卵が何かと衝突したおはなし

与方藤士朗

第1話 あるベテラン市議候補の選挙事務所から

 4年に一度、必ず行われる「一斉地方選挙」。


 都道府県知事と都道府県議会議員選挙、それに市町村長と市町村議会議員選挙が、全国各地で一斉に同一日程で行われる。

 もっとも、市町村合併や議会の解散、あるいは首長の任期途中の死去や辞任、あるいは2011年の東日本大震災という未曽有の災害による延期などがきっかけで、その時期に行われない自治体も多くある。

 例えば岡山県倉敷市は一斉地方選挙から約2年ずれた1月末頃に市議選が行われるが、岡山県議会議員選挙は一斉地方選挙の時期に行われるため、倉敷市もまた、一斉地方選挙の時期に選挙が行われる自治体の一つとなる。

 逆に、本来はその期間からずれて行われていた市長選が、市議選に合せて一斉地方選挙に間に合うように市長が辞任したために、その後一斉地方選として行われるようになった自治体もある。花火大会の事故で責任を取って市長が辞任した兵庫県明石市がその例である(今回またずれそうになったが、法令にのっとって2回選挙を行った結果、また、一斉地方選で以後も行われることになった)。

 そんなこんなで、この時期はどこの都道府県でも、どこかで選挙が必ず行われていると言っても過言ではなかろう。

 

 平成最後の統一地方選挙となった2019年の統一地方選挙は、前回同様、前半戦が都道府県知事及び都道府県議会議員選挙並びに政令市長及び政令市議会議員選挙、後半が政令市を除く市町村長選挙と市町村議会議員選挙がそれぞれ行われた。

 前半の投開票日は同年4月7日、後半は21日。

 いうまでもなく、どちらも日曜日である。

 告示日は、それぞれ法定の選挙期間が異なるためいささかずれてはいるが、投票日は完全に統一されているため、この2日は、テレビやインターネットなどの開票速報に、選挙関係者や支援者が多数、深夜に至るまでくぎ付けとなる。

 特に前半の7日は、都道府県知事と都道府県議会議員の選挙に加え、全国の政令市での市長選と市議選が同時に投開票され、その後4年間のその都道府県や政令市の議員の顔ぶれが決まる。

 選挙関係者は、全国ニュースで各地の知事や政令市長の選挙結果の合間に入る地元放送局の開票速報を、かたずをのんで見守る。

 一方で、22時前後からおおむね30分おきに入る選挙管理委員会からの開票速報を、事務関係者は、じっと、待つ。

 選管からのファックスが送られてきたら、すぐ、関係者に伝える。その結果に、選挙関係者や詰めかけた支援者たちは、一喜一憂する。さしたる対抗馬もおらず、20時の投票終了を待って直ちに当確が出る選挙(特に首長選に多い)や、それ以前に定数以上の立候補者がおらず、すでに告示当日に当選が確定してしまう選挙もあるが、それはむしろ例外。

 通常、選挙事務所は、22時を過ぎたあたりから、人が続々と集まり、ざわざわし始める。事務担当者は、来客の対応に追われていく。

 候補者は、当落に関わらず事務所で挨拶せねばならない。この時間にもなると、身だしなみを整え、ある人は事務所に出向き、またある人は別室や自宅で、人前に出るタイミングを、ひたすら、待つ。


 今回で5回目になるが、私は岡山市議会議員選挙の南西区選挙区で出馬した常木三蔵氏の選挙事務所で、選挙活動に従事した。岡山市は政令市になって3回目の選挙。常木氏は民社連の江藤六月元代表の秘書を経て、岡山市議に立候補し当選。その後再選を続け、今回で9期目の挑戦だった。最初のうちは全市での選挙で、幼少期を過ごした中央区でもかなりの票を取って当選していたのだが、3回前の2011年の選挙から政令市となったため区割り選挙区となり、中央区での票が期待できなくなってしまった。しかし、現在の地元である南西区での人気も高く、これまでかなりの高順位で当選してきた。前回は、若い候補者が民社連推薦で立候補したため、かなり票を減らしたが、それでも最下位から2番目の順位で当選した。

