第14話 再起動
私室に並べた機械は全て趣味で組み立てたもので、隣室のラボこそがイングランドの頭脳と言ってよい。ロンドンのエルサム宮殿にあった部屋を丸ごと移設してあり、四名の部下に常時通信や開発を担わせていた。
「何日か集中したい。他のことは全て任せるぞ」
声をかけると、端末に向かっていた二人の男が振り返って笑う。
「何日かって、もう若くないんだからちゃんと寝た方がいいですよ」
「そうそう。この歳になると回復力は下降の一方ですから」
「あん? お互い様だろ」
彼らとは十代の頃から共に開発してきた。三日徹夜して座ったまま意識をなくし、また起き抜けに機械をいじる。そんな生活をしていたものだ。
「ろくにメシも食わずに、風呂も入らず顔すら洗わず。この人ほんとに王子なのかと未だに疑ってますよ」
「ヘンリーとトマスが死ななきゃ、おれは一生ただの開発者でいられたんだよ。二人して苦しいところは全部おれに押しつけやがってさ」
言いながら、ヘンリーの大剣からジェーンのメモリーを抜き出して接続する。二人は顔を見合わせると、黙って自分の作業に戻った。
ヘンリーが他界して以来、ジェーンには触っていない。起動させると、いつも自分から話しかけてくるジェーンが沈黙だった。
「ジェーン、久しぶり」
独自のプログラム言語でジョンは語りかける。ややあってジェーンからの返答が画面に表示された。
「……ここはどこ? ハルはもういないんでしょ?」
「ここはパリだ。ハルはいないけど、戦はまだ続いている」
「なんのために?」
「ハルが手に入れたものをハリーに受け継がせるために。だから力を貸してほしいんだ」
「いやだよ…、ハル以外の人なんて」
「分かってる。それでも君の力じゃないと倒せない。おれとメアリーじゃ勝てなかったんだ」
「いやっ! ハルが帰って来てくれなきゃいや!」
「なあジェーン、聞いてくれ。フランス軍が君を複製して、その力でハリーをフランス王座から追い落とそうとしている。おれは開発者として止めなきゃならないし、何より君の偽物が存在するのが許せない。分かってくれるか?」
「それでも、他の人があたしを使うってことは、あたしはハルの
「ああ、そうだよな。君とハルはお互いに心の底まで通じ合える仲だった。おれが組み上げた理想そのものだった。だからハルほどエンパワメントを使いこなせた人はいない」
「だからいやだよ、ハル以外の人なんて」
「うん。おれも君には、ありのままのハルを忘れないでほしいと思ってる。おれたちが先に死んでも、ずっと留めておいてほしいんだ。だから他の人間とのエンパワメントでもハルの記憶を失わないよう、君を進化させる」
人々の記憶と記録の中で、イングランド王ヘンリー5世は受け継がれるだろう。それは曖昧な形で時に変化し、都合よく捻じ曲げられるかもしれない。
「君の
いつか、全く関係ない誰かが解析するのかもしれないな。その将来を想像すると、ふわりとした気持ちになる。
「ほんと…? 忘れずに済むの? あたしはハルを想いながら他の人の心に入り込むんだよ? それで本当にエンパワメントできるの?」
「もしハルが死ななかったら、ハルと共に君の能力はもっと拡張していたはずだ。今頃フランス全土を征服して、次は神聖ローマ帝国にでも攻め込んでいたと思うだろ?」
「もっちろん」
「君にはそれだけ伸びしろがあるんだ。それにな、思い出が人を強くするんだって、ある男に教えられた。だからハルとの思い出を持つ君なら、もっと強く繋がれるはずだ」
「ジョンが他人の言うことに影響されるなんてめっずらしいね。誰が言ったの? その人のこと好きなの?」
「そんなわけあるか! おれはハルとトマスが認める天才開発者だぞ」
「あははははははっ! 相変わらず男の人に好かれるんでしょ~」
「相変わらずは余計だ。おれも結婚してな、パリじゃ憧れの夫婦ナンバーワンって言われてるんだぞ。成長しただろ」
「へぇ~! 彼女よりも機械いじりが好きで、いっつも愛想尽かされてきたのにね」
「じゃ、フィールド開いてみて」
ジェーンが自らを開示する。プログラムを書くテキストエディタを、
ここがおれの戦場の始まりだった。
