第3話 シリーズ・リベリオン

「う……ぐっ……」


 眉間を突き抜けるような頭痛に苛まれながら、暁は目を覚ます。


「な、んだ……此処……」


 頭痛に顔を|顰(しか)めながらも、暁は目に入ってきた情報を処理しようと必死に頭を働かせる。


 広々とした空間。その中央に何やら大きな機械に繋がれた椅子が玉座のように鎮座していた。


 ケーブルにモニター、何かを入力する装置に、冗談みたいに大きなレバー。


 子供向け特撮番組の悪の組織の洗脳装置を彷彿とさせる椅子に、何故だか暁は座らされていたのだ。


 頭に付けられていたヘッドセットを外し、椅子から立ち上がる。


 未だに頭は痛むけれど、動かない事にはどうしようもない。周囲を見渡しながら、この場所の出口を探す。


「本当になんなんだ、此処……」


 疑問を抱きながらも、とりあえず真っ直ぐ進んで壁まで到着する。壁には、『日』の字を横にしたように直線的に亀裂が入っており、その横にはスイッチが着いていた。


「扉、だよな……」


 言いながら、横にあるスイッチを押す。そうすれば、すっと目の前の壁が横にスライドして出入り口を即座に作った。


 出入り口から顔を出し、周囲の安全を確認した後、暁は謎の部屋から出た。


「なんか、アイアンみたいだけど……」


 歩きながら、暁は此処がどこなのかを必死に考える。


 建物や扉の開閉のギミックはアイアンの世界観の物と似ている。というか、まったく同じである。


「どうなってるんだ……」


 困惑しながら施設内を練り歩けば、先程と同じような扉があった。


 先程と同じように扉を開ければ、景色は一変した。


「外だ」


 今度は室内ではなく、外に出る事が出来た。


 外に出て、施設を振り返って見る。


 それなりに大きい外観をしているのかと思ったけれど、施設の外観は確認できず、大きな岩山が|聳(そび)え立つばかりだった。


「岩山でカモフラージュって……なんて典型的な……」


 そんな感想を漏らしながら、改めて外の景色に目を向けてみる。


 暁の視界に広がるのは、荒れた大地、乱立する大小様々な岩山。草木は申し分程度しか生えておらず、水源は見当たらない。


「本当に、何処に来ちゃったんだ、俺……」


 アイアンゲームの中で同じようなステージはあった。けれど、ゲームの中よりも今五感が感じている情報はリアルだ。


 砂埃の匂い。地面の感触。からっと乾いた風。どれも、ゲームでの最限度を超えている。


 ゲーム内のシステムコマンドを行ってみても、システムウィンドウは表示され無いし、何の気兼ねなく戦う事の出来るステージである荒野はプレイヤーに人気のスポットであるにもかかわらず人の姿は微塵も無い。


 完全に手詰まり状態である。


「ひとまず、中を探索してみるか」


 他に暁に取れる選択肢は無い。


 いったん施設の中に戻り、来た道を戻ってみる。


 暁が進んだ道以外にも、施設内には道が広がっており、先程は通らなかった道を通ってみる。


 興味の赴くまま、暁は施設内を散策してみた。


 缶詰などの保存食が入った食糧庫に、ベッドなどが置かれた私室・・。お風呂にトイレなど、普通に生活できるだけの設備は整っていた。


 何が出来るか分からないうちは、暫くの間逗留とうりゅうするのも選択肢の一つだろう。


 その他には、暁には理解不能な機械群からなる電算室のような部屋に、よくロボット物のアニメで見る様な管制室のような部屋。その他乱雑に物が置かれた倉庫などを含めて、そこそこの数の部屋が確認できた。


