第14話 無謀な誓い
「はあっ」
「くっ」
地面を滑るようにして勢いを殺した宵は、再び建物の柱を踏み台にして跳び、温羅の頭上を捉えた。間一髪でそれを躱すと、温羅は剣撃を繰り出した。
それは赤い水の激流のように放たれ、宵をかばおうと前に出た
「――かはっ」
崩れ落ちかけていた住居の壁を突き破り、晨は叩きつけられる。しかしそこで倒れることなく、彼はしっかりと床を踏み締めた。
「やるじゃねえか。流石は、始祖の血だと言っておこうか」
「……始祖の血族だと知っていて、挑んでいるわけか」
「当然だろう。鬼の温羅といやあ、こっちの界隈では有名だ」
晨は不敵な笑みを見せると、手にしている剣を突きの姿勢で構え、飛び出す。
それを大蛇が弾き返し、跳び上がって上空から一閃を落とす。凄まじい勢いで放たれるそれを、晨は自らの剣撃で迎え撃った。
否、撃とうとした。その邪魔が入らなければ。
「晨、宵!」
「「……五十鈴」」
晨と
「この人たちは、わたしの恩人。……どうして、誰彼構わず攻撃するの!?」
「それは、あいつらがお……」
「鬼だから? この人たちは、堕鬼人からわたしたちを守ってくれたのに?」
五十鈴の語気に圧され、二人は顔を見合わせた。彼女の剣幕に温羅と大蛇も苦笑いするしかない。
どちらにしろ、五十鈴のお蔭で本気の戦いは避けられた。
「……それについては、おれたちが悪かった。けど」
「けど?」
素直に謝罪した双子だったが、ちらりと互いを見やった。そしてまだ機嫌の直り切らない五十鈴に二人して怒声を浴びせる。
「「戦いに突然突っ込んで来るな、この阿保が!」」
「……う、ごめんなさい」
そうしないと、どちらかが死ぬまで戦うでしょ。小さくなりながらも五十鈴にそう反論され、今度は双子が困り顔になる番だった。その通りなのだから。
「と、兎に角。おれたちとそいつらは敵同士だ」
「次会った時、必ず鬼を殺してやるからな」
「……やってみろよ」
双子の言葉に、
「俺は、それまでに強くなる。絶対、殺されなんかしない。そして――」
自らに問うた疑問を、その解を手に入れる。
「――
そうすれば、双子が堕鬼人を殺し続ける必要はない。
阿曽の宣言に、晨と宵は心底驚いた顔をした。当然だ。堕鬼人は息根を止めることでしか倒れない。死という安寧をもたらすことは出来ない。その定説を覆そうという無謀な誓いを立てたのだから。
「そんなことが出来れば、おれたちはお役御免だな」
「堕鬼人には死以外の救いはない。覆せると豪語するなら、楽しみにしてやるよ」
その言葉を最後に村を去ろうとする双子に、温羅が問う。
「……最後に聞こう。あの時の男は何処へやった?」
「あの時? ああ、成鬼人の女に殺されかけたあの男か」
晨が思い出し、鼻で笑う。
「黄泉の国だ。あの方に預け、処遇はお任せした」
「あの方……?」
それ以上答える気はないのか、晨は宵と共に夜の中に消えた。
「温羅、阿曽」
「驚いたが、なんともないか?」
大蛇と須佐男が阿曽と温羅のもとへと駆け寄って来た。そして、五十鈴も歩み寄って来る。彼女は四人を目の前にすると頭を深く下げた。
「ごめんなさい、皆さんを危険な目に合わせて」
「五十鈴、顔を上げてくれ。別にお前が悪いわけじゃないだろう?」
「そうですけど……。あの二人、次会った時は殺すだなんて。昔は、あんなこと言う人たちじゃなかったのに」
悔しげに拳を握り締める五十鈴は、ふと顔を上げて周りを見渡した。村だった空間には、今や焦げたにおいと倒れた家々の材がはびこっていた。堕鬼人に殺された人や傷つけられた人もいるらしい。いつの間にか、村長が人々に指示を出して復興作業に
「わたしも手伝わないと」
「あ、俺も……」
手伝おうと名乗りを上げかけた阿曽に、五十鈴は首を横に振った。
「いいえ。あなたたちには、先に進んですべきことがあるでしょう? わたしたちは、そんなにやわじゃない。次に阿曽たちが来る時までに、以前の村以上の場所にしてみせる」
「……楽しみに、してますよ。五十鈴さん」
夜が明けかけている。大きく手を振る五十鈴に村の境界で見送られ、阿曽たちは
完全に夜が明け、日の光が降り注ぐ。阿曽たちは朝ご飯にしようと木陰に腰を下ろした。
「そういえば阿曽、なかなか凄いことを言い放ってたな」
「あ……そう、ですね」
にやにやと笑う須佐男に話を振られ、阿曽は気まずい思いを抱えて目を逸らした。須佐男たちは、堕鬼人を創り出す何かを倒すために戦う旅をしているのだ。阿曽の勝手な発言が、何か不都合を生み出しはしないかとはらはらしていたのだ。
「あれ、良いと思うぞ」
「え?」
だからこそ、須佐男の言葉に拍子抜けした。須佐男に同意した温羅と
「堕鬼人がいなくなり、更に彼らを救うことが出来れば一石二鳥どころの話ではないからね」
「うん。ぼくたちの目的に、少し違う方向性が加わるだけのことだ」
「須佐男さん、温羅さん、大蛇さん……」
てっきり何かしら反対されると思っていた阿曽は、ほっと胸を撫で下ろした。そして、「実は三人に頼みたいことがあって」と切り出す。
「俺に、剣を教えてもらえませんか?」
もう、三人に守ってもらうだけでは、いけないのだ。自分も己の身を守り、誰かを助けられなければならない。何も出来ない臆病者では、もういたくなかった。
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