第57話 例えば自栄書房では
例えば自栄書房では、女人島に住むものは女だけのアマゾネス軍団、一人ひとりが屈強で一騎当千の女戦士だったらしい。その女たちが男をさらって酒池肉林の接待、誰かが妊娠すればさらってきた男は用済みとばかりに八つ裂きにして海に流す。生まれた子どもは男なら首を刎ねて祭壇に捧げ生け贄にする。女の子だけをその島で育てる風習があるという……」
「だから教授は殺されて、留萌さんは生き残ったって言うのか? そんなばかな! だとしても留萌さんはなぜそこで育てられないで、こっちに戻って来たんだ?」
「そこは僕にも分からない。戻さなければならない理由があった。だからこその呪いであり、二十歳という年齢がタイムリミットになっているんじゃないか。おそらく呪いの本質は縛りの呪い、真実を口にできないし逃げることも叶わない……」
俺は部長の言葉を噛みしめる。女人島で女戦士(アマゾネス)になるには大人(はたち)の必要があるってことか。そして女戦士(アマゾネス)になるべく掛けられた呪い。待てよ、留萌さんは子どもを欲しがっていた。そういうことか……。
俺は部長の顔を見る。
「沢村、分かったようだな。みんなもうすうす勘づいているみたいだな。アマゾネスたちはなぜか子どもを育てることができない。昔のように男をさらってくることも無い。きっと妊娠できないんだろうな。沢田教授が山に入った日に殺されていることからも断言できる。女性として終わっている。いや人間として生きているのか……」
「アマゾネスたちは亡者」
麗さんはいつもの冷静な口調だ。
「だから、留萌さんは生きるために子どもが欲しかったんだ。二十歳になり亡者になるか、子どもを産み育てられる存在として女人島の中で生き残るか……」
「「な、なんだって!!」」
俺と彩さんは同時に叫んだ。さっきの新聞の記事が決定的だ。よくもまあこの一点の真実から噂話をこじ付けもっともらしくでっち上げたものだ。しかしこちらに異論はない。ただし引っ掛かりはまだまだあるが……。
「錬のオーラと呪いのオーラの波長が似ている理由は?」
最初にそのことを指摘した麗さんが、最後の難題を口にする。それだ、俺の引っかかっているところは……。もし、麗さんの言う通りだとしたら、最大の敵の正体は……。
「沢登さん、一応仮説はあるんだけど……、まだ根拠が薄いんだ。きっと女戦士(アマゾネス)たちを束ね、この世に縛り付けているラスボスは、ベネトナッシュさんのような天星人だと思うんだ。正体はまだ分からないんだけど……」
「私も同意」
俺も麗さんと同じ考えだ。たとえ、天界人だろうが俺の周りの人を不幸にするやつはぶっ飛ばす。俺はこぶしを鳴らす。
「錬、やる気になったな。まあそういう訳で俺たちの合宿先は福島県の阿武隈山地にある狗鳴岳だ。出発は8月3日、留萌さんのタイムリミットに合わせて行動を開始する」
「「「「おう!!」」」
この辺は酔っ払いのノリだ。シリアスな話だろうと酒とつまみを前に相当みんな酔っ払っている。
「後はそうだな。ところで留萌さんはどうしている?」
「えっと、彼女は7月末でバイトを辞めるって言ってました。それぐらいしか知りません」
「なるほど、彼女は自らの運命に決着をつけるため、自ら勿来に行くのか。それとも女戦士たちが彼女をさらいに来るのか? 沢村としてはどちらだと思う?」
「いや、俺にはちょっと……」
「彼女とて生への執着はあると思う。もし俺たちがさらいに来た女戦士たちを撃退できたとしたら……」
「俺たちを信頼して、協力してもらえるかもしれない?!」
部長の言葉の真意を測るように大杉が話を続けた。
「まあ、そういうことだ。彼女には護衛として付く必要があるかもしれない」
「部長、そういうことなら俺、頑張ります!」
前回の杉沢村の出来事を知らない大杉にとって、留萌さんを助けたことによってこの美少女と親しくなれる可能性というのが大きいらしい。事実、俺と美優が杉沢村探訪の後、急速に親しくなり付き合いだしたことを面白く思っていないのは態度に出ている。杉沢村の真実を知らない大杉には、同じ旭丘高出身、学校一のアイドルだった美優を肝試しの心理的隙をついてうまく誑(たら)し込んだぐらいの認識だろう。吊り橋効果どころじゃない、実際に俺たちは杉沢村で死に掛けているんだが……。
まあ、大杉としては危ないところを助けて、良いところを留萌さんに見せたいんだろうけど、相手はこの世の者ではない亡者たちだ。あの杉沢村のゾンビもどきを相手にした面々は申し訳なさそうに俺の方を見ている。
はいはい、分かりましたよ。対抗できるとしたら俺ぐらいのものですから。もっとも、あれから怒りのオーラもベネトナッシュさんも降臨させたことがないので出たとこ勝負だ。
「俺、もともと留萌さんと同じバイト先だし、俺も護衛として頑張ります!」
大杉からは敵意の視線を感じたが、事情を知っている部長はお構いなしに話を続ける。
「まあ、みんなでやることにしよう。中心は沢村君で異存はないだろ。沢村君、バイトのシフト表を持っているか?」
「はい、いつも持ち歩いています。バイトに行くのを忘れると洒落にならないんで」
7月も10日過ぎれば、講義がほとんど休講になり学生は夏休み状態になる。それで、俺や留萌さんも夕方から閉店前だけじゃなく、日中からシフトに入ったりしている。しかも、留萌さんの場合は休みをほとんど取っていない。不味いのは四日ほどある俺がバイトで留萌さんが休みの日だ。
シフト表を見て、部長も同じことを考えているのだろう。
「それにしても、留萌さんって働きものだな。それで沢村が留萌さんのそばから離れる日がやっぱり問題だよな」
その発言、異議あり! 俺は別に留萌さんと四六時中一緒にいるわけじゃあない。人手不足のデイリーマートに問題があるんだ。この時期、お中元商戦で結構忙しいんだぞ。
俺の考えをよそにチャンスとばかりに大杉が手を上げる。
「じゃあ、この日は俺の出番ってことでいいですよね」
張り切って答える大杉対して、部長は考えるように言葉を選ぶ。
「まさか女戦士(アマゾネス)だって人目のあるところじゃ拉致はないよな。神隠しにあったようにさらっていくんだろうから一人の時が狙われるんだろうな」
「まあそうやろ。もっともそういう常識の範疇を超えたやつらやろうけど……。うちらが一緒におるようにしようか? 危なくなったらすぐ逃げるから。部長さんや大杉は陰からうちらを守ったらええやろ」
「そうだな。その作戦でいこう。留萌さんをなるべく一人にしない。これから当番を決めるからよろしく」
部長がそう言うと、バイトのシフト表の留萌さんの横にサークルのメンバーの名前を書き込んでいく。基本、バイト中及びその送り迎えは俺だ。後は基本二人一組、留萌さんの休みの行動予定を聞き出し、一緒に行動するのは美優になった。美優の大事な任務はそれだけではない。彩さんと麗さんをうまく紹介して、できれば一緒に行動するように持っていくのも任務になった。
「うまくできるかな?」
「心配あらへんって」
美優の心配をよそに彩さんは気楽なものだ。話がやっとまとまると時間はもう一〇時前になっている。
「そろそろお開きにするか?」
その声を聞いた彩さんが、座敷のふすまを開けて大声で店員を呼ぶ。
「おっちゃん、御あいそや!」
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