第55話 スーパーのバイトに向かった俺は

 その日の夕方、スーパーのバイトに向かった俺は、そこでいつもと変わらない留萌さんを見た。昨日あれだけ色々なことがあったのに、なんとも精神的にタフな人だ。俺と変わらず接して来るし、昨日のことを口留めされるわけでもない。逆にこちらから昨日のことを聞こうとすると、きつい目で睨んでくる。

 どうやら昨日のことには触れられたくないようだ。俺も触れられたくないのでおあいこなんだが、それでも俺は留萌さんに色々と聞きたいことがあったんだ。

 少し時間が経って、俺がレジに入ったところで、やっぱり俺は聞かずにはいられなかった。だって、このことはきっと留萌さんを助けるために必要なはずなんだ。

「留萌さん、子どもが欲しいってどうしてですか?」

「……」 

「子どもと留萌さんの寿命と何か関係があるんですか?」

「あのね……。沢村君、無駄話をしないでちゃんと仕事をしなさい」

 留萌さんはレジの付近にお客さんがいないのを確認すると、サッカー台の掃除を始めた。それにゴミを捨てに行ったり、入口を掃いたりして珍しくレジを離れて仕事をしている。あまり俺のそばに居たくないのか? それとも俺を信頼してレジを任せているのか? ゆっくり尋ねることは無理そうだ。

 俺が尋ねることを諦めかけた時、留萌さんが俺の方にやってきて耳元で囁く。

「私って淫乱なの。刺青が浮かび上がると体が疼いてどうしょうもなくなるの」

 淫乱って? そんな筈ない。もしそうだとしてもあんな誘い方はないと断言できる。

「留萌さん、子どもが欲しいなんて男が言われたら、大抵の男は引きますよ」

 留萌さんは参ったという顔をする。照れ隠しをしているようだ。

「そっか、だから私は未だにバージンなんだ」

なんだ、その今流行りの処女ビッチ的発言は……。全然、留萌さんらしくない。本当の理由はあくまで隠し通すつもりなんだ。

「分かりました。もうこの件については聞きません。説教も俺の柄じゃあないですし」

「そうね。悪人面の割にへたれなんてこっちから願い下げよ。沢井さんとの恋愛ごっこがお似合いだよね」

 そう言ってニヤリと笑う。俺と美優との間に未だ何もないことはお見通しみたいだ。

 もう聞かないと言った以上、これ以上の会話は俺も望まない。お互い何もなかったように日常を演じ続けるだけだ。


 その日から2日経ち、俺は久しぶりにバイトはオフ。今日は久しぶりの心霊スポット研究会の例会だ。かなり部長は張り切っているみたいだけど、どんな話が飛び出すか俺も興味深々だ。

 居酒屋勝ちゃんに集まったのは、鈴木部長、山岡さん、藤井彩さん、沢登麗さん、沢井美優、そして俺の杉沢村遠征組と、杉沢村遠征に参加しなかった田山と大杉だ。ここに杉沢村で犠牲になった杉田さんが居ないのは寂しい。

「みんな、僕が登場しない間、色々盛り上がっていたみたいだが、色々困って、やっと僕を頼ってくれてようだ。僕が来たからにはもう大丈夫。ここからはずーっと僕のターンだ」

 乾杯の挨拶から部長は飛ばしている。ここまで全く蚊帳の外だったのがよほど悔しかったらしい。

「さて、話は本題に戻るが、僕たち心霊スポット研究会の次の遠征先は、福島県にある勿来の関に決定だ。遠征先が決まったことに乾杯!」

 みんな部長の発言にガヤガヤと騒然となった。まあ、当初思っていた福岡に比べて福島はここからはかなり遠い。それに、彩さんがメールを送ったことを知っている俺たちは、今日の会合は留萌さんの件だと思い込んでいた。

 部長は席に座ると、心霊スポット研究会合宿要綱という資料をメンバー全員に配り始めた。そして、資料を指し示しながら演説が始まる。こうなれば俺たちは大人しく耳を傾けるしかない。

「ます、犬鳴村なんだが、福岡県に実在した村だった。そして地図から抹消されたとか行政区から抹消されたとかの事実は全くなかった。要するに都市伝説に言われるような集団殺人事件が有ったとか、周りから蔑まれた差別された地域であるとか、時給自足をしながら日本から独立を目指した治外法権の村だとか、入り口に人を拒む石碑が建っているとかの事実はこの犬鳴村にはなかった。おかげでこの僕はこの二か月間出番がなくてくすぶっていたんだ」

 そんなことはネットで調べればすぐに分かることだ。いくら心霊スポット研究会のキバ〇シと云えど、ここから犬鳴村の真相に迫るのは無理があるだろう。それがなぜいきなり福島なんだ。留萌さんの出身地ということとなにか関係があるのか? 部長は配った資料を示しながらさらに話を続ける。

「じゃあ、ネットに投稿されたそこに書いてあることはすべてガセネタなのか? 確かにほとんどがガセネタであり便乗ネタだろう。しかし、それらの嘘の中には1%の真実が紛れ込んでいるはずなんだ」

「それ関西人の常識やな。ボケなんて99%が嘘やからな。でも真実が混じってるからこそ本当に在りそうで面白い。ただの大ぼら吹きなら誰も笑わんからな」

 確かに、煙の無いところに火は起たないっていうからな。

「でも、その見分け方が分からないと?」

「簡単なことだ。自分自身が手に入れた事実と照合する。そこに何か偶然の一致を見つける。あとは偶然の一致を積みかさねる。そうすれば必然となるんだ」

 俺の問いに平然と答える部長。いやそこは無理やりこじつけだろう。

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