帰り道

砂嵐番偽

帰り道

 最後の挨拶が終わった。


 在学生が一斉に立ち、私たち卒業生に一斉に拍手をする。

 大勢の拍手に見送られながら、私たちは卒業式を後にした。



 自分たちの教室に戻り、担任の先生がお別れの挨拶をした後、解散となった。


 クラスメイトは各々、泣き合いながら語り合っていた。

 だけど、私は特に誰かと語ることなく、校門前に向かった。

 そこで、友達と待ち合わせをしていたからだ。


「ユミちゃん!お、おまたせ」


 校舎の方から、私の名前を呼びながら待ち人が走ってきた。


「別に待ってないよ、ヤコ」


 ヤコは慌てて走ってきたのか、息を切らしていて、汗を流していた。


「ほら、ハンカチ」


「あ、ありがと、ユミちゃん」


 ヤコはハンカチを受け取った後、掛けている眼鏡を外した。

 頬は少し赤くなっていたが、目は特に腫れていなかった。


「ヤコは特に泣いたわけじゃないんだね」


「ふぇっ?」


 軽く汗を拭きながら、ヤコはこちらを向いた。


「ほら、クラスのみんなは泣いてたからさ」


「あ、うん……そのまま、こっちに来たから……」


「そっか」


 ヤコは、高校で私以外に友達がいないらしい。


 だから、クラスの誰とも語り合わずに、こちらに走ってきたようだ。


 ・・・・・・まあ、私もヤコ以外に友達はいないのだが。


「まあ、ここじゃ邪魔になるだろうし、行こうか」


「あ、うん」


 少し時間がたち、校門の前にも人が集まってきた。

 私たちが鼻つまみ者にされているわけではないが、他に別れを告げる友達もいない。


 それに、正直集団の中にいるのが鬱陶しい。

 私たちは、それなりに世話になった高校を後にした。

 私たちは、今まで通いなれた通学路を、無言で歩いていた。


 不思議と周りには人気がなく、いつもより一層静かな道であると感じた。

 私は別に静寂は嫌いではなかったけど、ずっと黙って歩くのは耐えられなかった。


「高校生活、終わったね」


 私は特に考えず、そう話しかけた。


「……そうだね」


 ヤコは目を合わせずに答えた。


 目の前に、花びらがゆっくりと舞っていた。


「大学は別々、だったよね」


 私は、特に何でもないようなことのように語った。


「……うん」


 ヤコは弱弱しくうなずいた。


「私は遠くの大学に、ヤコは近くの大学に」


 私は、ただ事実を並べた。


「……そう、だね」


 ヤコの歩きが遅くなった。


「私は向こうの大学近くの寮に住むから、こっちには中々帰ってこれないと思う」


 誰もいない前を向きながら、言った。


「…………」


 ヤコが足を止めた。


「……ヤコ?」


俯いて立ったまま動かない。


「ねぇ、ユミちゃん」


 ヤコは俯いたまま言葉をつづけた。


「私たちって、卒業した後も友達なのかな?」


 真っすぐ私の目を見つめて、そう言った。


「そんなの、」


 あたりまえだ、と言いたかった。


 だけど、続きの言葉が出てこなかった。


 私とヤコは、いつの間にか友達になっていて。

 その関係がいつまでも続くのは、私は当たり前のことだと思っていた。

 しかし、実際は?


 私とヤコは遠くに離れ、気軽に会えなくなる。


 ぶっきらぼうな私と、大人しいヤコ。


 今でも不思議だけど、お互い唯一の友達になれた私たち。


 学校という接点がなくなった私たちは、どこまで続いていくのか?


