第53話 どうして、留萌さんが?
「どうして、留萌さんが?」
美優は俺の話を聞いて悲痛な顔をしている。
「やばいな。特にその刺青ちゅうのはなんや?」
「なにかどこかで見たことがあるような……。本かなんかだった気がするけどな」
確かにあの刺青の模様、どこかで見たことがあるんだけど思い出せない。
目と口は、俺たちの地元の祭り、うらじゃ祭りで踊る人たちのメークにそっくりだ。あれは温羅(うら)という鬼をイメージしているらしいが俺がそのことを言うと、みんなはイメージできたようだ。
「錬、それで?」
えっ、やっぱり鋭い彩さん相手ではごまかし切れないか? この先はあまり人には聞かせたくない。時に美優には……。
「錬、全部話してくれんと推理できない。隠しているのはオーラのゆがみで分かる」
俺の心の動揺がオーラにも出たか。麗さんの霊視には嘘はつけない。
「錬、洗いざらいいわんかいな。事実の断片だけやったら推理に不備がでるやろ」
勘のいい彩さんに洗いざらい話せと突っ込まれた。俺のお節介な性格なら留萌さんから呪いについて何か聞き出すはずなのに、それができていない時点で勘繰られても仕方ない。問題はどこまで話すかなんだが……。
「留萌さんにいきなり抱き付かれて「子作りをしましょう」って、それで俺気が動転して留萌さんの部屋から逃げ出しました」
美優は俺の話に目を見開いて驚いていた。
それだけじゃない。その眼は次第に疑いの眼に変わっていく。美人でしっかり者の留萌さんと目つきの悪い若干チャラ男が入りつつある俺では、話を全部信じてもらえないのは当たり前だ。しかし、美優が口を開く前に彩さんが口を出した。
「錬、留萌さんは錬と美優が付き合っていること知ってんねんな?」
「はい、知っていたようでした」
「留萌さんが美優に横恋慕するかな? なんか引っかかるねんな。まさか最後の思い出作りにしては子どもが欲しいなんてな。まあ、錬相手って趣味が悪すぎやろ」
「えっと、そういえば子どもが欲しいだけ、俺や美優には迷惑を掛けない。子どもと二人でひっそりと暮らしていくって」
「なるほどな、合点がいったわ」
「あの彩さん?」
「美優、自分も留萌さんの知ってること全部話してみ」
今度は美優が尋問される立場になって、若干戸惑っているようだ。
「あの……、留萌さんは福島県の出身で、お父さんは大学教授だったそうで、一〇年ほど前に亡くなっています。お母さんは北海道の出身で、お母さんとはお父さんがアイヌの調査をしているときに知り合ったそうです。それでお父さんが亡くなった後、姓を元に戻してお父さん側の親戚とは一切縁を切ったそうです。お父さんはこの県の出身で、大学時代、私と留萌さんが取っている佐藤ゼミを受けていて、アイヌの歴史に興味を持ち研究者になったみたいです。佐藤教授も沢田君の娘さんかって覚えていたようでした。留萌さん自身もアイヌの歴史に興味があって、お父さんと同じく斎藤教授のゼミを受けるためにこの大学を受験したって言ってました」
「美優は留萌さんとはよく話すんか?」
「たまにかな。なんでこんな離れた大学を受けたのかって聞いた時に色々教えてもらいました」
「それと、そのゼミで留萌さんが興味を持っていたことは?」
「うーん。あっそうだ、女護ヶ島についてよく先生に質問していました。「本当に実在しなかったのか?」って」
「女護ヶ島?」
「お伽草紙の御曹司島渡りに出てくる女だけが住む女人島、先生は架空の存在だって言ってましたけど」
「なるほど」
腕組みをしている彩さんに俺は聞いてみた。
「彩さん何か分かったんですか?」
「なんも分からん」
みんなに聞くだけ聞いて結論はそれかい! 思わず突っ込みそうになった俺だが、その前に彩さんは麗さんの方を向いていた。
「まだ、何かがたらん。分かるか麗」
「私も分からない。でも、留萌さんの呪いのオーラ、錬が覚醒するときのオーラにすごく似ている」
「俺のオーラに似ている?」
「錬、オーラにはその人が持つ独特の波長がある。錬が覚醒するときのオーラの波長と留萌さんの呪いのオーラの波長が酷似」
俺が留萌さんを呪っていないのは当然だから……。
「じゃあ、留萌さんを呪っているのって、ベネトナッシュさんみたいな天星人なのか?」
「その可能性は高い」
「「「……」」」
マジかよ。みんなは黙り込んでしまった。神の呪いとは……、麗さんが俺に深入りするなと言った意味がよくわかる。でもここまで聞いたらもう引き返せない。それは俺だけでなく他のみんなも同じようだった。
「うーん。これらのネタをうまく料理して正解を導くことができるのは……。錬、次のバイトの無い日は?」
「えーっと今月からは週三日なので、明後日(あさって)です。
「他のメンバーも問題ないな。じゃあ明後日六時「居酒屋勝ちゃん」に集合!」
「「あの……?」」俺と美優は彩さんの発言に疑問符で答える。
「もう、ノリが悪いな。心霊スポット研究会の例会やん。これだけの難問、それぞれのパーツを組み合わせて尤もらしい正解を導く奴はあいつ以外居れへんやろ」
「あいつって鈴木部長のことですか?」
「当たり前やろ。他に誰が居んねん? あいつぐらいやろ、これらのネタ、自分の都合のええようにまとめて説得力のある仮説をぶち上げるんは。今までの話をまとめてうちが鈴木にメールしといたるから。楽しみやわ「な、なんだって!!」で言うのが」
ナ〇ヤのそのセリフは俺セリフのような気がするんだけど。
俺たちが結論めいているが実は何の解決にもなっていない案を思い付いたのは、昼休みも終わり、次の講義が始まって大分経ってからだった。
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