第7話
さて、ようやく、待ちに待ったその日がやって来ました。
子供たちはそれぞれ、パジャマや浴衣や帯の入ったリュックサックを背負って学校へ向かいました。
校庭で、いつもの朝のように皆でラジオ体操をして、いよいよキャンプの始まりです。
もう、嬉しくて嬉しくてたまりません。
三人ともきゃっきゃっとはしゃいでは笑いました。
がらんとした教室でハルとソウは夏休み帳と宿題をやり、ミサキは画用紙にクレヨンで絵を描きました。
ミサキには机が高すぎるので、宿直室から座布団を持ってきて重ねました。
絵を描きながら美咲は歌を歌っていました。
ハルとソウは顔を見合わせて、少し困ったけれど、可愛い妹のすることです。
ダメとも止めろとも言えないのでした。
それでも宿題は時間内にきちんと出来上がりました。
「みんな、よく頑張ったねえ。
さ、暑くならないうちに、盆踊りの練習をしよう。
浴衣はひとりで着られるかい?」
子供たちは家で習った通り、ひとりで着ようとするのですが、洋服と違ってなかなかうまくいきません。ことに帯を結ぶのが難しいのです。
校長先生は、そこだけ手伝ってもらおうと、家から奥さんに来てもらっていました。
お嫁さんも赤ちゃんの世話に慣れてきたので、奥さんは息子の家から帰ってきていたのです。
「コノエ、頼むよ」
「はいはい、任せてくださいな。
さあ、みんな、手伝わせてね。
一緒に上手に着ましょうね」
奥さんは手早く子供たちの浴衣を合わせ直して、帯をきっちり結んでやりました。
「三人ともちょっと手伝っただけなのに上手に着られたわね。
お家で随分、練習したのでしょう。
偉かったわね」
奥さんにほめられて、子供たちは嬉しくて、でも恥ずかしくもあって、照れて笑いました。
「さあ、踊ろうか」
校長先生の掛け声でみんなは校庭に集まりました。
日本の有名な民謡のメドレーをかけて、四人で輪になって円を描きながら盆踊りを踊るのです。
この辺りに古くから伝わる民謡も混じっていて、おどけた身振り手振りがついていました。
先生と奥さんが交代で伴奏の番をするのでした。
以前はこの田舎の村にもたくさんの若者が住んでいて、田畑を耕したり家業を営んだりしていました。
若い人たちは新しい仕事を求めて次々町へ行ってしまってからも、お盆休みには必ず家族と一緒におじいさんおばあさんの許へ帰ってきました。
そのときには、いつもはひっそりと静まった村々も、とても賑やかになったものです。
そうして盆踊りはいつも小学校の校庭で盛大に行われました。
校長先生も、夏休みには、昔教えた懐かしい生徒やその子供たちに会うのをとても楽しみにしていました。
けれど、その人たちも、次第にこの土地に帰ってくることが少なくなっていきました。
盆とお正月には必ず来ていたのが、どちらか片方になり、数年に一回になり、次第に間隔が伸びていったのでした。
そういえば神社のおみこしも、年老いた神主さんと氏子のおじいさんたちが今でも手入れを欠かさないものの、もう長いこと、担ぐのは年寄りばかりになっていました。
たくさんの子供たちに引かれていた山車も、もう久しく見ていません。
周辺の村からかき集めても、それだけの数の子供がいなくなってしまったのです。
大勢の子供たちが山車を引いて、村の会の有志が角ごとにお菓子やすいかやラムネを配ったのはいつ頃までだったでしょうか。
「あの頃は、こんなことになるなんて思いもしなかったなあ…」
「校長先生、どうしたの? 踊らないの?」
「こうちょうせんせえ、おどなないの?」
ぼんやりと昔を思い出している校長先生は、子供たちの声にはっと我に返りました。
六つの目が不思議そうに先生を見つめています。
「あなた、どうかなさいました? お疲れになったんじゃ…。
日も強くなってきましたし。
テープ係、代わりましょうか?」
奥さんも心配そうに言いました。
「あ、ああ。
ちょっと、昔のことを思い出していただけさ。
さあ、心配させて悪かったね。
先生も踊るよ。
コノエもエンドレスにしてこっちに加わるといい。
子供たちもみんな振りを憶えたようだから、みんなでまあるく輪になって、踊ろう!」
それは小さな小さな輪でした。
かつてたくさんの村人でしていた盆踊りとは比べ物にならないささやかさでした。
それでも先生と奥さんと三人の子供たちは、プレーヤーを真ん中にくるりくるりと回りながら、楽しそうに笑って踊りました。
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