「私はね、ユミちゃん」


 その言葉に、私はハッとした。


 少し、自分の世界に入ってしまっていたようだ。


「今でもユミちゃんと友達になれたことが、とても不思議なの」


 怒るようにではなく、後悔するようでもなく、ヤコは淡々とそう言った。


 ついさっき私も考えていたことだ。


「ユミちゃんと私は全然性格も違うのに、たった一つきっかけがあっただけでここまで仲良くなれた」


 そのことも考えていた。


「でもね、そのきっかけがなくなろうとしているの。私たちが自分で会いたいって思わなきゃ、もう友達じゃなくなるかもしれないって、私思うの」


 ヤコは再び俯いてそう言った。


 ヤコはもう、私の抱いていた疑問の答えを持っていたようだ。


 いや、本当は気が付いていたのに、その答えにたどり着きたくなかったのかもしれない。


「友達じゃ……なくなる?」


 つい、私の口から言葉がもれた。


 もう、隠せない。


「そうだよ、ユミちゃん」


 ヤコは泣きそうな顔で、それでも私の目を俯きがちに見ていた。


「私たちが友達だったのは、たぶん、当たり前のことじゃない、と思うの」


 少し、声が震えていた。


「どういう、こと?」


 その先の結論は、あまり聞きたくなかった。


「あの時、たまたま私が声を、かけたから。その後、お互いに、友達を、作らなかったから。……だから、私たちは今でも、友達でいるんだと、思うの」


「……そう、だね」


 私とヤコが友達でいるのは、ほんの偶然。


 他に友達がいないし、作らなかったから。


 実にその通りである。否定しようがない、事実だ。


 ヤコは別に私を、友情を否定しているわけではない。

 それは何となく感じていた。


 でも、やっぱりその言葉だけを受け止めるのは、ちょっとキツかった。


「……っ、ユミちゃん!?」


 目の前のヤコが突然ぼやけた。


 どうやら、私は泣いているらしかった。


 もう、自分でも感情がよく分からなかった。


「ご、ごめんユミちゃん!わ、私、ユミちゃんを泣かせるつもりじゃ!」


 ヤコが取り乱してしまった。


「ち、違うから、大丈夫」


 涙をぬぐいながらごまかした。


「ご、ごめんね!変なこと言いすぎたよね!ごめんね!」


 ぐいぐい顔に近づきながら謝ってきた。


 ヤコも泣きそうになっている


「ヤコ、ヤコ!落ち着いて!」


 私はヤコの肩をつかみ、揺さぶった。


「えっ、え」


 ヤコは目を見開きながら、とりあえず止まった。


 今なら、言える。


「さっき言いそびれちゃったけどさ。私も、ヤコと同じこと、考えてたんだ」


「え?……私と、同じ……?」


「うん」


 目を閉じて軽く深呼吸をし、改めてヤコの目を見つめた。


「私もさ、ヤコとはたまたま友達になっただけで、きっかけが無かったら合わないようになるかもって思ってて。だから、さ」


 そこまで言ったところで、言葉に詰まってしまった。


 少し、恥ずかしい。


「……だから?」


 ヤコが少し首を傾げた。私の言葉を待っている。


「だから、学校がないと合わないような関係でしかないなら、さ」


「……うん」


 ヤコは優しく、相槌を打った。


「きっかけなんかなくても会うような、本当の友達になりたいって、思うんだ」


 私が、本当に言いたいこと。


 学校という、用意された箱庭が無くても。


 私たちがお互いに、会いたいと、話したいと思えば。


 遠慮なしに、会いに行く、話をする。


 そんな、当たり前の友達になりたい。


 私が、本当に願ったことだ。


「本当の……友達」


 ヤコは声を震わせながら、言葉をかみしめていた。


「だからさ、ヤコ」


 私は、ヤコの肩に置いていた手を放して、自分の胸の前に当てた。


 自分の心臓がやけに激しく動いているのを感じる。


「……はい」


 ヤコは、静かに私の言葉を待っていた。



「私と、友達になってください」



 成り行きで関係が始まり、何となく卒業まで続いていた関係。


 それなりに経った時間の中でも、お互いに言ったことはなかった言葉。


 今までも、友達ではあったのかもしれないけど。


 これからも、できれば未来永劫、この友情が続くことを願って。



「……はい、喜んで、ユミちゃん」



 ヤコは、今までに見たことのない程のとびきりの笑顔を持って、私に答えた。


「ユミちゃん!」


「うおっと!」


 ヤコが思い切り抱き着いてきた。


「休みの日は、一緒に遊びに行こうね!」


「うん。遊ぼう」


「暇なときは、一緒に電話ではなそうね!」


「うん、いっぱいしゃべろう」


 今までできなかったこと。


 友達として遠慮なしに語り合い、一緒に遊びに行こう。


 今までできなかった事を、これから目一杯埋め合わせよう。


 私たちは、唯一無二の友達なのだから。


「私たち、いつまでも友達でいようね!」


「うん」


 気付けば、私たちの前には、私が乗る電車の駅にたどり着いていた。


 少し前なら、それが私たちを遠ざける大きな壁に見えたかもしれない。

 だけど、私たちは気が付いた。


 これは、ほんのちょっとの間、私たちを分かつだけのものに過ぎない。


 ちょっと時間をかければ。私たちは会うことができる。


 すぐに声が聴きたくなっても、電話がある。


 私たちの間に、大した壁などないのだと、分かった。


 だから、もう大げさな別れの挨拶などいらない。



「じゃあね、ヤコ、また今度」


「うん、また今度!ユミちゃん!」



 まるで、また明日も会えるかのように、私たちは別れた。

 胸のあたりの温かさを、感じたままに。

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