第45話 こいつかよ
黒い服を身にまとった不審者が自らサングラスと帽子を外した。
俺たちは素顔を確認すべくその不審者の顔をまじまじと見つめる。
するとその不審者の顔はとても見覚えのある顔だった。
「お前かよ」
「ああ、僕だよ」
俺たちの目の前にいた不審者の正体は小野寺隼人だった。
正直心のどこかでこんな予感はしていた。。しかしまさか本当に俺の思い通りだったとは。
俺は鋭い目つきで小野寺を睨み口を開く。
「何でこんなバカな真似してんだよ」
「だって欲しい女は確実にゲットしたいじゃん」
今の小野寺の表情はカラオケ店で会った時の表情と全く別物になっている。まるで女をただのおもちゃとしか思っていない。
全くここ最近、こんな感じの出来事にすごく巻き込まれる。
何でこんな下心丸出しの男が生まれるのだろうか。
全くこの世の中も物騒になったものだな。
俺は地面につけていた膝をゆっくりと持ち上げていく。
その様子を見ていた中西が急に口を開いた。
「龍星さん! 暴力は......」
——ああ。分かってるって。
俺は心中でそんなことを呟き小野寺の目に視線を移した。
中西も無理を承知でそんなことを言っているのだと思う。普通の人間なら暴力を振るわれたら暴力を振るい返したくなるんじゃないだろうか。しかし恐らく中西は俺に向かって「暴力を振るって欲しくないです」と言いたかったのだと思う。その言葉は我慢しろという言葉に等しい。
俺なんかに我慢が出来るのだろうか。昔の俺なら我慢など出来ずに暴力を振るっていただろう。けど今の俺はそれがいけないことだと自覚している。なら俺の答えはたった一つだけだ。
「中西を見逃してやってくれませんか」
初めてこんな癇に障る奴に頭を下げた。初めて喧嘩以外の方法で事を解決しようといている。
全くどれも昔の俺じゃあり得ないことだな。
「はぁ? 何言ってんの君。僕は狙った女は逃さない。どんだけ頭を下げてこようが、どんだけ頼まれようが僕は女を逃さない」
今の小野寺には『悪』という文字がピッタリだ。
——クソ、耐えられそうにねえ。
一発殴れば事は済むかもしれない。けどその方法じゃ確実に俺は成長出来ない。
俺は再び頭を深く下げ口を開く。
「見逃してください。お願いします」
「師匠......」
「龍星さん......」
潮田と中西の声が俺の耳に届いてきた。
本当にこれで合っているのか。そんな思いが現れ始めた。
するとそんな時小野寺が大きな声を上げて笑い始めた。
「はははははは! 何だその意味のない行動は。全く見てるだけで恥ずかしい。とっとと俺の目の前から消え失せろ」
そう言って小野寺は俺の頭に蹴りを入れこんできた。
「うっ」
脳が揺れる。俺はそのまま地面に尻もちをついた。
その後も小野寺は俺の腹や顔を何発も殴ってきた。
「やめて......」
中西の不安の声が聞こえてくる。もしかしたら後悔しているのかもしれないな。暴力以外で解決してと言ったことを。
「師匠、戦ってください!」
潮田の声も聞こえてきた。全く何でこいつは俺のことを師匠って呼ぶんだよ。今更こんな疑問が頭に浮かんだ。
するとそんな時、一つの考えが頭に浮かんだ。
——取り敢えず今は中西をこの場から逃がしたい。今小野寺と中西の距離は結構離れている。
俺は殴られながらも息を思い切り吸って口を開いた。
「潮田! 中西を連れて逃げろ!」
「師匠......。でも、師匠はどうするんですか!」
「俺のことはどうでもいい。早くしろ」
そんな俺と潮田の会話を小野寺が聞き逃すわけがなく、小野寺は俺を殴るのをやめ中西の方に向かった。
しかしそんな行動を俺が許すわけがない。
俺は重い体を持ちあげ小野寺に飛び掛かる。
「がっ。放せ貴様」
俺の下敷きになった小野寺は必死に抵抗している。しかし俺はそれ以上の力で小野寺を抑えているためピクリとも動かない。
「早くしろ潮田! 中西を連れていけ! 師匠からの命令だ!」
その言葉を聞いた潮田は目尻に溜まった涙を拭いながら中西の手を取った。
「行きましょ。師匠の努力を無駄にしてはいけないです」
「でも龍星さんあのままじゃ小野寺君に......」
中西は言葉を最後まで言い終える前に潮田に引っ張られてこの場から去って行った。
その様子を見ていた小野寺が怒りをあらわにしながら口を開く。
「貴様ぁ! 余計なことをしやがって。まあ今逃げられてもどうせ明日には元通りになる」
嫌らしい笑みを浮かべながら小野寺はそう言った。
「そんなこと出来ない体にしてやるよ」
俺はそう言って立ち上がる。
——悪いな中西。やっぱ俺には無理だったみたいだ。全く情けねえ。
俺はそんなことを心中で呟きながら下敷きになっていた小野寺を見下ろす。
「お、お前いいのかよ。桃花ちゃんの言うこと訊かなくて」
「てめえみたいに話が通じない相手は仕方ない。きっと中西も許してくれるだろ」
俺はその言葉と同時に右足で小野寺の顔面に蹴りを叩き込む。
「い、いでぇ。ちくしょう」
また俺は成長出来なかった。
「くそっ」
俺はそんな言葉を呟きながら小野寺の顔面に拳を叩き込んだ。
「あ、ああ......あ」
小野寺は口から言葉を発することも出来ずにその場で気絶した。
そんな様子の小野寺を見ていると自分がやっていることは間違っていることだと改めて実感出来た。
これからどうしていくのか改めて考える必要がある。
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