第6話

「お待たせいたしました」


 うっとりしている先生の前に、今度は冷やしとろろのお膳が出されました。

 すのこを敷いた塗りの器に盛られたそばに、とろろとつゆの入った徳利、それから葱とわさびと殻に穴をあけたうずらの卵が小皿に入ったものが添えられています。

 そばは箸で取り易いように、一口ずつ小さくまとめられていました。

 

 徳利を傾けて真っ白いとろろにかけてかき混ぜると、芋がよく粘って力がいるほどです。

 そばを一口つまんでとろろをつけて啜り込むと、


「うまい!」


 校長先生は心の中で驚きの声をあげました。

 こんなにおいしいおそばは今まで食べたことがありません。

 ちょっと硬めに茹でられたそばが、とろろの衣をまとって、するすると清らかな川の流れのようにのどを流れていきました。

 のど越しも味も香りも、何一つ文句のつけようがありません。


「うまいなあ…。なんてうまいんだろう…。

 そばって、こんなにうまいもんだったんだ…」


 あとはもう夢中で、あっという間に食べてしまって、食べ終わるのが惜しくさえ感じられました。


「…ああ、うまかった。こんなにうまいそばは初めてだよ」


 校長先生は吐息のように言いました。

 こんなにうまいおそばを、子供たちにも食べさせてあげたいな。

 あの子たちはきっと大喜びで、おいしいおそばをつるつるといくらでも食べるだろう…。


 先生の心がはっきりと決まりました。

 先生は元気よく言いました。


「しましょう、ご主人。天そばキャンプ。

 子供たちも喜びます。

 協力していただけますか?」


「もちろんですよ。お任せください。

 なにしろ、校長先生と子供たちのためですからね。

 それに、なんたって、わたしは腕利きのそば屋なんですよ」


 それから自慢そうに大きな鼻をひくつかせて続けました。


「店のそばはつなぎを使わない十割そばなんですがね、

 それでは子供たちには難しいから、小麦粉を混ぜて二八でいきましょうや。


 それから、キャンプファイヤーの火でお芋を焼きましょう。

 先にアルミ箔に包んで仕込んでおいて。

 そうすれば、キャンプファイヤーのあと、小腹がすいた頃、おいしい焼き芋が食べられますよ」


「うんうん、それはきっと子供たちも大喜びするでしょう。

 夏の夜風は結構涼しいし」


 校長先生はすっかり夢中になって、豚の主人と一緒に、キャンプの計画を楽しく練りました。


 そうそう、そのおいしさにびっくりした冷やしとろろそばは、お値段も驚くほど安かったのですよ。


*     *     *


 それから校長先生はたびたびとんとん亭に通って、キャンプの内容について主人とよく話し合いました。

 二人で何度もそば打ちの予行演習までしてみました。

 自分も慌てず子供たちを手伝えるように、できれば主人と手分けして教えられるように、です。

 すっかり準備が整ってから、先生はハルとソウにキャンプの話をしました。

 もちろん、ミサキのことも誘いました。

 もちろん、三人は飛び上がって喜びました。


「あと、何回寝たらキャンプかな…?」


「パジャマは一番のお気に入りのを持っていくんだ」


「エプロンも揃えたよ」


「ひとりで浴衣を着る練習もしているんだよ」


 子供たちは毎日、先生に報告しては、その日の来るのを指折り数えて心待ちにしているのでした。


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