ほっぺたと決意
「――それで、一人でついていっちゃった純粋な友達を探すために走り回ったら足の裏が真っ黒になっちゃって。見つけた後に駅員さんに謝りに行ったらすごい怒られちゃって。しかもその後、学校で人間GPSなんて言われちゃってー。しかも、駅の中を全力疾走してたのを誰かが撮ってたらしいんですよね」
後日友人から教えられたSNSには、「『駅をかける少女』いたw」とタイトルがつけられた動画がアップされていた。顔は隠れていたので放っておくことにしたが。
「もー散々でした。何事もなくて良かったんですけどね。でもひどいと思いません? だからそのリーグに誘われたときも似たようなチャラい空気を感じて、咄嗟に断っちゃったんです」
ヒメリが事件の一部をかいつまんで話し終え、呆れるように手を振ると、
「やめよっか。この話」
クロノがなぜか冷や汗を垂らしながらゲンド○ポーズで手を組んでそう言ってきた。
「なんでっ!?」
「悪いことは言わない。ヒメリ、その話は胸にしまっておいてくれ。大丈夫。本当に辛くて堪えられなくなったときは、わたしがちゃんと話を聞いてあげるから」
「スピカちゃんまで!?」
なぜか引いているクロノと同情的なスピカにショックを受けて見返していると、
「ヒメリちゃん」
「あ、は、はいっ」
アリスから呼び止められて、慌てて返事をする。
「ウェスナとラトオリ、そして私のいるラトオリギルドリーグが、一体となってカリストを捕まえることに全員の同意を得たわ。これからは街とリーグの垣根を越えて、大厄震以後初の二街間対策室を開くことになる。ヒメリちゃんの情報が決め手になってね」
「なんだかすごい展開になってきちゃいましたね。あはは……」
ラトオリに来て初日ですごい巻き込まれようだ。ヒメリは腰が引けて乾いた笑いが零れ出る。
対照的にアリスはこれぞ天啓だったとでも言うように、その巨軀を折り曲げ恭しく頭を下げてきた。
「ありがとう。あなたのおかげで、私が過去に残してきた大きな蟠りにも決着をつけられるかもしれないわ」
アリスとて、その内心はいまだ燻っていたのだ。
普段の優しげな顔のわずかな間に浮かんだ凄絶な笑みに、ヒメリは自分が睨まれたような威圧感すら感じて軽く背を逸らす。
「因縁のある相手が大厄震後もまだこの世界にいる……。しかもそのアイテムを使ってあくどいことをしているなんて。昔とはいえ仲間だった人からしたら、複雑な気持ちですよね……」
「だろうな。ソウタも知ってるんだろう? カリスト――奴のことを」
スピカの問いに、クロノも神妙な面持ちで頷いた。
「ああ。名前が変わっていたから誰もまだあいつがゲーム内にいるって気づかなかったんだ。忘れもしない。俺たちを裏切り、姿をくらませ、借りパクで俺たちの信頼を無下にしたあいつを、俺は許すことはできない」
彼もまた当時の怒りを思い出したのか、次第に語気が荒くなっていく。
「そうか……ではソウタ、教えてくれ。当時の、奴の名を」
机の上で両手を組んだままで、クロノは其の名を呼んだ。
「ああ……――奴の昔の名を、クツシタ・ダイスキという」
「――ぶっ」
「誰だ今笑ったの」
クロノの咎める声に、ヒメリはすぐに顔を背けて誤魔化した。わかりやすすぎる逃げ方に自分の失態を呪ったが、すぐに安堵する。
大丈夫。他にも顔を背けてる人いた。
こほん、と気を取り直して、ヒメリは彼に尋ねた。
「参考までに、その当時のクロノさんの名前も教えてくれませんか?」
「え、なんで……?」
「そりゃもちろん当時の詳細な関係性を知っておくことで敵のことやらなんやら不意を衝かれないように準備を整えておくため、というかぶっちゃけ好奇心です」
咄嗟にこねくり回した屁理屈をすっ飛ばして正直に言った。
他の面々も犯人に繋がる情報ならなんでも欲しいのだろう。あるいは当時〈地脈の龍〉を得るために一人でモンスターを仕留めた凄腕の少年への興味か。ヒメリの質問に追随するように、静かにクロノに注意を向けていた。