 8期も市議会議員を務めているため、副議長を2回、議長も1回務めている。

 常木氏の選挙事務所には、選挙になると必ず出てきてお手伝いをしてくださる人たちが、なぜかたくさんいる。

 近所のおばちゃんたちや、市内の別の区に住んでいるものの、昔から常木氏を支持している同世代のおじさんたち。いろいろな人が、いろいろな思いをもって、常木三蔵を市議に、というただ一つの熱い思いをもって集まってくる。

 常木氏は昨年で70歳。ご本人も去ることながら、支持者の皆さんも高齢化してきた。前回や前々回にはまだまだお元気だった人が、どんどんお年を召されている。事務所に来る人の平均年齢は実に高いのだけど、稀に若い人もいないわけではない。かくいう私がそうだと言えば、怒られるだろうけど、常木氏は実際、私の父親と同学年になるわけで、そりゃあ、若いわな、ってこと。私よりも若い人だって、来ないわけじゃない。もちろん、息子さんや娘さんのような親族は一応別ね。今回も若い男性も2人ほど来たが、それはやっぱり、政治家志望者や民社連関係者すなわち政党関係者、そうでなければ、たまたま仕事をやめていてしばらく時間がある人とか。

 若い候補者の事務所には、若い人も多数出入されているみたいだけど、それがうらやましい限りだと思えるようになってきた私も、結構な年齢になっているわけだ。

 

 ユーチューバーでもあり、政治家として各地の選挙に出ているある政党党首がとある市長選挙に出馬して、党員でもあり候補者にもなった女性とともに自身が出馬した選挙の開票状況の実況中継をした時、横にいる女性がビールを飲みつつ映像の前でしゃべっていた動画が先日話題になった。いうまでもなく、党首以上にこの20代後半の女性に批判が殺到した。

 どこの世界に酒を飲みながら自分の所属政党の代表者が出ている選挙の実況中継をする奴があるのか、というわけだ。

 でも、横にいる代表者自体がそれを「黙認?」 しているようでもあるし、それはそれで、どう思われるかはともあれ、やりたいようにやればいいことだと言われれば、それまでかもしれない。

 とはいえ、たくさんの人が出入りする選挙事務所で、開票前やまして開票途中から酒を飲むのもいかがなものか。勧められたとしても、飲む気になれないものだ。さすがの私も、近くに置かれていた急須に入っているお茶を湯のみに入れ、あちこちから差し入れられた岡山名物「大手饅頭」をつまみつつ、じっくりと開票速報を待った。選管からファックスが来る時間帯になると、コピー機と一体になっているファックスの前に走る。紙が出ていたら、それをとって内容を確認し、もしそれが選管からの発表であるなら、直ちに後援会幹部に持っていき、その時点で知りえた分析を交え、現状を皆さんに報告する。

 こんな時に、酒なんか、飲んでいられるわけがないでしょうが。

 選管発表に具体的な票数が出るごとに、事務所内には、さらなる緊張感が走る。 

 もっとも、最初の速報は全員「0」から。情報価値としてはさしてあるわけではないが、それでも、その紙の情報は事務所の空気に緊張感をもたらす。30分後の2回目では、一部の泡まつ候補を除き、それなりの数値。ここではまだ、基本的に当確は出ない。3回目で、票を取れた候補と取れなかった候補の差が完全に出始める。だがここでもまだ、当確!というわけではないが、あまり票をとれていない候補者の事務所は、ここで微妙な空気が流れることも。そして4回目ともなれば、端数も含めたほぼ「確定」に近い数値が並ぶ。この前後で、たいていの候補者に「当確」が出される。地元のテレビ局も、ここで得票上位者の何人かに「当確」のテロップを出す。

 当確が出た! 

