第18話 土狼2

シーナには内緒にしている為、なかなか一人の時間を作るのが難しかった




心配かけさせたくないのと、ついてくるって言われたら断れる自信が無い。それにシーナにも念動力はバレない方がいい・・・余計な事に巻き込みたくないしな




気が付くと一週間が経っていた。未だに小遣い稼ぎも出来ていない・・・このままだと袋すら買えない・・・ヤバい




「アタルさん?その袋欲しいの?」




え?そんなに物欲しそうな顔してた?雑貨屋の前を通る時、このくらいの袋で良いかな?なんて思ってただけなんだけど・・・




「買ってあげようか?」




うぐっ・・・そんなヒモみたいな事出来ない・・・でも・・・




「お願いします!」




「ふふ・・・そんなに欲しかったの?」




買ってもらってしまった・・・マジで稼がないと何も出来ないぞ・・・元々ヒキニートだけど、せっかく自立するチャンスなんだ・・・もう甘えは許されない・・・俺は買ってもらいながら固く決意した








んで、2週間があっという間に経過した




修行の成果だけど、これが・・・思いの外上手くいった




まず複数の物を同時に違う動きをさせる事は最初の内からある程度は出来ていた。今では手のひらをかざさずに2本のペンを左右逆回転で回す事が出来る




これは複数動かす時に得た副産物なのだが、1度見た物はその場所に置いてあれば見なくても動かす時が出来る事を知った。これは戦いにおいて非常に大きいと思う・・・例えば背後に立てかけてある剣を相手から視線を切らずに動かす事が出来るんだ・・・相手は突然ひとりでに動き出した剣に驚くだろうし、同時に俺自身が攻撃を仕掛けてれば2人同時に相手するのと同じになるだろう




で、次に防御・・・これは難航した。イメージすればいけるのではと簡単に思っていたが、それが凄く難しい。念動力はあくまで動かす力・・・守る為に何を動かすって話になる




悩んだ末の結果、当たらないように動かす・・・という結果に至った。動かせる重さが上がってきた俺なら、当たらないように逸らすのは簡単なのでは?と思ったからだ。実際犬っころの攻撃はそれで防げてる・・・ただ問題は人前で戦う時だけど、それはまた今度考えよう




自然に念動力を使えるようになる修行は・・・諦めた




って言うのは意外にも2週間は短かった。こんなに一日が過ぎるのが早く感じたのは小学生の時の夏休みぐらいだ・・・あっという間に夏休み終盤みたいな・・・




今日でケリをつけないと借金生活に突入してしまう・・・今の俺に150ゴールドはデカ過ぎる




シーナにはダルスに誘われてると嘘をついて昼食を食べた後に森へ




最近は出掛けてもシーナと図書館に行く程度だったので足は完治。なるべくMPの消費を抑える為に浮かずにあの落とし穴の元へと向かった




落とし穴に近付く程、あの穴から這い出てきた時の犬っころの顔が脳裏に浮かび足が重くなる。何かの映画で首だけになった大きな犬が人を襲うシーンが思い出された・・・なんだっけあの映画・・・物の怪王子?




そんな事を考えながら歩いていると遂に到着してしまった




犬っころだけでなく、落とし穴までトラウマだよ本当・・・足がガクブルだ




何度か躊躇うも意を決して落とし穴にジャンプ・・・もう慣れたもんで、降りながら念動力で体を操り見事に着地を決めた




フー・・・落とし穴から差し込む光以外は光がなく、奥は漆黒に包まれてる




ここで待ってれば当然やって来るだろう・・・フー・・・あの忌まわしき犬っころ共が




待っている時間が1番緊張する・・・なんて思っていたが、やはり足音と獣臭を感じた時が1番だった・・・心臓が跳ね上がり、口から出るかと思ったよ




《意外だ・・・三度相見える事になろうとは・・・》




「あの日の事が悔しくて悔しくて・・・眠れぬ日々が続いてる・・・お前を倒さなきゃ・・・俺は前に進めないんだよ!犬っころ!」




《その眠れぬ日々も今日で終わりだ・・・我の糧になり、永遠に眠りにつくが良い》




まるで今度は逃がさないという意思表示のように巨大犬っころの取り巻きが俺を囲い込む。襲って来る気配はないから、本当に逃がさない為の行動っぽいな。あくまでも戦うのは巨大犬っころだけ・・・そんな雰囲気だ