「なんか、やんごとない施設のような気がしてきたぞ……」


 施設内には階段もあったけれど、どうやら暁が最初にいた階が最上階だったらしく、階段は下へと続いていた。


 下へ下へ降りて行って、最下層にたどり着いた暁は、次は何だろうなと不安半分期待半分に扉を開ける。


「……これって」


 暁の入った部屋は、部屋というよりは大型の倉庫のようだった。


 その倉庫の中には、巨大な武器やらパーツやらが置かれており、現実では見た事が無いはずなのに、暁にとってはとても馴染み深い光景だった。


 下へと広がる空間を、階段を早歩き気味に降りる。


 倉庫の中には巨大な武器やパーツがある。そして、そんなものが在るのだから、当然、それを扱う者・・・・・・がいなくてはおかしい。


機体トルーパー……」


 機体トルーパーとは、アイアンでの機体の総称である。そこから派生して様々な名前の機体があるのだけれど、今は割愛しよう。


 今、暁の目の前にはまごう事無く機体トルーパーが屹立しているのだ。それも、暁の良く知る機体だ。


叛逆の七機シリーズ・リベリオン。しかも、看板機『叛逆リベリオン』じゃないか……!」


 暁は感激したように機体トルーパー――リベリオンに駆け寄る。


 叛逆の七機シリーズ・リベリオンとは、アイアンの世界に存在する機体シリーズの名前だ。


 シリーズタイトルの名を冠する看板機『叛逆リベリオン』から始まり、『自由フリーダム』『栄光グローリー』『真実トゥルー』『宿業カルマ』『犠牲サクリファイス』『偽善プリテンド』の七機が存在する。


 しかし、アイアン実装当初から存在するために、現状では型落ち機であり、また、その操作性の難しさから、叛逆の七機シリーズ・リベリオンを使う者は数少ない。


 そして、叛逆の七機シリーズ・リベリオンはゲーム内に一機しか存在せず、一人のプレイヤーしか所持が出来ない。


 『叛逆リベリオン』『偽善プリテンド』『真実トゥルー』は所有者がおり、その所有者は使い手・・・でもあるのだけれど、他四機は記念機として各国の富豪が所有しているだけとなっていた。


 叛逆の七機シリーズ・リベリオンを使うくらいなら、他の量産機や|改造(カスタム)機を使った方が良いと言われているくらいには、操縦は至難の業なのだ。


 反面、型落ち機であるにも関わらずその性能は高く、使いこなせれば最高峰の戦力になる事は間違いない。現に、使い手のいる三機の内一機が出ただけで、劣勢だった戦況が優勢になった戦いが幾つもあった。


 神のような……とまでは行かないけれど、叛逆の七機シリーズ・リベリオンは言わば伝説の機体なのだ。


 そんな事もあり、暁は感激をしている……という訳では無い。


「はぁ……こんなところで会えるなんて、流石俺の相棒・・だ」


 ぺたぺたと叛逆リベリオンの脚を触りながら、自分の大好きな機体を目の前にしてうっとりとしてしまっている暁。


 叛逆の七機シリーズ・リベリオンの使い手がいるのは『叛逆』『偽善』『真実』の三機だけだ。そう『叛逆』にも使い手がおり、『叛逆』を相棒と呼ぶ暁こそが『叛逆』の使い手なのだ。


「でも……ここまで来ると、本当にアイアンみたいだ……」


 自分の機体を見て、しみじみ思う暁。


 暁は周囲を見回してから、操縦席に乗るための階段を駆け上がり、慣れた手付きで『叛逆』のキャノピを上げて操縦席に乗り込む。


「開け方は同じ……それに、この座り心地……」


 操縦席のクッションの感触が背中とお尻に返ってくる。柔らかすぎず、硬すぎず、微妙な座り心地の操縦席。ゲームの中であれば、座っているという感触はあったけれど、これほどまで精密な物質情報は感じられなかった。


「やっぱり、やけにリアルだ……システムウィンドウも出ないし、もしかして……」


 現実、なのでは無いだろうか。そう考えていたその時、機体のスピーカーから聞きなれた警報が鳴り響く。


「――っ!? っが、いったぁ……」


 まさか鳴るとは思っていなかったので、思わず身を跳ねさせて驚いてしまう暁。


 ぶつけてしまった足をさすりながら、暁は『警報alert』と表示されたディスプレイを見る。


 慣れた手付きで『警報』をタッチ。そうすれば映像が映し出される。


「場所は荒野……警報アラート鳴ったって事は、この施設の近くって事だよな?」


 この施設から撮影しているのだろうか。映し出されている映像の中で動いている者達は小さく映り込んでいる。


「大きさ的に機体トルーパーだよな? ……この距離じゃ、機体の種類までは分からないか……」


 けれど、何処か見覚えのあるカラーリングだ。


 ディスプレイに映っている機体は全部で十機。その全てが、一様に同じ方向に攻撃を仕掛けている。


 画面をスクロールし、彼等が攻撃している物を映し出す。


「――ッ!! 巨大移動旅団機キャラバンじゃないか!!」


 巨大移動旅団機キャラバンとは、簡単に言えば超巨大な戦艦だ。巨大移動旅団機キャラバンはその国の重鎮や軍部が所持、使用をしている事が多いけれど、大多数の人員の移動と物資の輸送が出来るという点で、承認が小規模、中規模の巨大移動旅団機キャラバンを使用する事もある。そのため、一概に軍事用という訳では無い。


