第11話 『麗氷姫』による採点結果




「ごくり……」

「………………」



 俺は若干の緊張しながら霊峰院の採点を見守る。


 シュッ、シュッと霊峰院が紙にペンを走らせる音が教室中に響いている。彼女は先生の採点を手伝っているからかとても手際が良く、そのマルやバツを付ける動作に淀みが無い。やがて採点し終えたのか、彼女はゆっくりとした動作で机に赤ペンを置いた。


 ふぅ、と彼女は小さく息を吐く。そして金髪の縦ロールを片手で払いながら口を開いた。



「―――良いでしょう。漢字は全問正解ですわ。まぁこちらは漢字能力検定三級程度の漢字ばかりを用いているので当然ですわね。問題は…………はぁ」

「うっ、しょ、しょうがないじゃん……。こういう心情を読み取る問題は嫌いなんだよ……」

「まさか文章問題の三分の二を外すとは……。全て埋めたのは褒めてあげますが、文章全体を読み解く読解力が皆無ではありませんこと?」

「……返す言葉もございません」



 そう、見事漢字は全問正解出来た俺。しかし文章問題は壊滅的だった。


 正直に言えばまったく自信はなかったのだが、自分でも予想以上の出来の悪さだった。俺はこの悲惨な結果を目にして思わず霊峰院とは反対側の方向に視線を逸らしていると、彼女は俺の座る机の上にプリントをそっと置いた。すると白魚のようなほっそりとした綺麗な指でトントンと問題を叩く。


 “目を背けないでこっち見ろ”という意味だろう。……はぁ、と思わずため息が出る。


 些細な抵抗を観念した俺はおそるおそる霊峰院に顔を向ける。案の定、彼女は可哀想なモノを見るような目で俺を見つめていた。



「特にココですわ。なんですのこの答えは? この物語を作り終えた"作者の気持ちを答えなさい"という問題に対して、御子柴さんの解答は”締め切りギリギリ間に合って良かった。頭使ったし何か糖分欲しい”となっています。……率直に言って、救いようも無いお馬鹿さんなんですの?」

「酷い!? い、いやいや、そう書いたのは理由があるんだよ霊峰院さん!」

「はぁ……。聞きましょう」

「ありがとう! だって大抵こういう作家って締め切り期限間近まで内容を良くしようと粘るわけだろ? これまで紡いできた物語に愛着があるからこそ、最高の結末にしようと考えて考えて考え抜いて間に合わせるんだよ。その結果、執筆に集中していた頭が疲れるだろ? 頭や身体が糖分を欲するだろ? だからそう書いたんだよ!」



 少しだけ熱弁してしまったがそういうことである。


 実は前の高校の友達がネットで小説を投稿していたのだが、多くの読者から応援・高評価されていた小説を遂に完結させたのだ。当時、本人からそのときの気持ちを聞いたから間違いない。描き終えた直後、疲れて板チョコ10枚一気に食べたらしいし。……今考えてもアイツやべーよ糖尿病&虫歯一直線だよ。


 俺の話を聞き終えると、霊峰院は端正な顎に片手を添えた。何だか微妙そうな表情をしている。



「……御子柴さんが言いたいことは理解しました。しかし、こういった問題において作者様がどう考えていたかを考えることはあまり重要ではありませんの」

「どゆこと?」

「こういった問題は作者様の書いた物語の意図をどう常識的に、論理的に汲み取るのかを見るものですわ。決して作者様の気持ちをわたくしたち解き手が自由に想像して良いというわけではありません」

「つまり?」

「だ・か・ら! そういった問題はここに書いてある文章で解釈するしかないと言ってるのですわこのお馬鹿さん!」

「はい、ごめんなさい!」



 霊峰院の勢いに圧倒された俺は素直に謝る。一方の霊峰院は最初こそ艶やかな縦ロールを振り乱しながらキッと俺を見らみ付けていたが、はぁ、と一気に脱力すると額に手を添えた。


 その表情はどことなく疲れているように見えた。



「改めて、これから先が思いやられますわ……」

「うぅ……っ、先生から俺の世話をするように頼まれたとはいえホントごめんな?」

「別に構いませんわ。霊峰院家の人間として、一度約束したことを反故ほごするわけにはいきませんもの。それに、こういった復習はわたくしも勉強になりますので」

「…………!」



 そう呟く霊峰院に、俺は思わず感動する。


 彼女から前にも同じようなことを言われた記憶があるが、最後の『わたくしも勉強になる』という部分は、きっと本音なのだろうがおそらく俺に罪悪感を抱かせないようにする配慮的な側面が大きいのだろう。


 はっきり言おう、めっちゃ嬉しい。



「霊峰院さん!」

「ひゃっ! ……ごほん。なんですの?」

「ありがとう! 霊峰院さんが教えてくれて、俺ホントに嬉しい!」

「―――。……………離して下さいまし」

「あっ、ごめん!!」



 俺は霊峰院の肩に置いていた両手を急いで離すと、視線を彷徨わせながら頭をかく。衝動的とはいえ、きっと霊峰院をビックリさせてしまっただろう。なんだか気恥ずかしくて彼女のことを見れない。


 それでも俺は勇気を出してちらりと視線を向ける。いきなり肩に手を置くという軽率な行動をした俺に対し、霊峰院は凍えるような視線を向けているかと思ったのだが、なんだか様子が違う。


 何故か、俺と反対側の方向を向いていた。



「どうしたの霊峰院さん? ……あれ、なんだか耳が赤いけど―――」

「なんでもありません」

「え、いやでも―――」

「五月蠅いですわね! まだまだ答案用紙は用意してありますので今度はそれを解いてくださいな!」

「マジか!? あぁもうやってやんよ……っ!」



 ダンッ!と霊峰院は机の上に山積みの答案用紙を載せる。それを見た俺は思わず気が遠くなって卒倒しそうになるも、霊峰院が俺の為に時間を割いて作ってくれたのだからとなんとか持ち直す。


 よし、と覚悟を決めると、気合を入れて取り組んだのだった。



 ―――一方、霊峰院はというと、紅くなった顔が落ち着くまで彼の姿を直視できなかった。





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