第6話 『麗氷姫』とテストの成績




 ギャルゲー。それは『美少女ゲーム』、または『萌えゲー』という名称で呼ばれる男性向け恋愛ゲームのことだ。物語内に出てくる様々な美少女と様々な形で交流を深めていき、各キャラクターの好感度次第でシナリオが変化するというのが一般的な流れ。所謂『○○ルート』というものだ。そしてそのルートごとで各キャラクターを攻略していき、物語をハッピーエンドまたはトゥルーエンドに到達させるのが最終目標であると言える。おそらく全てのルートのスチル集めも醍醐味の一つだろう。


 どうして俺がこんなに詳しいのかだって? 前にいた高校の友達から教えて貰ったんだよ。たまーに時間があるときに貸して貰ったりもしたし、コンピュータ室で二人でこっそり遊んだりもした。……うん、今度連絡してみようかな。


 ―――さて、先日モブから"ギャルゲー主人公"という心外な言葉を言われた俺だけど、別にその手の知識が無い訳じゃない。これまでバイト三昧だった俺が当てはまる訳も無いからどういうことかとモブに訊ねたのだが『自分の胸に手を当ててよーく訊いてみるんだね』とただ無碍にそう返されただけだった。解せぬ。


 因みにモブはみっちゃんのことも知っていた様子だったので聞いてみたのだが、どうやら彼女はその清楚系な容姿と気さくな話し方で、同学年のみならず後輩から先輩・先生といった多くの人から良い印象を持たれている人気者らしい。


 あの頃と変わらない、実に彼女らしい評価だと内心嬉しく思うが……。うん、もういい加減現実から目を逸らすのはやめよう。


 俺はふと目の前の現実に引き戻される。



「はぁ~~~~~~っ」



 放課後、俺は盛大な溜息を吐きながら自分の机に座っていた。机の上には本日返却された定期テストの答案用紙がある。


 茜色の日差しが鮮やかに教室を照らす。部活に励んでいる生徒の声がここまで届くが、現在この教室には自分以外のクラスメイトは誰もいない。再度俺は溜息を吐く。自分自身でなんとなく想像出来た結果だが、目の前のあまりにも悲惨な点数に俺は思わず頭を抱えた。



「ま、まさか、抜き打ちとはいえ全ての教科が平均点を下回るなんて……っ!」



 あの日食堂で昼食をとったその放課後、雪村先生から呼び出された俺は急遽きゅうきょ別室で一人だけ定期テストを受けさせられたのだ。


 科目は国語(現代文/古文・漢文)、数学、理科(科学/生物)、社会(歴史/政経)、英語の五教科。先生によるとどうやらみんな四月中にはもう定期テストを終えており、もう既にテストも生徒に返却済みだとのこと。


 つまり俺は中途半端な時期に編入してきたので、みんなが一斉に行なった定期テストとは少しだけ日にちがずれてしまったのだ。そうして突然ホームルーム終了後に先生から呼び出された俺は念入りな勉強といった準備が出来ないまま定期テストを受けた結果、この笑えない現状に繋がるというわけだ。



「ど、どうしよう……!? 編入試験の方は暗記とか超頑張ったからなんとか合格できたけど、このままの成績で俺は学費免除させて貰えるのか……!?」



 俺は頭を抱えながら愕然がくぜんと呟く。

 ……いや、無理だ。俺には特筆すべき才能なんてない。前の学校でも身体能力が良い訳でもないし、ずば抜けて勉強ができるというわけでもなかった。


 バイトをしているから勉強する時間を確保できないというのは所詮言い訳だ。世の中には、もっと苦しみながらも必死に前を向いて生きている人がたくさんいるのだから。


 ―――俺は、ただ考えなしでポジティブなだけの人間に過ぎない。



「はは、背伸びし過ぎたのか……? 良い成績も碌に取れない俺が、偏差値の高い霊峰院学園に編入するのは無理があったのか……?」



 思わず喉の奥から渇いた笑いが洩れる。


 しかし、良い成績を修めれば学費が全て免除される編入特待生枠はこの学園しかなかった。俺をここまで育ててくれた母さんにこれ以上迷惑を掛けたくないと思い短い期間で必死に勉強してこの高校に受かることが出来たのに、このままでは授業料無償化等の制度を利用できない。


 それは俺にとって非常に困ったことだ。


 かといって、バイトをせずに勉強に集中するという手段も難しい。母さんはバイトをしなくても大丈夫と言ってはいるが、幼い頃からその背中を見て育っている身としては少しでも早く自立する為にお金を稼ぎたいのだ。家庭の経済面で負担にはなりたくない。


 だからこそ、俺は高校一年生の頃から真面目にバイトをしてきたのだが……。

 


「くっそ、まずはスケジュール管理だな。店長にバイトする日を改めて相談して、勉強する時間を決めて予定を立てなきゃ。あーもう、神様ってのは一物さえも与えてくれないのかよ……!」



 俺は頭を掻き毟りながらギャルゲーでいう能力値の低さを嘆いていると、教室の扉が開く音が聞こえた。その方向へ視線を向けると―――、



「―――———」

「あ……。れ、霊峰院さん……」



 なんと、そこには冷たい表情を浮かべた霊峰院が立っていた。俺がいることに気が付いた彼女は、鼻息を一つ鳴らすと自分の机のところへ向かう。あのときのことをまだ怒っているのだろう。教室に俺がいても話しかけること無く、我関せずといった態度だ。


 霊峰院の歩きに合わせて、茜色と混ざった彼女の金色の髪の輝きが綺麗に揺れる。



(ど、どうしたんだ……?)



 不思議に思うもどうやらかばんを取りに来たらしい。机の横のフックに彼女の鞄が掛けられていた。今までホームルームが終了してからだいぶ経つ。霊峰院は何をしていたのだろうかと思うも、彼女はそのまま自らの机に行くと鞄を手に持った。おそらくこれから帰宅するのだろう。


 俺は二人だけの教室の空間に気まずさを覚え、思わず顔を背ける。今までの俺だったら謝る為に霊峰院に話しかけていたのだろうが、テストの結果を見た今はそんな気分にはなれなかった。答案用紙に視線を落としながらこのまま霊峰院が教室を出て行くのを待つ俺だったが、何時まで経ってもその気配が無い。すると―――、



「―――帰りませんの?」

「え……?」



 驚くことに、今まで何度話しかけても反応してくれなかった霊峰院が俺に話しかけてきたのだ。戸惑いながらも視線を向けると、彼女は腕を組むようにしながら俺を見つめていた。




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