第2話

 


 シティホテルにチェックインし、恋人の保美を呼びつけた。お嬢様育ちの保美とは大学からの付き合いだった。


 ……御令嬢と御曹司か。フン、釣り合いが取れる。俺は自嘲しながら、いい歳こいて定職にも就かず、放蕩三昧ほうとうざんまいの体たらくな自分を莫迦ばかにした。御曹司は御曹司の生き方があるんじゃないの……。そんな言い訳を頭に浮かべ、厭世的えんせいてきな物の考え方をしていた。


 親が築いた富裕の中に育ち、それにどっぷり浸かり、汗することも労することもしない。結局、ろくな人間じゃない。



 ――いつものように保美を抱くと、煙草をんだ。


「……新しいお母さん来たんだって?」


 バスローブを纏った保美が、引き締まった足を組んで、からかうような目を向けた。


「フン、母親なんて思っちゃいないさ。親父の愛玩動物みたいなもんだ」


 煙草を吹かしながら横を向いた。


「若いんでしょ? ……変な関係になんないでよ」


 保美が不安げな目で見た。


「バカ、親父の女じゃないか。親父の……」


 俺は安心させるように、笑う目を作った。



 翌朝、遮光カーテンの隙間から陽光が差していた。保美を自宅まで届けると、親父の出社時間を見計らって帰宅した。


 食事を摂ってなかった俺は先ず台所を目掛けた。トミも麻衣子も居なかった。冷蔵庫からラップを被った惣菜を出すと、味噌汁とご飯をよそった。


「あら、お坊っちゃま、帰っていらしたんですか」


 トミが入ってきた。


「ただいま……」


「ただいまじゃありませんよ。旦那さま、怒っていらっしゃいましたよ。新婚旅行から帰られる時ぐらいウチにいらしてくださらないと」


 ほうれん草を洗いながら横顔を向けた。


「……あの人は?」


「お洗濯です。あの人じゃないでしょ? お母さんでしょ?」


「冗談じゃないよ。ごちそうさん」


 ご飯に味噌汁をぶっかけると、喉に流し込んだ。



 脱衣所に行くと、麻衣子が脱水を終えた洗濯物をかごに入れていた。貞淑な妻と母親を演出するかのように、白いブラウスに膝丈の紺のスカートを穿いて、楚々としていた。


「あら、おかえりなさい」


 柔らかい視線を向けた。


「お洗濯か?」


「ええ、いい天気ですもの」


「俺は下着を汚すたちだから綺麗に洗ってくれよ」


 傍らに行くと、壁に片手を置いて、麻衣子の行く手を阻んだ。


「はい、かしこまりました」


 手を休めずに軽くあしらわれた。


「あんたはどっちだい、汚すほうかい」


 顔を覗き込んだ。


「さあ、どうでしょ」


 かごを手にした麻衣子は相手にせず、俺の脇の下をくぐると、ほのかな薔薇ばらの香りを残して立ち去った。――渡り廊下から裏庭を覗くと、俺のTシャツを竿に通していた。



 ベッドに横たわると、バラードをBGMに雑誌を捲った。



 ――親父の帰ってくる時間だった。出掛けようかと迷っているうちに、車のドアを閉める音がした。会いたくなかったが、その度に避けるタイミングを計るのも七面倒しちめんどうだった。ぐずぐずしていると、


「おい、武志、下りてこい」


 ノックの後、親父の声がした。黙っていると、


「ったく、返事ぐらいしろ。話があるから、直ぐ来い」


 吐き捨てた親父の、階段を下りる足音がしていた。


 ……どうせ、説教だろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る