 となれば、事務所の空気は一変する。

 飲める人は缶ビールをもって、飲めない人はお茶やジュースを紙コップに入れて、さあいよいよ、「乾杯!」、という運びに。


 今回2019年の岡山市議選で、常木三蔵候補は、南西区選挙区でちょうど5000票ぴったり獲得し、定数13で立候補者12のところ、4位で当選した。組織も地盤も資金もない「草の根」候補だが、今回もまた、それ故の強さが十二分に出た選挙だった。

 当確が出たのは、23時30分頃。それとともに、事務所は騒然となる。

 地元選出の衆議院議員や参議院議員、さらには元参院議長で民社連元代表でもある江藤六月氏ご夫妻と、次々にお祝いの来訪が続き、新聞記者も来る。12時を過ぎたあたりで、ようやく缶ビールが配られ、これまでお茶をすすってかたずをのんで情勢を見守ってきた私たち運動員も、支持者の皆さんも、一気に祝勝ムードへと突入していった。

 常木市議の小学校の同級生で後援会長でもある元小学校長の横沢さんが司会を務め、前後援会長で元高校教諭の福山さんの乾杯の音頭で、乾杯!

 宴は小一時間ほど続き、午前1時をしばらく過ぎたころ、ようやくお開きとなった。私はこの事務所まで自転車で来ていたが、雨も降っていたので、同じ方面に帰宅する元公務員で常木氏の友人でもある岡本稔さんのクルマに乗せてもらい、中央区の自宅に戻った。


 さて、その翌日。4月8日、月曜日。

 この日も、それなりに忙しかった。何せ、選挙の後始末があるのでね。

 それだけじゃない。早めにやってしまおうということで、どういうわけか、投開票の翌日であるこの日、早くも、常木事務所では反省会というものの実質「祝勝会」というべき宴が、選挙事務所として昨日まで機能していたその地で行われた。

 もちろんこれは、公職選挙法に触れない形で行われたことは言うまでもない。


 狭い事務所に、あふれんばかりの人が来られた。

 宴は、19時過ぎに始まった。

 これまで常木三蔵市議を支えてきた皆さんが、一人一人、いろいろな感想というか、思い出というか、皆さんの前で述べていく。私は、そこらにあるビールをどんどん飲んでいた。そうこうしているうちに、私の番が来て、いろいろ話した。

 「君、常木の後継で(市議会議員選挙に)出るんじゃなかったのか?」

 「今からでも遅くないから、手を挙げい! 応援しちゃるで」

 などと言われても、お金、ないしねぇ・・・。

 実は私も、選挙に出てみたいと思っていなかったわけじゃないし、今もその気持ちがないわけでもない。だけど、先立つもの(=金)もないし、自分自身の「信条」をしゃべりすぎると、どうも、人がひいていきそうだし、そんな調子では、政党の公認も推薦も得られそうにないし、得たら得たでどこかで物議をかもしかねないし・・・。

 そうこう考えていたら、選挙に出るよりむしろ、選挙の裏方でゴソゴソしたほうがいいような気もしていて、今はそんな方向での仕事が結構多くなっている次第だ。

 だけど、選挙というものについて、いやそれ以上に政治参加ということをしっかり教えていただけたのは、この「常木選挙」である。

 常木市議は次回の選挙時で74歳。さすがにいつまでもというわけにもいかないし、後継者を育てなければとの思いは今まで以上に強くなっている。私にとって本格的な政治参加のきっかけとなった「常木選挙」は、これが最後だろう。

 「もうこれが最後じゃな! がんばれヨ」

 と、選挙のたびにお会いしていた金本さんという近所のおじさんに声をかけられ、平静を装っていたものの、正直、号泣したいほどの思いを必死でこらえていた。

 その日の宴は、結局、23時ごろまで続いた。

 昨日まで禁酒していた常木さんも、この日は半年ぶりにビールを飲んで、ご機嫌だった。

 ここで出会って、何度も選挙のたびにお会いしてきた人たちとも、常木選挙ということでは、今回が、今生の別れなのかもしれない。

 祝勝会は、盛況のうちに終わった。

 宴を終えて帰宅したのは、午前0時をいくらか回った頃だった。

 この日は、自転車をゆっくりとこいで30分ぐらいかけて、中央区の自宅へと戻った。

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