「・・・バトルジャンキーじゃないんでね・・・目的の達成を優先させてもらう・・・」




格好良く戦う必要なんてない・・・ただ相手の命を奪うのみ・・・驚いた事に現れる前と現れた後では、現れた後の方が冷静でいられる・・・何でだろう・・・ああ・・・そうか・・・現れた犬っころが前より小さく感じるんだ・・・あの圧倒的な存在感のダルスより・・・ずっと・・・




《しっぽを巻いて逃げた肉如きが・・・減らず口を!・・・なっ!?》




万が一なんて起こさせない・・・動き出したら目にも止まらぬ速さで動くのは分かってる。だから、動く前に浮かした




《くっ・・・何が・・・》




「最低5匹・・・お前はただのその内の1匹だ・・・鼻」




《鼻?だと?》




「ああ・・・お前が俺を肉と呼ぶのは食い物としか見てないからだろ?俺も同じだ・・・お前の価値は討伐証明部位の鼻だけだよ・・・それ以外は無駄なだけだ」




《き、貴様ぁー!!》




「理力斬」




俺は宙に浮きながら足をバタバタとさせる犬っころの首を切り落とす。あまりの呆気なさにあの映画よろしく首だけで襲って来るんじゃないかとおもったが、そんな事はなかった




「さてと・・・食い残しは俺の流儀に反するからな・・・まとめて俺の糧になれ・・・犬っころ共!」




ボス格の巨大犬っころがあっさりとやられて明らかに動揺を見せている。その隙に近くに居た3匹を同時に浮かせると次々に首を跳ね飛ばした




「どうした!そんなもんか!犬っころ!!」




体がフワフワしている・・・まるで俺の体じゃないみたいだ・・・それでも虚勢を張って声を張り上げると次の獲物に取り掛かる




近くの壁際までダッシュして、浮かせては切り落とし、また浮かせては切り落とす・・・だが、やられっぱなしだった犬っころ達もようやく我に返ったのか攻撃を仕掛けて来た




夜目が利く犬っころに対して落とし穴から射す光だけが頼りの俺・・・更に奴らの狩場な訳で地の利は犬っころにあったが、飛びかかって来ても見えない力で弾き返され、動こうとすると浮かされて身動きを封じられる事に恐怖を感じ始めたのか、徐々に攻撃の手が緩んでくる




数匹同時なら弾き返し、1匹なら浮かせたまま首を切り落とす。単純だが効果的なやり方に犬っころの知能じゃ状況を打破するには至らなかった




気付いてみれば死屍累々・・・残り数匹になって逃げ出そうとするが浮かせてそれを阻止しまとめて首を切り落とした




獣臭と血の匂いが入混じりツンと鼻を刺激するが、達成感の方が勝る。動くものがいないか何度も確認すると同時にその場にヘタリ込み勝利の雄叫びを上げた








どっと疲れて吸ったことも無いタバコを妙に吸いたくなる。ひと仕事終えた後の一服・・・美味そうだな




そんな事を思いながら重い腰を上げた




足にはまだ力が入らない・・・戦っていた時のフワフワした状態から一気に重く感じるようになった




フラフラしながら討伐証明部位である鼻を削ぎ落とす




これが地味にクル




犬っころの死骸に触るのも気持ち悪いのに、鼻を削ぎ落とすという行為は吐き気と嫌悪感で気が狂いそうになる




ようやく全ての鼻を削ぎ落とし袋に詰め終えた時、頭の中であの着信音が響き渡る






・・・ピカリーン☆・・・ピカリーン☆・・・ピカリーン☆・・・






ビクッと体を震わせて一瞬躊躇ったが・・・




「も、もしもし・・・」






・・・おうおう・・・今回は出るの早いじゃねえか!・・・ヒカリちゃんが連絡を取るのはやめようって言ったんだけどな・・・俺っちはどうしてもアタルと話したくてな・・・






「ヒカリちゃんは・・・なんで連絡を取るのやめようと・・・」






・・・分かんだろ?・・・おめえの重荷に・・・なりたくねえんだよ・・・職業柄だろうな・・・ケンさん!・・・おっと悪ぃ・・・で、だ・・・アタル・・・物差しは壊せたか?・・・






「・・・こっちの世界でも同じような事を言われました。不可能と思ってる事は出来る訳ないって・・・当たり前の事だけど妙に心に響いて・・・それでケンさんの言っていた事が少しだけ分かったんです・・・俺は何か行動を起こす前に・・・出来る訳ないとか敵う訳ないとか考えちゃって・・・それで・・・」