「……ふ、フワフワ・ホッペタ」
その圧力に屈したのだろう。クロノは正直に言った。
「…………」
一同がシンとする中で、ヒメリが代表して彼に訊いた。
「なんですか。女の子のふわふわのほっぺが好きなんですか」
「ちげーよ! なんとなく思いつきでつけたんだよ! リアルネーム系じゃないのにしたかったから! なんか親近感の出せる可愛いっぽい名前だと思ったんだよ! そのときは! ぱぴぷぺぽの音を使うと印象が柔らかくなるって言うだろ! それだよ!」
やたら早口でまくし立てるクロノだった。
「絶対方向性とか諸々含めて間違ってると思いますけど」
「ああもう、だから当時みんなに言いふらさないように頼んだのに!」
「ああ、それで有名になってないことをいいことに犯人に利用されたんですね」
「くっそくっそ昔の名前を曝すとか何の羞恥プレイだよ! いーじゃん、アバターネームなんだから自由につけたって!」
レアアイテムを取得したときのあの逸話があまり広まっていなかったのは、彼の昔の名前が原因だったらしい。
クロノが自業自得の羞恥に叫び倒すと、賛同の声を上げ始めたのはアリスの従者たちだ。
「いや、わかる。わかるぜ。つつきたくなるよな」
「いいよな。ふわふわのほっぺた」
「スピカさんみたいなな」
男どもが賛同しあい始めると、
「「ああん?」」
アリスとヒメリの威圧で呆気なく黙り込んだ。
「はっ、そうか。そんなときからソウタはわたしを……!?」
「クロノさんのその名前、スピカちゃんと知り合う前の話ですよね!?」
ふわふわほっぺに手を当てて顔を赤らめるスピカに、ヒメリも一応ツッコんでおく。
「一度整理しましょう」
アリスが仕切り直すように咳払いする。促されてグラマー副議長が続けた。
「カリストが運営しているリーグは警戒心が高く、アドミニスタの人間ではまず近付くことができません。それはこれまでの調査で実績を上げられていないことから残念ながら事実。オーグアイで名前とレベルを調べられる以上、彼らの標的である初心者の偽装も不可能です」
「ウェスナはゲームを始めた初心者が足を踏み入れる第一の街だが、広い上に大厄震の後は比較的安全なあの街に滞在する人も多い。簡単には見つけ出せないぞ」
「どうにかして誘き出したいが……」
「さっきも話があっただろう。向こうはオーグアイでこっちの情報が丸わかりだ。ギルドやアドミニスタの名前なんて知れ渡ってるからな。見られた時点で姿を眩まされると思っておいた方がいい」
「どうする? いっそウェスナを包囲してしらみつぶしに探すか」
「案外アリかもな。ウェスナとラトオリ、双方のアドミニスタとギルドは見つからないように隠れつつ、他に協力を頼めるプレイヤーに集まって貰えば、不可能じゃない」
「いや、外部に協力を依頼するとなると、情報漏洩が怖い上に買収も容易だ。警戒されて他の街に逃げられたら元も子もなくなる。こっちは相手の全容すら掴めていないんだぞ。潰すのはここにいるメンバーだけで完遂するべきだ」
「アドミニスタリーグが発足してまだ日も浅い。いきなり部外者に大々的に犯人の確保をお願いするなんて醜態が知れたら、アドミニスタの威信がなくなる」
「そうは言っても、他にどうしろっていうんだ? ここにいる面子は顔が割れてるって考えた方がいいんだろ?」
「それはそうだが、しかし――」
再度白熱していく会議。他方では語気を荒げ、他方では思い悩むように頭を抱えている。
重鎮たちは更なるアイデアを欲したのか、若いとはいえプレイヤーとしては凄腕のクロノやスピカにも意見を求めるようになっていた。二人もそれに応えるべく、席を立って各々議論の輪に入り込んでいく。
会議はヒメリを置き去りにして熱を増していった。
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