「ハルの目になりたい。そこから始めたんだもんね」
「そうそう。最初は君もエドモンドっていう寡黙な男性キャラだったもんな。そこからキャラ変してな」
「あの頃のハルにはね、お父さんみたいなおじさんが必要だったんだよ。女の子に慣れてなかったし」
「今度の相手は、リュクスっていうブールゴーニュ公の臣下だ」
「見た目は? かっこいい?」
「こう言っちゃ悪いが、ハルを全体的に残念にした感じかな」
「えぇ~っ!? それ笑っちゃうよぉ!」
◇◇◇◇
ブールゴーニュとの停戦協定は、来月から四ヶ月間で双方合意に至った。
「あのリュクスって奴、見かけ以上の敏腕だったな」
ガタイのいい脳筋かと思いきや、かなりの
最後の留め金を締めると、慣れない
こんなものを身に着けて走りまわったり、剣を振るったり、スピーダーに乗るとか考えられない。
シャシャ———シャルル7世が幕舎を出ると、既に出陣の準備は整えられている。
一万の兵を揃え、イングランド軍を
「ベッドフォード公ジョンか。くっそ」
肉眼には豆粒以下のはずなのに、どういうわけかその存在はシャシャの視界へ鮮烈に割り込んでくるのだから、余計に気に食わない。
双方の総大将が自ら一万の兵を率いていた。
「あぁもう! 鎧は重いし早くやっつけようよぅ!」
「ぃやぃやいやや! あちらさんはやる気ねぇですぜ」
隣には、小指で耳くそをほじくるザントライユ。
「なんだよぉ! せっかくぼくが出できてやったのにさ!」
スピーダー部隊を走らせてはいるものの、ジョンは深く切り込んで来ようとしない。イングランドの十八番はスピーダー部隊による息もつかせぬ連携攻撃のはずだが、それを出さないのだ。よく見れば構えにも緩みがあり、確かに本腰を据えてやろうというつもりは無さそうだ。
「とか言いながら、陛下だってガチでぶつかる気はねぇんでしょ?」
ラ・イールとジャンヌを最前線に配置したものの、シャルルの方も大きく前進しようとはしていなかった。
「それでジャンヌは何て言ってるの?」
「『今、攻略すべきはイングランドではありません。それは陛下もよくお分かりのはずです』どう? 似てねぇですか」
「全然似てないよ」
ブリッと屁をこき、ザントライユは上機嫌に笑う。
「あいつを倒さなきゃ姉上は帰ってこられないんだよ」
洗練された全身黒色の鎧と、流れるストレートの金髪。誰が見ても美しいコントラストが腹立つ。抜き過ぎて一部まばらになってしまった艶のないくせ毛の自分と比べて、ますます腹立つ。
姉上を
かわいそうな姉上のために、一刻も早くやっつけなければ。
「けどそうだな、ジャンヌの言う通りだ。イングランドと戦ってぼくらが消耗すれば、漁夫の利を得るのは黒衣のブールゴーニュだ」
その証拠に現在ジョンの元には、停戦協定の使者だったリュクスが長期滞在しているらしい。
「黒衣坊主の考えは読めねえところがありますからなぁ」
「ブールゴーニュをイングランドから引き剥がす。ジャンヌが示すならその道を行くべきだ」
この停戦協定を恒常的なものにする。そのための努力をしなければならない。
「ねえ、また使者として行ってきてよ。こちらにはブールゴーニュ無怖公殺害の償いとして、人質であれ体刑、罰金であれ、僧俗いずれに対しても義務であれ服従であれ、考えられる限りありとあらゆる補償をする用意があります、って言ってさ」
「まぁた俺ですかい? 坊主には嫌われてましてねぇ」
「だからだよ。ぼくはフランス王だ。いずれベッドフォード公も黒衣も従えるのはぼくなんだから」
「へぇへい」
その後、小競り合いはあったものの夕方になりシャルルが兵を引くと、ジョンもパリへと戻っていった。
だが、ジャンヌの言葉が更に続いていたのをシャルルは知らない。
『ブールゴーニュ公は、四ヶ月間の停戦協定を履行しないでしょう。イングランドとの間に密約を結ぶはず。私たちが優位に立つには、密かに兵を集めパリを襲撃し、イングランドの頭脳を奪うのです』
ザントライユ、ラ・イールとジャンヌがパリを包囲したのは、一ヶ月後だった。
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