実は仲いい説


「大丈夫か! ヒメリ!」

「クロノさん、スピカちゃんも!」


 二人が潜伏スキルを解いてこちらを見返していた。スピカは苦虫を噛んだように歯を食い縛り身構えているが、対照的にクロノは陶然とカリストを見ていた。


「なんで、お前がここに――」


 カリストは棒立ちで自分を見てくるクロノに目を留めると、オーグアイを起動する。


「なんだお前?」


 名前を見ても思い当たるものがなかったのだろう。怪訝な顔で聞き返す。すると、クロノは答えずに右手を頭より高く上げてなにやら動かし始めた。


「……なにしてんですか? 腕をうにょうにょして」


 動きの意図がわからずヒメリが訊くも、彼はその動きを無言で続けた。

 カリストも奇妙な動きをするクロノに呆れ顔だ。


「何の真似だ。そりゃあ?」

「もう忘れたのか? 俺たちだけの挨拶を」


 カリストはすぐにハッとした顔になった。


「今のは、昔俺が考えたハイタッチ……? 完全に再現できるやつは一人しかいないはず……。お前まさか、ほっぺたなのか――?」

「久しぶりだな。クツシタ」

「あれハイタッチだったんだ……」


 うにょうにょしていたのは一人でそれをやってみせていただけらしい。


「辞めたとばっかり思ってたぜ、ほっぺた。街でお前の名前を見なくなったからな。まさか名前を変えて生きていたとはな」

「お互い様だぜ、クツシタ。それにわかってるだろ? ウルスラインは俺たちのような人間には離れがたい……。どんなことになっても、引退するのはウルスラインが終わるときだってな」

「へっ、よくわかってるじゃねえか。変わってねえみたいで安心したぜ」


 二人が笑い合い互いに久闊を叙している間に、ヒメリはそそくさとスピカの後ろに移動した。

 それを確認すると、クロノは声を低くする。


「お前は変わっちまったみたいだけどな」

「ああ?」


 懐かしむ顔から敵と相対する顔へ変化したクロノに気づいたカリストも目つきを強める。


「カリストだな? ヒメリに何をしようとしていたのか、洗いざらい白状してもらおうか」


 スピカに言われて、カリストは彼女にもオーグアイを向けすぐに気づいた。


「スピカ・シュピーゲル。アドミニスタか!」


 大きな舌打ちを叩いてカリストは一歩下がって身構える。


「おっと、他のアドミニスタを呼ぶんじゃねえぞ。警告しておくが、俺はスティグマクラスを持っている」

「そんな態度を取るということは、自分が何をしているか身に覚えがあるということだな」


 互いに不敵な笑みで牽制しあうカリストとスピカ。

 脇に立つクロノの表情は暗く沈んでいた。


「どうしちゃったんだよ、クツシタ。昔のお前は人のものを横取りするようなやつじゃなかっただろ」


 クロノの憐憫の目が気に障ったか、カリストは吐き捨てるように舌打ちをして唸る。


「なんで今になって俺の前に出て来た? もしや、今さらあれを取り返しにでも来たっていうのか? 何年前の話だと思ってんだ?」

「何年経ったかなんて関係ない……。俺たちの心は、表面は治ってんのに核みてーに中に芯が残ってるにきびの跡みたく、ふとしたときに思い出して苦くなるんだ」

「治った後のにきび……?」


 ぴんときていないヒメリとは真逆に、カリストはクロノの喩えに触発されたのか、左の口角を上げ不敵な鋭い笑みで見返した。


「藪をつつこうってのか、ほっぺた。出てくるのは蛇じゃなくて龍だぜ。俺に楯突いて無事に済むと思うなよ。大厄震の後じゃ、後悔もできなくなるかもしれないぜ?」


 対してクロノは物怖じしない真っ直ぐな赤色の眼で睨み返す。


「化けの皮を脱がしてやるよ、クツシタ。お前が初心者を騙して搾取していることはもう判ってるんだ」


 真剣ににらみ合う二人。だがヒメリは気が散ってしかたがなかった。


「もう! 名前のせいで! 真剣味が削がれる! 大事な話なのに! 因縁深そうなのに!」


 頭を抱え叫ぶのを我慢できなかったヒメリだった。


「化けの皮は剥がすんでしょ! 脱がしてどうするの! 意味合い的には微妙に合ってそうだけど! それがなんかやだ! 丁寧か!」


 ヒメリの後方からの悲鳴はどこ吹く風で、男二人は同時ににやりと笑う。


「へっ、靴下と化けの皮を掛けてきたのか。なかなかやるじゃねえの。脱がすとはお人好しなお前らしいな。だがそのお人好しが命取りになるぜ」

「フッ。お前には負けるよ。ほっぺたも藪もつつきたくなるもんな。しかも、〈地脈の龍〉に掛けて『藪をつついて蛇を出す』ということわざを拡大して表現する高等技術。恐れ入ったよ」

「わざとだった! 何なのこの二人!?」


 スピカは無言のままだがその眼差しの輝きが「ソウタすごい」と絶賛しているのは明らかだった。


「全く相変わらずだな。だけどな、これは俺んだ。手放す気なんてねえ」

「どうしてだ、クツシタ。俺たちは上手くやってた。お前があんなことを起こさなきゃ、いつか自分のレアアイテムだって取れたはずだ。そんなに順番を待つのが嫌だったのか?」


 その言い方は、どちらかと言えばアイテムが無くなったことよりも、仲間として接していたカリストがいなくなったことに喪失感を感じているようだった。

 その彼を、カリストは鼻で笑う。


「俺をガキみてえに言うんじゃねえ。俺がたかがアイテム狙いでいなくなったと思ってんのか」

「……違うのか?」

「ネットじゃ散々取り逃げだの詐欺だの言われたけどな。俺は、俺の当然の権利としてこいつを貰っただけだ。だけどな、それもどうでもいいんだよ。そんなことは俺が受けた屈辱を考えたら些細なもんだ」

「じゃあ、なぜあんなことを……」

「俺はな! ずっと気に入らなかったんだよ! ほっぺた! てめーのことが!」


 突きつけられる言葉と指は、クロノにとって少なからずショックだったようだ。


「俺、お前に、何かしたか……?」

「〈地脈の龍〉のときだってそうだ! 俺が完全な策で待ち構えてんのに、結局お前が一人で手柄を全部持って行きやがった。あんなもん、俺だってできたんだ! お前じゃなくたってな!」

「あのときはたまたま隙ができて前に出るのが俺しかいなかっただけで、別にクツシタが――」

「それだけじゃねえ!」


 憤怒が込められた叫声に、クロノも気圧され押し黙る。


「俺が提案した作戦も、全部後から言い出してきたお前の策の方が採用される。俺の方が効率が良いっつってんのに、なんでいつも回りくどいお前の案が優先される!! そんな頭悪い作戦を考えるお前も! それを採用するリーグの奴らも! 全員気に入らなかったんだ!」

「……それはお前の作戦が未熟だったからだ。誰かの犠牲を前提にした特攻作戦なんて、アリスが採用するわけないだろ」

「うっせえ! 甘いんだよ、言うことがいちいち!」


 クロノに強く反発するカリストだが、言い返した後に、ふと思い出したようににやりと笑う。


「それにな、俺は知ってるんだよ。お前が〈アレハカタブラ〉を抜けた本当の理由を」

「――――!」


 クロノが言葉を詰まらせ、息を呑んだ。




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