 しかし、ディスプレイに映し出されている巨大移動旅団機キャラバンは見るからに商人が使うタイプだ。最低限の防衛装置は着いているだろう。けれど、行商に関係の無い荷物を乗せる事を承認は嫌う。なにせ、その重さは一円の価値も無いのだから。


 ゲームではそうだった。此処が、リアルなのか、ゲームなのかは分からない。


 この後、あの巨大移動旅団機キャラバンは反撃をするのかもしれない。けれど……。


『アカツキは凄いですね。助けたいと思ったらすぐに手が伸びる。アカツキのそういう所、私はとても誇りに思います』


 にこりと、記憶の中のトワラが微笑む。


 トワラはいない。戦う理由は、もうアカツキには無い。


 けれど、此処で見て見ぬふりをする事を、彼の愛した日々が許してはくれない。


「……俺は、トワラの誇れる人間でありたい」


 だから、腹はもう決まっているのだ。


 操縦席内につるしてあった鍵を取り、鍵穴に差し込む。そして、鍵穴横のスイッチを押す。


 低い音を立て、叛逆リベリオンが起動する。


「各種計器異常無し。各部位異常無し。システム、オールグリーン」


 空気が振動する。こんな振動は、ゲームには無かった。やはり、これは現実なのかもしれない。


「……関係無い」


 現実だろうが、ゲームだろうが、関係無い。この機体を動かせる。この機体は動く。戦い方を知っている。助ける事が出来る。それだけ分かっていれば、問題は無い。


「いつも通りだ。いつも通りやれば良い」


 あぁ、けれど、やはり少し怖い。自身の考えの成否の分からぬまま動くのは、とても恐ろしいものだ。


 それでも進むことを選ぶのは、トワラの誇りを汚したく無いから。


「こいつが入ってるって事は、出口もあるって事だろ……」


 キャノピを閉め、暁は周囲を見渡す。


 暁が入ってきた入り口とは反対側に出撃ゲートと思しき箇所がある。


 外から動かしてくれる人もいないので、丁寧に操縦席に乗り込むための道をどかし、出撃ゲートのハッチを開ける。


「武装は……大剣一本と、ハンドガンが一丁だけ……ばりばり初期装備じゃ無いか」


 暁が普段使っている武装とは大きく異なる。けれど、問題は無い。得物の種別は同じようなものだ。それに、斬って叩き潰す事を考えるだけなのはありがたい。いつもの武装は少しだけ・・・・繊細さを要求される。初出撃でそこまで気を配れる自信が無い。


 出撃ゲートが開き切る前に、周囲を見渡し、目に入った短機関銃を掴み、マガジンを三つ機体に装着する。


 ひとまず、これで良い。不十分だけれど、準備は出来た。


 出撃ゲートが開く。


 目の前に広がるのは広大な荒野。そして運の良い事に、ゲートから例の映像の場所までは一直線だ。


 最近はアイアンにログインしていなかった。だから、操縦桿を握るのだって久しぶりだ。癖の強い叛逆リベリオンを操るのに、そのブランクは痛手になる。


 あぁ、けれど、何故だろう。


 しっくりくる操縦桿の握り。アクセルペダルの位置。何も分からない事態だと言うのに、こんなに心は落ち着いている。


 不思議と、失敗する気はしない。


「さて、出撃前の典型文テンプレと行きますか……」


 操縦桿を握りこむ。思考を、戦いへと切り替える。


叛逆リベリオン、アカツキ。行きます!!」


 アクセルを踏み込む。


 ゲームよりも重い。けれど、想定外ではない。


 叛逆リベリオンは荒野を駆ける。


 何が起こるのか、何が起こっているのかは分からない。けれど、今はトワラが信じた誇りのために。

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