・・・皆まで言うな・・・分かってる・・・俺っちが聞きてえのは物差しが壊せたかどうかだ・・・






「・・・壊せた・・・と思います」






・・・上出来だ・・・そんでよう・・・俺っちの願いなんだが・・・






「研究所の人と対能を殺せ・・・ですか?」






・・・そうだ・・・






「・・・諦めずに日本に戻る為にやれる事はやります・・・でも復讐に手を貸すのは・・・」






・・・そうじゃねえ・・・確かに戻って来られたら平穏無事な日々を望むのも分からあ・・・でも俺っちが頼れるのはアタルしかいねえ・・・






「でも!」






・・・俺の女もよお・・・超能力者なんだよ・・・






「えっ!?・・・彼女が居るのに他人の風呂場を覗いたんですか?」






・・・ぐっ・・・それは男のサガってやつよ・・・でな・・・腹には俺っちの子がいるんだわこれがまた・・・






俺は同じツッコミをもう一度しそうになってぐっと堪えた






・・・言いてえ事は分かる・・・間抜けにも程があらァな・・・まあ、済んだことは仕方ねえ・・・






仕方ないで済ましていいのだろうか・・・






・・・俺っちもよお・・・まさかこんな非人道的な実験されるとは夢にも思わなかった・・・俺っちのこたァどうでもいい・・・アイツが同じ事をされると考えただけで腸が煮えくり返る・・・おっと、腸ねえだろってツッコミはなしだぜ・・・






同じ事・・・もし俺が同じ立場だったら・・・もし俺の未来の恋人が超能力者だったとしたら・・・






・・・今頼れるのはアタルしかいねえ・・・情けねえ話だがこの状態じゃ・・・






「俺は・・・ヒカリちゃんや城さんを助ける為にこっちの世界の魔法を取得しようと思ってました。対能の前では無力な俺もこっちの魔法を覚えれば何か出来るんじゃないかと思って・・・」






・・・アタルさん・・・






「でも・・・少し上手くいかない事が続いただけで・・・自暴自棄になって・・・みんなに暴言吐いて・・・」






・・・アタル・・・






「俺・・・日本に居た頃引きこもりのニートだったんですよ・・・外が怖くて・・・たまたま親に買い物頼まれて・・・そしたら追いかけられて研究所に迷い込んで・・・」






・・・・・・・・・








「ケンさんの言う通り俺は自分の中で出来る事を線引きして生きてきた・・・そんな俺に色々とのしかかって来て・・・嫌になった・・・もう無理だと思った・・・でも・・・」






・・・でも?・・・






「やれるだけやってみます!ケンさんの願い通り人を殺すのは・・・無理かもしれませんけど、超能力者が普通に暮らせるように・・・俺が・・・」






・・・はっ!ほんの少しの間に随分逞しくなったじゃねえか?・・・童貞でも捨てたか?・・・






「捨ててま・・・どうでもいいじゃないですか!」






・・・拗らせてんな・・・上手いことやりゃあ俺っちの女紹介してやんよ・・・カミさん以外でな・・・






「ケンさんのお古はちょっと・・・」






・・・お古言うな!・・・ったく・・・よお!アタル・・・






「はい?」






・・・もう見る事しか出来ねえ俺っちに・・・見せてくれよ・・・その超能力者が普通に暮らせる世界ってのをよ・・・






「・・・必ず。・・・ケンさんは子供の名前でも考えて待ってて下さい」






・・・はっ!言うねえ・・・男なら・・・アタルって付けてやろうか?・・・






「やめて下さい・・・ヒキニートになりますよ?」






・・・上等だ・・・首に縄つけて引きずり出してやんよそん時は・・・






「・・・もう少し前に出会えてたら・・・俺も引きずり出してもらえましたかね?」






・・・そうだな・・・引きずり出して・・・ボコボコにして・・・酒でも一緒に飲んでたかも知れねえな・・・






やっぱりケンはダルスと似てる気がする・・・言ってる事とかやり方とか・・・






・・・アタルさん・・・その・・・






「ヒカリちゃん・・・ごめんな。何とか頑張ってみるよ・・・だからまた気軽に・・・あっ、そうだ・・・あの『ピカリーン☆』って言うのやめて欲しいんだけど・・・」






・・・別に私が設定した訳じゃ・・・分かりました・・・これはある人から言われたの・・・『お陰で死なずに済みました』って・・・言葉っていうか・・・歌詞なんだけど・・・






歌詞?何かの歌って事か?ピカリーン☆よりマシだったら何でもいいよ、マジで






・・・その言葉は・・・


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