新型コロナウィルスがパンデミックしたら欧米と中国の戦争が始まった件
IngaSakimori
第1話 平和の祭典の終わりと鮮血の壇上
2021年9月5日(日)
東京都内・オリンピックスタジアム パラリンピック閉会式
ズドン、という音はしなかった。
あるいは、パンという響きもなかった。仮にそれが発せられていたとしても、オリンピックスタジアムを包む大歓声の中でかき消されていたことだろう。
『総理!!』
さらに言うならば、すぐ近くでその銃声を聞いた者がいたとして、間違いなく空を彩る花火の音だと考えたに違いない。。
だが、スターマインが華ひらく夜空でなく地面を……つまり、オリンピックスタジアムのグラウンド中央に設営された閉会式の壇上を見つめていた者は、これからまさに締めくくりのスピーチをせんとする人物が、何が巨大な力に弾かれたように身をふるわせる様を目にしただろう。
「━━━━━━だ」
ぐらり、と体をよろめかせつつも、日本国第98代内閣総理大臣・亞倍晋三はどこかへ向かって笑いかけたように思えた。
その瞬間、2の矢は音速を超えて飛来し、彼の体をつらぬいた。
「ぃ━━!」
『総理……亞倍総理ー!!』
閉会式参加者の絶叫がひびく中、亞倍晋三は巨大なハンマーで足払いをくらわされたかのように、背中から激しく倒れた。
2021年。すなわち
新型コロナウィルスの流行に伴う世界の大混乱が続く中、観客数をおよそ半分にすることでなんとか開催にこぎつけ、そしておおむね問題なく終わろうとしいた平和の祭典は、最後の最後で突然の暴虐に襲われた。
『緊急! 緊急! 全式次第を中断!』
『医療チームを呼べ!』
『関係者は退避! 早くしろ!』
日本国・内閣総理大臣が閉会の辞を述べ、次の開催都市であるパリの市長へとバトンタッチするはずだった、桐造りの壇上があっという間に血に染まっていく。
燃えさかる木の枝を放り込んだ時の蟻にも似た動きで、オリンピックスタジアムのグラウンドに集っていた参加者たちが、各国の関係者が、さらには観客席にいた世界各国の人々が、一斉に走り出す。
『狙撃だ……!! まさかこんな時に!』
『総理を屋内へ運ぶ! C班、D班! 壁になれ!』
だが、そんな人々とは真逆の動きをした集団もいた。
それは総勢100名にも及ぶ
大会公式ユニフォームに身を固めた彼らは、遠くからみれば誘導や案内のスタッフに見えるかもしれない。しかし、近寄ってみればその屈強な肉体は隠しようもなかった。
誰でも悟る。『護り』のためにいるのだと。
実際のところ、彼らは官邸のみならず、警察や自衛隊から選りすぐられた、日本最高の
『う、ぐ!』
しかし、壇上に倒れた亞倍晋三の体を4人のSPが持ち上げようとした瞬間、右肩の位置に立っていたSPがうめき声を上げて倒れた。
撃たれたSPの眉間から血が噴き出す。筋肉に鎧われた100kgの体重が内閣総理大臣の上にどすりと覆い被さった。頭部を狙撃されたのである。即死だった。
『まだ狙われているぞ! くそったれめ! どこから撃ってるんだ!』
『とにかく総理を下へおろせ! 一刻も早くだ! いいから、こっちへ引っぱれ!』
『おい、加藤! 加藤、返事をしろ! ちくしょう……ちくしょう……!』
壇上から引きずりおろすような形で、グラウンドにいる数名のSPが亞倍晋三の両腕を引っぱった。
ぬるり、と手荷物検査のローラーを荷物が滑る時のような感触。 鉄の匂い。いや、血の臭いがする。その時になって、SPの多くは亞倍晋三が右足から大量に出血していることに気がついた。
『全員で囲え! 死んでも盾になれ!』
ようやく到着した担架に亞倍晋三の体を載せると、4班あるうちのD班リーダーが叫ぶ。彼もまた、亞倍晋三の頭部を遮る形で立ち、どこから撃ってくるか分からない死の狙撃に対する肉壁にならんとしていた。
『走れ! 号令!』
『イッチ……ニッ……イッチ……ニッ……!!』
肉壁役と運送役。歩調を合わせて亞倍晋三を載せた担架が動き出す。何度も繰り返した対狙撃用のマニュアル通りである。
だが、まさかそれを実行する日が来ようとは! まして、内閣総理大臣を担架に載せることになろうとは!
巨大なる『どうして?』という疑問符が全員の脳にぎっしりと詰まっていた。それでも訓練で体にしみついた動作だけが、一歩二歩とメディカルルームへ向けて、担架を急速に移動させていった。
4発目の狙撃はなかった。亞倍晋三に2発。SPに1発。すべて命中である。
かくして1年の延期を経て、なんとか開催された東京オリンピック・パラリンピックは、開催国の現職総理大臣が狙撃を受け、意識不明の重傷を負うという前代未聞の形で幕を下ろした。
空が泣き出した。雲から涙が
きわめて遠距離からの狙撃であることは判明したものの、直ちに犯人確保には至らず、オリンピック客と関係者も出国に関して、日本国内はしばらく大混乱に見舞われることとなる。
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