛逆(リベリオン)までも自分が使っていた機体のままという訳でも無いだろう。


 いや、けれど……そう考えるのであれば、少しだけおかしな点がある。


 暁がゲームで使っていた|叛逆(リベリオン)は元々黒と白のみでカラーリングされた機体だった。それを、暁がトワラを象徴する夕焼け色に塗り直したのだ。


 もし|叛逆(リベリオン)がこの世界のものであり、暁の使っていたものでは無いのであったら、夕焼け色を使っている事がおかしいのだ。


 もしかしたらまったく同じカラーリングをした誰かがいるのかもしれないけれど、寸分たがわず同じ色で被る事などあるのだろうか?


 ……一応、確認しておかなければいけないだろう。


 暁には知らない事が多すぎる。あれが本当に暁の知る|叛逆(リベリオン)なのかどうかをちゃんと見て、この世界の事をもっと知る必要が在る。せっかく時間を貰ったのだ。答えを出すために知るべきことは知るべきだろう。


 それに、じっとしているとうじうじとトワラの事ばかり考えてしまう。少し、別の事を考える時間が欲しい。


「なぁ」


「ん、なぁに?」


 ツーサイドアップの少女が小首を傾げれば、カントリースタイルの少女は反対側に小首を傾げる。


「ちょっと、ガレージに連れて行ってくれないかな?」


「うん、良いよ!」


「こっち」


 暁の言葉に、二人は二つ返事で頷いて、暁の手を取る。


 そんなに簡単に案内しても良いのだろうかと思いながらも、暁は少女達に手を引かれながらガレージに向かった。

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Iron:Mercenarise 槻白倫 @tukisiro

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