終わりと始まり

〜5.終わりと始まり〜



 ──豪雨は数多の血の匂いすら流し去って、翌朝はよく晴れた。

 ジェイと二人でセレス集落の皆と、部隊の皆とを埋めて、墓を作った。


 僕一人でやらせてくれと言ったら、物凄い形相で睨まれて。

 その後はただただ、無言の時間──。


「……」


 ──簡素な木組みの十字の墓が並ぶ緑の丘に、ジェイは青の花束を置いた。

 静かに手を離すと、少し離れた所まで下がり、立ったまま少しの間目を閉じる。


 アズロは祈りも、心中で祈ることも為さずにジェイを見守り、踵を返した。

 ……自分に祈る資格など、無いと思ったから。


 そうして、一歩、二歩、踏み出した、その時──



 一瞬、だった。



 黒紫の光がゆらめいたと思った、刹那。


 轟音とともに、一瞬にしてセレスの外の──辺りの風景が、灰色に変わっていた。


「──な」

「……何……が」


 ジェイとアズロはただ虚空を見つめたまま、今だ緑色を保っているセレス集落の隅に、立ち尽くして……。


 だから、この時は気付けなかった。


「──イエローカード、だね」


 アズロの首筋に突き付けられた短剣と、淡い紫の髪。

 得体の知れない凄まじい殺気を発する何者かが、潜んでいた、ことに──。


「やほ。僕はエイシア、キミはアズロ君だね? そっちのキミは──ジェラルド君か」


 なおも短剣を突き付けつつ、満面の笑みをアズロとジェイに向けたのは、十四、五ほどの、少年とも少女とも言えないくらいの……おそらくは少女、だった。


 淡い紫の髪に、同色の瞳。

 アズロが知る限りでは、見たことのない風貌で。

 殺気は相変わらず凄まじいというのに、声だけ聞くと能天気そのものだ。


 エイシアと名乗った闖入者ちんにゅうしゃは、威嚇はもういいか、と微笑んで短剣をアズロから離すと、手品師のようにそれを片手でくるくると回し始める。


「……っお前! アズロに何てことを……!

どこの手の者だ!」


 ようやく意識を正常化させたジェイがエイシアとアズロの間に立ち塞がろうとすると、エイシアはやんわりと侵入を防ぐ。


「おっと、怖いなー。何もしないから動かないでよ、ね?」


 エイシアは左手から無数の糸のようなものを発生させると、一思いにジェイをその名の通り、がんじがらめにした。


「……ほざけ、何もしないとか言いやがっ……て……ってて、このっ」


 絡み付き圧迫する糸に苦戦しながらジェイが睨み付けると、エイシアは急に声音を落として表情を無くし、二人へとぽつりと呟く。


「──あんたたちには、この灰色の景色が見えてないの? ……今はね、僕の正体とかキミたちの心境とかは脇に置いておかなきゃなんだよ。……いい? よく聞いて。……さっきの爆音、イグニスが、消し飛んだ音……だよ」


 ──エイシアはまだ緑の残るセレス集落跡地に、拾った木の枝で大円陣……見たこともない奇妙な記号と、文字のようなものを素早く書き連ねた。

 そしてアズロとジェイを強引に拘束したまま円陣の中へと引き入れると、自らも中へと。

 ──地中から突如発せられた蒼白い目映い光とともに、三人は跡形もなく消えた。





 ──辺りは紫。


 地も、天も、何も無い。

 そんな空間に、三人はいた。


「……何ともない? 身体は大丈夫?」


 先程までとは一転、安堵したかのような面持ちで、けれど心配そうに自らが縛った二人の眼を見たエイシアに、ジェイは悪態をつく。


「いきなり縛って気味悪ぃ空間に飛ばした挙げ句のセリフがそれとは笑えるな。お前は誰で、何のためにこんなことをした?」


「まーまーそう怒らないでよ、さっきは切羽詰まってたんだ、だから強行手段に出た」


 エイシアは眉間に拳を当てながら、吐き出すように話し始める。


「……イグニスで異能者の人体実験が行われていたことは知ってる? イグニス王ディクタトルはね、捕まえた異能者を惨殺して、その負の思念……怨念を利用した、とある兵器を開発していたんだ。その実験の一つが、セレス集落に撒かれた毒霧ね。……あんな強力な毒が、と思うだろうけど、王都で開発されていた兵器はあれの数百倍もあった。器に、怨念がすこーしずつ溜まっていってね、ありとあらゆる毒が混入されて……そんな最凶の兵器が、あとほんの少しの負の思念で暴発するところまできていた。……僕らは、とあるとこから密命を受けて、その暴発を止めにきた、けど、間に合わなかった……。僕の結界で護れた僕の周りの幾人かの人と、君たち──命と引き換えみたいな強い結界に護られてた君たちだけは、逃がすことができた。あとは──あとの人たちは──灰になったよ」


 エイシアは、動揺を隠せない二人に向かって、ただ話を続けた。

 イグニス全土が跡形も無く滅んだこと、今居る空間はどこでもない世界、だということ。これから二人を安全な場所へ送り届けること。

 彼女自身の正体については硬く口にはしなかったが、アズロの眼を見て、君と似たようなもの、とだけ語っていた。


 そして。


「──そんなわけで、僕はこれから君達を無事“生きてゆける”場所へ転送する。ここで見たこと、聞いたこと、僕の存在は他言無用。頼むよ? それから……最後に言っておかなければならないことがある」


 エイシアは真っ直ぐにアズロを見据えると、それまでの笑顔を消して、アズロにとっては追い討ちとなるような事実を──淡々と、述べていった。


「──ラナンキュラスの祝子、アズロ……君は感情からくる能力の制御ができていないね? 先程もイエローカードと言ったけれど……君は、危うすぎる存在だ。暴発した負の兵器の最後の一滴には幸いならなかった。けれど昨日君の負の感情が暴走しなければ……イグニスが滅びることは、なかったよ。──それだけ君の力は大きいんだ。これからラナンキュラスの長として生きるなら、それをしっかり覚えておいて」


 じゃあね、達者で──。


 そう言い残した淡い紫の人物は闇に消え、激しく収縮を始めた紫の空間から吐き出されるように、アズロとジェイは緑の生い茂る山林へと、傷ひとつなく降り立った。



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